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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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おかえり、お兄ちゃん。

作者: 如月
掲載日:2026/07/31



「……戻ってきた!」


誰かが泣き叫ぶ声で、俺は目を覚ました。


霞んだ視界の向こうで、母が俺の手を握っていた。


「よかった……本当に……」


父は肩を震わせながら天井を見上げ、恋人のリリアは俺の胸に顔を埋めて泣いている。


どれほど時間が経ったのか分からない。


最後の記憶は、戦場だった。


魔族との激戦。


腹を槍で貫かれ、仲間の叫びを聞きながら意識が遠のいて――。


「ここは……」


「家よ。」


母は微笑んだ。


「あなたは帰ってきたの。」


その言葉に、家族全員が涙を流した。


俺も泣いた。


生きている。


それだけで十分だと思った。



この国には蘇生魔法が存在する。


ただし、王族か英雄だけに許された奇跡だ。


戦死した俺は英雄として認められ、その恩恵を受けたらしい。


村中が祝いに来た。


酒が振る舞われ、子どもたちは花を投げ、老人たちは何度も「よく帰ってきた」と俺の肩を叩いた。


けれど。


宴が終わる頃には、誰も俺の目を見なくなっていた。


笑顔なのに、どこか怯えている。


俺が話しかけると、一瞬だけ空気が止まる。


「……どうした?」


「いや、なんでもない。」


皆、そう言って笑う。



家に戻って数日。


妙なことに気付いた。


弟のアルトを見ていない。


「そういえば、アルトは?」


母の手が止まった。


父は水を飲み、恋人は窓の外を見た。


沈黙は数秒だったはずなのに、やけに長く感じた。


「仕事よ。」


母は笑った。


「王都に呼ばれているの。」


「そうか。」


あいつならあり得る。


昔から優秀だった。


俺は納得した。



その夜。


眠れずに廊下を歩いていると、両親の話し声が聞こえた。


「まだ聞いてないのか。」


父の低い声。


「ええ。」


母は答えた。


「知らない方が幸せよ。」


「でも、いつかは……」


「その時が来たら話すわ。」


俺はノックをしようとして、やめた。


蘇生には何か副作用でもあるのだろう。


俺に隠しているのは、そのことかもしれない。



村へ出る。


子どもが俺を見るなり母親の後ろへ隠れた。


老婆は胸元で祈りを捧げる。


市場の男は、俺と目が合うと俯いた。


「英雄様。」


そう呼ぶ声は、どこか引きつっている。


蘇生された人間は気味が悪い。


きっと、それだけだ。


俺はそう思うことにした。



数日後。


家の倉庫を整理していると、小さな木剣を見つけた。


弟と遊んだものだ。


懐かしくなり、母へ聞く。


「アルトの荷物、減った?」


「片付けたから。」


「ずいぶん早いな。」


「王都へ行く準備をね。」


そう言って、母は微笑んだ。


その笑顔は少しだけ硬かった。



夜更け。


俺は庭で、近所の老人が父へ話しかけるのを聞いてしまう。


「本当に……これで良かったのか。」


父は長く黙り込んだあと、静かに答えた。


「家族で決めた。」


老人は何も言わなかった。



違和感が積もる。


誰も弟の話をしない。


手紙も届かない。


荷物も増えない。


帰る予定も聞かない。


まるで最初から、この家に弟などいなかったように。


俺は村の共同墓地へ向かった。


アルトの名前があるはずがない。


そう思っていた。


墓標の列を歩く。


雨に濡れた石碑を拭う。


そこに刻まれていた。


アルト・フェルン。


没年――俺が死んだ日。


俺は笑った。


何かの間違いだ。


そんなはずがない。


震える手で土を掘る。


棺を開ける。


中は、空だった。


「やめなさい。」


振り返ると、母が立っていた。


泣いている。


「……どういうことだ。」


母は首を横に振った。


「あなたが思っているような間違いじゃない。」


「じゃあ、アルトはどこだ。」


長い沈黙のあと、母は言った。


「ちゃんと、死んだわ。」


世界が止まる。


「蘇生にはね。」


母は震える声で続けた。


「適合する身体が必要なの。」


俺は理解できなかった。


いや、理解したくなかった。


「血のつながった者が、一番成功率が高い。」


「……やめろ。」


「王都の魔導師は『他人では成功しない』と言った。」


「やめてくれ。」


「だから私が頼んだの。」


母は俺を見つめた。


涙でぐしゃぐしゃになった顔で、それでも微笑んでいた。


「この子を、生き返らせてくださいって。」


俺の膝から力が抜けた。


父も、恋人も、いつの間にか母の後ろに立っていた。


誰も否定しない。


誰も泣き叫ばない。


恋人は震えながら言った。


「あなたに、生きていてほしかった。」


父は目を閉じた。


「家族で決めた。」


あの夜、聞いた言葉。


あれは俺の蘇生方法のことだった。


母が一歩近づく。


昔と同じように、俺の頭を優しく撫でる。


「お腹、空いたでしょう。」


「今日はあなたの好きなシチューよ。」


俺はその手を振り払えなかった。


母は、何も変わらない笑顔で言った。


「おかえり、お兄ちゃん。」


母は俺の肩についた土を払った。


「そんなに掘ったら風邪をひくわ。」


まるで子どもの頃のように優しい手つきだった。


父も静かに言う。


「帰ろう。」


恋人は泣きながら俺の手を握る。


「お願い……帰ってきて。」


俺は三人を見た。


「……アルトを殺したんだぞ。」


母はきょとんとした顔をした。


「ええ。」


「お前たちが。」


「ええ。」


「どうしてそんな顔ができる!」


母は少し困ったように笑った。


「だって。」


「兄弟なら、お兄ちゃんを助けるのは当たり前でしょう?」


俺は言葉を失った。


母は続ける。


「アルトも最後は頷いてくれたもの。」


「『兄さんが帰ってくるならいいよ』って。」


その瞬間、俺の中で何かが壊れた。


恋人が涙を流しながら微笑む。


「だから誰も後悔してないの。」


父も頷く。


「お前が生きている。それが答えだ。」


三人とも、心から幸せそうに笑っていた。


その笑顔が、魔王よりも恐ろしかった。



すると背後から、小さな声が聞こえた。


「兄さん。」


振り返る。


誰もいない。


風が吹く。


墓標が軋む。


もう一度。


「兄さん。」


母が不思議そうに首をかしげた。


「どうしたの?」


「……今、聞こえなかったか。」


「何が?」


「アルトの声が……」


三人は顔を見合わせ、


くすりと笑った。


「そんなわけないでしょう。」


「アルトは、あなたになったんだから。」

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