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死んでも死にきれない

作者: 深水晶

以前、Curious Vista Cup(和訳するとキテレツ杯?)のテーマ「二人称」用に書いてPC自サイトにUPした事のある小説のリライト版です。

http://cvc0.net/

 あなたはリアリストだ。不確かな事、非現実的な事は信じない。堅実で、リスクを決して犯さない。友人達には信頼されている。

 今、あなたの目の前にいるのは、何かと問題のある友人だ。夢想家で幾つもの職を転々とし、新事業を興しては失敗を繰り返している。性格にも難がある。困った友人だ。出来れば距離を置いておきたいタイプだ、と感じているが、彼はあなたを敬愛しているようだ。

 その無邪気な笑顔と奔放さに、いつもあなたは呆れ苦笑しながらも、見捨てられない。

 彼はあなたとは正反対の人間だ。資産家の息子で、けれど決してそれを鼻に掛けない。いつも突拍子も無い事をして、君を驚かせる。

「君は幽霊って奴を信じるか?」

 おやおや、今度は幽霊らしい。あなたは

「ただの迷信だ」

 と答えた。

「君は相変わらずリアリストだな。いや、だからこそ俺は君を呼んだんだ。君ならばきっと真実を見抜いてくれると信じているからさ」

 彼は言った。

「買いかぶりだよ」

 とあなたは答える。

「そんな事ないよ。俺はいつも君を尊敬してるんだ」

と彼はきらきらとした目で、心情を込めて言った。ストレートに賞賛されて、あなたは正直悪い気はしない。

 彼は元々、饒舌だ。口数の少ないあなたには驚嘆ものだ。今夜の彼はとても上機嫌だ。いつも以上に舌が良く回る。心持ち顔も少し赤いようだ。

「酒でも飲んでいるのか?」

 とあなたは聞く。

「アルコールは一滴も入ってないよ」

 と彼は答える。

 彼は先日、数年付き合った恋人に振られたばかりだ。明るすぎる彼に、あなたは少し心配になる。

「大丈夫なのか? ……自棄(やけ)にはなっていないか?」

 あなたは尋ねた。

「心配性だな。今のところは正気だよ」

 彼は笑う。あなたは、無理してるんじゃないだろうかと不安になる。

 彼は時折無茶をする。酔っ払って服を着たまま川へ飛び込んで溺れかけたり、窓ガラスへ突っ込んで顔や頭を縫ったり、そういう話に事欠かない。不安がるあなたに彼は笑った。

「いや、梨花の事はもういいんだ。それよりも、俺の話を聞いてくれるかい?」

「勿論だ」

 とあなたは答える。

「仕事を辞めたんだ」

 と彼は言った。

「梨花の事で厭になったんだな。Yを呼び出して一緒に飲んで──そうそう。君にも電話したけど繋がらなかったんだ」

 Yというのは、二人の共通の友人だ。それを聞いてあなたは少しほっとし、やれやれ、と思う。彼と飲みに行くのは少々気が重い。平日だろうが何だろうが彼はお構いなしだ。いつも朝まで飲み明かす。途中で帰る事は許さない。しかも彼はカラミ上戸だ。

「その翌日、目覚めたのは昼の二時過ぎだったな。酷い気分だったよ。それで俺は気分直しに、出掛けようと思ったんだ」

 彼は言った。彼は電車を次々乗り継いで、見知らぬ町へ辿り着いたらしい。木造の駅を出て、ぶらぶらと歩き、古びた大衆食堂へ入ったと言う。

「『いらっしゃい』って出て来たのは、頭のつるりと禿げ上がったオヤジさ。潤いなんかない。そんなものを求めて入ったんじゃなく、腹の虫の音が収まれば良かったから、俺は仕方ないと諦めた。背に腹は代えられない。全くだ。背中で物は食えない。いや、腹からだって直接物は食えないけど」

