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その飲みかけ致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果  作者: やっくん


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10話 この男、細かすぎにつき

――阿久津魅夜の視点――


 あれから、しばらく経った。

 

 ペットボトル事件から。


(……信じていいのか)


 自分に何度も言い聞かせたはずなのに、答えが出ない。


 かつてアタシを騙した男は、最初の三ヶ月間、完璧だった。


 優しくて、誠実で、アタシだけを見ていると言い続けた。


 それが全部、嘘だったとわかった時。


(……一度騙された女はなァ、そう簡単には信じることはしねぇんだよ)


 だから、アタシは確認しなければいけない。


 アイツの言動は、演技かパフォーマンスか。


 悠、テメェの優しさが本物かどうか、確かめてやる。



 ロマンス詐欺の目的は、いつだって金だ。


【豆知識:男性が少ないこの世界において、結婚詐欺やロマンス詐欺に引っかかる女性が多い。その被害件数は年々上昇傾向にあるという。それもこれも彼氏がいない、または男性経験の少ない女性が多いからにほかならない】


 最初は親切にして信頼を積み上げて、ある程度関係ができたところで「実は困ってて……」と切り出してくる。


 それがあの手の男共の手口だ。アタシはよく知ってる。身をもって知ってる。


(まず少額から要求してくんだ。そんでだんだん大きな金額をせがんでくる。決まってんだよ、そういうもんだ)


 だったら、こっちから先に渡してやればいい。


 受け取るかどうか。


 受け取ったとして、どんな顔をするか。


 のちに大きな金額を要求してくるかどうかを確認してやる。


 それで全部わかる。



 引っ越しの荷物を運んでくれた、あの日。


 アイツは何も言わずに、重い機材ケースをひょいと持ち上げて運んでいった。


 お礼も言えなかったアタシが、今さらそれをお礼と称して封筒を渡す。


(不自然か?いや、むしろ自然な流れだろォ)


 アタシは覆面インフルエンサーだ。


 200万のフォロワーがスパチャでアタシにせっせと金を落としてくれんだからよぉ。笑えてくる。一万くらい、はした金もいいところだ。


 封筒に一万円札を一枚入れる。


 ガチャリ――


 隣の部屋から玄関ドアの開く音がした。


(グッドタイミン!お隣さんのお出ましだァ!)


 アタシは廊下に出る。


「あのよぉ」


 ちょうど部屋から出てきた悠に声をかけた。


「あっ魅夜さん、ちはっ。どうしたんですか?」


「いやな、引っ越しの時、荷物運んでくれただろォ。お礼じゃねぇけど、コレ受け取れ」


 封筒を突きつける。


 悠は、アタシの顔と封筒を交互に見た。


「えっ」


「うるせぇ。早く受け取れよ」


「あ、ありがとうございます……」


 受け取りやがった。


 あっさりと。


 迷いもなく。


(……やっぱりな)


 アタシは踵を返しながら、胸の中でそう呟いた。


 男はみんな金と名声しか見てない。


 アタシはそれを知ってた。最初から知ってた。


(どうせこの後、今お金のことで困ってて、なんて言い出して追加で要求してくるんだろ)


 でも――


 心のどこかが、そうならないことを、静かに願っていた。


 そのことに気づいた瞬間、アタシは自分自身に腹が立った。


(バカじゃねぇのか、アタシ)



 数日後――


 部屋でスマホをいじっていると、ドアがノックされた。


「魅夜さん、ちょっといいですか」


 悠だった。


(きた。ホントに来やがった)


 アタシの中で、何かが静かに冷えた。


「お金のことなんですけど……」


(やっぱりそうだ……)


 アタシの奥歯が、ぎりりと鳴った。


 お前も金が目当てだったんだなァ。


 それとも名声か?あの女王様のヒモなんですってか?


(ふざけんなよ、このクソ野郎!)


「えっと……十万円なんですけど」




 ポキッ――




 この音はたぶん、アタシの中の「信じたかった」という気持ちが死んだ音だ。


 アタシは黙って、悠の次の言葉を待った。


「今、お金があったら……」


(やっぱり、金なんだな……)


 喉の奥が、じわりと焼けた。


 十万。


 十万円か。


 わかった。


「……いいぜェ」


 アタシは財布を取り出しながら、できるだけ平坦な声で言った。


「十万、今すぐ渡してやる」


「え、あ、ありがとうございます。助か——」


「ただし、」


 アタシは悠の顔を、真っ直ぐに見た。


「今後一切、アタシの目の前に姿を現すな……」


「……え?」


「もうお前の声も顔も、二度と見たくねぇ!金渡すから……消えていなくなれヨォ……っ」


 声が、少しだけ震えた。


 悠が何か言いかけた。


 その瞬間――


「あ、魅夜さん、これ」


 悠が抱えていた箱を、アタシに向かって差し出した。


 白と銀色の、やけに立派な箱。


 ロゴが入っている。


 音響メーカーSHURELA(シュアーラ)


