ep.2 小鳥・上
三時間目、数学。
教室には、先生の声とチョークの打音が響き渡っており、時折、時計の針の音が間を保っている。私は生粋の文系なので、数学が苦手だ。当然、配られたプリントに記載された問題を解けずにいる。ペンすら持たずに、半ば諦めた気持ちで頬杖を突いていた。超能力者なんて、所詮こんなものである。高校数学に負ける超能力者、これが現実だ。周りの学生達は真剣に問題を解いている。その表情は私にとって理解し難いもので、自分の自堕落さとクラスメイトへの薄い哀れみのような感情に揺れていた。
どうしても問題と向き合うことができず、とうとうイスの硬い背もたれに寄りかかってしまう。ギィという軋み音と共に、プリントから窓に視線を移した。
あっ
学校の側に生えてある木の中に、鳥の巣を見つけた。昨日までは無かった、と思う。去年の春も見つけたっけ。
キーンコーンカーコーン
「はい、授業終わりまぁーす。」
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廊下。学校は昼休みに差し掛かり、もうすぐで牢屋から解放されるという気持ちになる。友人の黒入江ユウナとたわいの無い話をしながら食堂に向かっていた。
「エリがさ、夏休み家に泊まりに来ないかって。」((レナ断りそうだなぁー))
「うーん、私は遠慮しとくかな。」
「おけ〜。」
ユウナは裏表の無い性格で柔軟な発想をしている人だ。一緒にいてストレスを感じることが無い。私は彼女のことをユナと呼んでいる。
「ユナは行くの?」
「レナが行かないなら行かなーい。」
((レナいないならつまんないしなー))
厄介な超能力の一つに、テレパシーというものがある。感情までは読み取れないが、人の声が自動的に頭に流れ込んで来る。小さい頃はこのゴミみたいな能力によく悩まされた。おかげで今ではほぼ気にしなくなったが、近くにいる人間の脳内言語には未だに意識を持っていかれる。
「学食何食べよーかな〜。レナは今日何食べんの?」
「うーん、鮭定?」
「いいね〜」((私もそれにしよーかな))
この能力を持ちながら学校生活を続けていられるのは、ユナのおかげだ。本当に良い子だし、頭も良くて、可愛い。三種の神器。美人は性格が悪いと聞くこともあるが、ユナの存在がその風説を完全に否定している。こんな子が実際に居るのかと、クラスが一緒になった際、驚愕した覚えがある。無論、明日三河高校男子生徒の大半から熱い視線を浴びているのだが、本人はその視線に気づいていない。
「今日結構人いるねー。」
「そうだね。」
食堂に着くと、およそ20人ぐらいがカウンターに並んでいた。席もすでに埋まり始めている。人の声が重なり合う雑音の中、隣から黄色い声が聴こえる。
「え、デミグラスハンバーグタルタルあるじゃーーん!!!」
ユナが食堂のメニューボードを見て目を輝かせている。想像するだけで胸焼けしてしまいそうなメニューだが、彼女はこの料理の大ファンである。デミグラスハンバーグタルタルは不定期でやって来る数量限定メニューだ。数量限定という文字を見て、そんなに頼む人がいるのだろうかと毎度疑問を持つ。
「やったね、ユナ。」
嬉しそうな彼女を見ると、心が温まる。普段はクールな雰囲気を纏っているユナが、側から見て分かりやすくテンションが上がっているので、相当嬉しいのだろう。
「うん、丁度昨日の夢に出てきたんだよ、デミタル。」
ユナは至って真剣な面持ちでグーサインをする。出来立てのご飯をトレーの上に乗せてもらい、会計を済ませる。ユナの「おいしそーう!」という声につい微笑んでしまう。
「あそこ、空いてるよ。」
混み合う人の間を通って、かろうじて空いていた席に座る。アス高の学食は美味いとよく評されているらしい。実際に美味しいので、当然利用者も多い。明日三河高校の食堂には大きなダイニングテーブルが大胆に置かれていて、その左右にポリエチレン製の椅子が並んでいる。普段はとても解放的な空間である食堂が窮屈に思えるほど、今日は大勢の生徒達で賑わっていた。
「いただきまーす。」
命を頂くこと、ご飯を食べられることに感謝をして手を合わせる。大体この時はどんな人といてもテレパシーが送られてこない。きっと、感謝を伝えることに嘘偽りはいらないのだ。
スーーッ
ユナが綺麗にハンバーグを切断すると、中からドバッと肉汁が溢れ出る。バーグの上にかかっているタルタルソースのさらに上に、スプーンで掬ったデミグラスソースをかけると、カロリーの爆弾が完成した。
パクッ
「お、おいしぃー、。」
ユナは食レポに向いていると思う。顔が可愛い。勿論、他にもちゃんと理由はある。今まで食レポをやってきた人達の中で、料理の美味しさに撃たれ、下を向いて噛み締める人がいただろうか。いや、いない。しかも、「おいしぃ」の語尾が下がっていて、その声は震えていた。こんなに臨場感を出せる人が今までにいただろうか。いや、いない。
ユナの今まで見たことも聴いたこともない、とても斬新で素敵な食レポに心を打たれていると、前の方からニヤけ顔の男が歩いてくるのが見えた。とっさに視線を下に向け、見つからない様に息を潜める。
「おっユナレナじゃーん、おっすー。」
普通に見つかってしまった。あるいは、すでに見つかっていたのかもしれない。
「何食ってんの、、。デミタルじゃん!マジで美味いよな〜俺も今日食ったわー。」
あんたもかよ。
「美味しいよね〜。ん、ねぇ、今私のことユナって言った?」
ユナの顔が強張る。演技だとわからせる様な顔の作り方だが、明らかで簡易的な嫌悪感を示すのに最適な表情だろう。
「あっごめんごめん、。」
((別に良くね?))