 と彼は言った。

 あなたは溜息をついた。

「ことわざの用法が間違っているよ」

 と言う。

「細かい事は気にするな」

 と彼は笑った。彼に取ったら何だって『細かい事』だ。

「まあ、ともかくだ。オヤジは『この時間だったらもう幕の内定食しか残ってない』と言ったんだ。俺は幕の内が売り残るってどういう事だって思ったけど、賢明にも黙ってたんだな。ああ、そうとも。沈黙は金って奴だ。キンで良いよな? カネじゃなかったよな? とにかく出されたそれが、また何とも言えない味で。いや、美味いんじゃなくて不味いって意味で。ご飯は固くてぼそぼそしてるくせに妙に冷たくてしっとりしてて。焼き魚は普通の鮭の切り身だな。スーパーでパックで売ってるような。ゴマ和えは、ほうれん草が茹ですぎ。大根と人参のなますも、甘ったるくてどろっとしていて酢も強い。しかも隣の鮭と、互いの匂いと味が混じり合って、何とも言えないハーモニーを──」

 いつまで続くんだ、この話は。そう思ったあなたは途中で彼の言葉を遮った。

「そんな話はもういいから。本題を話せよ」

 彼は少し驚いたような顔をして

「それもそうだな」

 と言った。だが、何か話しだそうとして、あれ?という顔をする。

「何を話そうとしたんだっけ?」

 あなたは呆れた。

「幽霊の話だろう?」

「ああ、そうだ。すまない。忘れっぽいんだ。また脱線しかけたら是非忠告してくれ。あまり時間がないんだ」

「約束でもあるのか?」

 あなたは尋ねる。

「まあ、そうだ。そういうところだ。悪いけどそれまでにこの話は片付けるよ」

 彼は少し淋しそうに笑って言った。

「君は本当に良い奴だな。本当、君と出会えて良かったよ。忙しい君を呼び立てて、本当にすまないと思っている。君には迷惑かも知れないが──」

 彼の口振りにあなたは少し驚いた。

「随分殊勝な口振りだな」

 とあなたは言った。

「いや、普段からそう思ってるよ。君になら話しても良いと思ったんだ。Yになんか話したら、一笑に伏される話をね」

 そう言うと、彼は何処か遠くを見つめた。

「そう。その食堂で食事をして、泊まる処がないという話をしたら、その民宿を紹介されたんだ。民宿にいたのは、しわくちゃのバアサンさ。もっとも、俺はそれが綺麗で妙齢の女性でも、すっかり疲れ果てていたから──先の不味い食事の所為だ。食事が不味いと気分が萎える──とにかくさっさと寝たかった。バアサンは色々と俺に話し掛けてきたが、面倒臭かったし疲れてたんで、ろくろく聞いてなかったんだな。とにかく部屋に案内されて、布団敷いてすぐ寝たんだ。……ああ、眠いな」

 いかにも眠そうな顔で言った彼に、どきりとした。

「おいおい、話の途中で寝る気なのか?」

 彼は曖昧に笑った。

「いや、まだ寝ないよ。すまない。とにかく布団に入ってすぐ寝た。身体が重くて、引き込まれるように眠って──そのまま朝までって勢いだったが、何故か途中で目が覚めた。夢うつつのまま、ぼんやりと目を開けると、目の前に女の髪があった。ふさふさと豊かな、艶やかな黒髪。寝惚けてたから、これは良いかつらになるなって。本当見事で。それは濡れたように光っていたんだ。濡れ羽色の鴉って奴」

「逆だろ。鴉の濡れ羽色だ」

 あなたは訂正した。

「そう? 君が言うならそうかな。いや、そうだろう。とにかくそんな色をしていた。本当に黒髪であんな綺麗なのは初めて見た。だから、女の顔が見たいな、と思って手を伸ばして、初めて気付いたんだ。その髪は確かに存在した。すぐ目の前にあった。人の頭ほどの大きさで。だけど、何処を探しても顔がない。いや、ないのは顔だけじゃなくて──そう。もう判ったろう? それは『髪』だけだったんだ。俺は驚いたけど、目が覚めきってなかったから、まだ状況がいまいち掴めてない。どうして顔がないんだ?ってさぐってたら、不意に耳元でけたたましい女の笑い声が聞こえてきた。慌てて髪から手を離して悲鳴上げたよ。その後はもう寝るどころじゃなかった。あんなに朝が待ち遠しかった事はない」