「約束通り買っといたんで。さっき届いたんですよ、これ」





「…………え?」





 アタシの手が止まった。


 財布を持ったまま、固まった。


 悠は箱をアタシに押しつけながら、続けた。


「今、手持ちあったらお金ください。今月ピンチなんで早めにいただけたら嬉しいです」


「…………」


「にしても、なんでマイクってこんなに高いんですか。ハイエンドのやつって言うから調べたら、びっくりしましたよ」


「…………」


「あと、自分のものは自分で買ってくださいよ。次は勘弁してください」


 ぶつぶつと悠の小言は続いている。


 アタシは、その顔を、ぼんやりと見ていた。


 マイク。

 シュアーラ。

 ハイエンド。



「…………あっ」


 記憶の底から、何かがゆっくりと浮かび上がってくる。


 あの夜。


 酔っていた。


 かなり、ベロベロに酔っていた。


 悠の部屋に転がり込んで、ソファでぐでんぐでんになりながら、配信で使ってるマイクの調子が悪いことを思い出して。


『配信用のマイク調子わりぃから最新モデル買っとけ!シュアーラの最新モデルのやつだぜェ!いいな!買っとけよ!金はあとで返す!約束だぜェ!!』


 言った。


 たしかに言った。


 間違いなく、アタシが言った。


(…………そっか)


 悠が言ってたお金のことは十万円の要求じゃなくて、アタシが酔った勢いで言ったマイクの立て替え分の金額だったのか。


「魅夜さん、聞いてますか?」


「……聞いてる」


 アタシはぼんやりと答えた。


 まだ、うまく頭が動かない。


「早めに払ってもらえると助かるんですけど」


「……わかった」


「あと、できれば次は自分で——」


「わかってるっつってんだろ」


 アタシは財布から一万円札を十枚、取り出した。


 悠に渡しながら、その顔を盗み見る。


 怒った顔でも下心のある顔でもない。


 ただ、お金が返ってきてちょっと安堵した、そんな間抜けた顔だ。


(……フツー、酔った勢いで言ったことを、律儀に守るか?しかも10万だぞ……)


 こいつ、相当イカれてやがる。


 酔っ払いの戯言を本気にして、調べて、注文して、十万円を立て替えて、届くのを待って、ちゃんと請求しに来たってことだろ。


「……ケヒャ」


 笑いが、こみ上げてきた。


「え、魅夜さん?」


「ケヒャヒャヒャ……っ!」


「あの……?」


「うっせぇ!アタシが笑いたいだけだ!」


 アタシは笑いながら、胸の中で呟いた。


(……信じていいのか、信じるぞ、いいんだな)


 ぐるぐると、自分に言い聞かせた。


「あ、そうだ。これも」


 悠が封筒を差し出した。


 見覚えのある封筒だった。


 アタシが引っ越しのお礼として渡した、あの封筒だ。


「もらいすぎなんで返します」


 アタシは無言で受け取って、逆さまにして手のひらに中身を落とした。


 ジャラジャラ――


 硬貨と紙幣が、手の中に落ちてくる。


「ひい、ふぅ……」


 数えると、八千二百五十円。


(……なんで一万じゃないんだ)


「魅夜さんが勝手に食べたガチ堅ポテト、あとレタス次郎と、作り置きしてたご飯の材料分。その代金だけ引いといたんで」


「…………」


「レシートも入れときました、一万との差額が八千二百五十円なのが確認できると思います」


 アタシはしばらくの間、手のひらの上の硬貨と紙幣を見つめた。


 八千二百五十円。


(……細けぇ……)


「ダメでしたか?」


「…………」


「魅夜さん?」


「……ケヒャヒャヒャ……っ!!」


 今度こそ、笑いが止まらなかった。


 目の奥が、じんわりと熱くなる。


 アタシは悠に背中を向けて、手のひらの八千二百五十円を、ぎゅっと握りしめた。


(チキショー、なんなんだよ、コイツ)


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【あとがき】

↓魅夜

『配信用のマイク調子わりぃから最新モデル買っとけ!シュアーラの最新モデルのやつ! いいな!買っとけよ!金はあとで返す!約束だぜェ!!』


↓現実

『配信でぇ、マイクのぉ、調子がぁ、悪いんだよぉ。……がめんがみっちゅでどれ押せばいいかわかんにゃいの!ゆびきりだぁ』

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