 彼は一度口を切った。

「ああ。長くなってしまったね」

 彼は少し疲れた顔で言った。何だか少し顔色が悪い気がする。

「平気なのか?」

 あなたは尋ねた。

「大丈夫だ。それで一体何処まで話したっけ?」

 そう言う彼の目線は何処か虚ろだ。まるで熱でもあるかのように、目が潤んでいる事にあなたは気付いた。

「本当に大丈夫なのか?」

 あなたは心配になった。

「単にひどく眠いだけさ」

 彼は少し青い顔で苦笑いをした。

「翌朝、バアサンにその話をした。すると『それはたぶん私の娘です。娘は二十歳で入水自殺をして…』と言うんだ。延々と聞かされて、もう良い加減嫌になって、なにげにバアサンの髪を見たら、ぞっとした。何故って、バアサンの髪は、髪の色と艶以外は、昨夜の髪と全く同じだったからさ。目の錯覚かも知れないが。急に恐くなって俺はその宿の支払いを済ませて逃げ帰ったんだ。ところがさ、それ以来毎晩、女の髪が俺の目の前に現れるのさ。幻覚かも知れない。ひょっとしたら取り憑かれてしまったのかも知れない。毎晩、現れては笑い声を残して消えるんだ。俺は恐くて、なのに何故かそれが現れるのを息を詰めて待っている。毎晩ね。そう。まるで、恋人の訪れを待つような心境でね。俺は……まともなつもりで、もう既に狂っているのかもしれない」

 彼はくっくっと低く笑う。彼の顔は蒼白だ。ひどく病的な笑顔。あなたは思わずぶるりと震えた。彼の身体はいつの間にかガタガタと震えている。あなたはひどく厭な予感がする。彼は笑いながら言う。

「君はどう思う? 君はどう感じる? 俺が嘘を言っていると思うか? 君の意見を聞かせて欲しいんだ。時間がもうあまりない。……ほら、手なんかこんなに震えて。ああ……実は、君が来る直前に薬を飲んだんだ。ねぇ、頼むよ。意識があるうちに君の返事をくれないか? 正直もうあまり保ちそうにないんだよ。電話のコードはカットしてある。僕の携帯電話は電池切れ。君の携帯だが、実はさっき君がテーブル脇に置いた時、こっそりと隠したんだ」

 そう言われ初めて、あなたは自分の携帯が無い事に気付いた。あなたは慌てる。そんなあなたに彼は穏やかな口調で言う。

「場所は後で言う。信じてくれ。それよりも君の考えを聞かせてくれないか? ねぇ」

 何故、こんな事になったんだ。あなたは慌てる。彼は不思議そうな顔をする。

「何故口を開いてくれないんだい? 早くしないと……時間切れになってしまうよ。君も困るだろう? なぁ、君の意見を聞かせてくれ。そうじゃないと、俺は死んでも死にきれない……」

 ガクガクと震え、テーブル越しにあなたへと手を伸ばしてくる彼の腕から逃れるように、あなたは身を逸らし避けた。

 どうしたら良い? あなたの脳裏の中で、ぐるぐると思考が渦巻いている。目の前の彼の顔はもう土気色だ。残された時間はそう長くはないだろう。



The End.

ちょっぴり昭和風味な短編ホラー。ものすごく恐いという話ではないけど、夜に一人で読んだらじわじわと恐くなる、そういう話が書きたいな、と思って書いた物語です。

二人称テーマで書いたものです。

とりあえず二人称の醍醐味は、読み手を引き込み、物語に干渉させる事だと思うのですが。

成功しているかどうかは少々謎です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めての2人称小説です。 普通の小説に比べて、面白いくらいに物語に引き込まれていく、そんな新しい感じが心地よかったです。 僕としては、この2人称小説は《成功》だと思います!
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