「ユナって呼んで良いのはレナだから。ヨウは呼ばないで。」
((気安く呼ぶなバカ))
「まぁまぁ。」
ユナに特別視されているという優越感を噛み殺して、仲裁役に入る。二人の関係性は中学の時から変わっていないらしい。私がユナと知り合ったのは高校からだが、ユナとヨウは同じ中学で同じクラスだったという。その点だけヨウが羨ましい。
「ほんと、ひでぇーよな。お、レナは〜鮭定?」
「うん」
「いいじゃ〜ん」((地味な女〜))
は?
人差し指をヒュイと曲げて、ヨウの真後ろに置いてあった椅子を宙に浮かした後、腰に目掛けて飛ばす。
ガツンッッ
「痛っっっっっっったーー!!!!」
ヨウは腰を逸らし、くの字の様な体勢になる。確かに私は地味な女だけれど、お前に思われるのは心外だ。一応、椅子の勢いは抑えたつもりだが、不意をつかれた分ダイレクトにダメージを受けたのだろう。まぁ、当然の報いでしょ。
「こ、この椅子勝手に、俺の腰にぃ………ぶつかってきたぁ…。」
腰押さえながら悶絶しているヨウに、ユナの冷たい目線が追い討ちの如く向けられる。
「はぁ…何言ってんだか。そんなわけないじゃん。ねー、レナ?」
「うん、そんなわけないと思う。」
「いや、反応冷たぁ……の、呪いだ。鮭の呪い……。」((やべ、話切り出すタイミング見失ったー))
お母さん、こんなしょうもない奴に超能力使っちゃってごめんなさい。
「そんなことより、なんか話あってきたんじゃないの?」
「ん!そうそう。」((レナって感鋭いんだよな))
一発くれてやったし、話ぐらいさせてあげよう。あぁ、私って良い人……
「実は頼みたい事があってさ」
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ガチャン
「お邪魔しまーす。」
翌日、土曜日。ヨウの頼みを受け、ご自宅にお邪魔させてもらうことになった。ヨウ曰く妹の世話をして欲しいという。ユナが理由を問い詰めると、父と母が会社の都合で家に居る事が難しくなってしまい、ヨウ本人は塾があるらしい。塾に行っている間、妹の子守りをして欲しいとのことだった。「ガサツな男子共には頼めん」とブーメラン発言を繰り出していたが、女子の方が妹の心証が良いと踏み、私達に頼んだのだろう。
「大っきいね、ヨウのお家。」((お洒落なお家〜))
「うん、すごくでかい。」
大理石をふんだんに使った、重厚な玄関で立ち尽くしていると、リビングの方から身長差が目立つ兄妹が現れる。
「おーきたきた、おっすー。」
兄の後ろに隠れている妹さんらしき人物は、顔だけ覗かせ、こちらの様子を伺っている。水玉模様の小さなワンピースがとても似合っていて可愛らしい。
「ほら、挨拶。」
「こ、こんばんわ。緑川ミウです。」
そのつぶらな瞳は、一瞬でユナの心を鷲掴みにした。
「わぁ!こんばんわぁ〜〜!可愛い〜!」((小っちゃぁ〜〜〜い!))
「だろだろ〜」
ヨウは得意げな顔をして、小さい彼女の背中をそっと押す。
「何歳ですか!」
「7歳…」
「7歳!可愛い〜!!!」
ミウちゃんが何歳と言っても、ユナは可愛いと言うだろう。それにしても、7歳で「こんばんわ」という挨拶ができるとは、しっかりしている子だ。
「結構臆病なところあるから、優しくしてくれると助かるわ。」((よし、ちゃんと挨拶できたな。偉い偉い))
なるほど、兄の教育が良いのか。
「当たり前でしょ〜。」((えぇ〜目きゅるんきゅるんすぎる〜!!))
ユナは膝立ちになって、ミウちゃんと目線を合わせ、にっこりと笑いかける。ミウちゃんは緊張が取れた様に照れ笑いを見せた。
それを見て、ユナのコミュニケーション能力を羨ましいと思う反面、自分にはできないと感じる。小学生くらいの子供はテレパシーを拾いづらいので、何を考えているのかが分からない。そのため、どういう反応をするべきなのか、勘繰ってしまう。きっと正解なんてないのだろうが、テレパシーが日常的に作動してしまっている以上、どうしても相手の気持ちを気にしてしまい、しどろもどろになってしまう。
「それじゃあレナ、ミウのこと頼んだわ。俺そろそろ塾行かないと。」((この二人なら大丈夫だろ))
「了解。」
ヨウは妹とユナの会話に微笑みながら、私にそう言い残し、家を出た。
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「わぁー、ミウちゃんゲーム上手いね!!!強い強い!!!」
「でしょー!ミウね、今100レベだから!クラスで一番上手いよ!」
大きなリビングでオンラインゲームをしてはしゃぐミウちゃんとユナは、他人が見たら姉妹と勘違いしてもおかしく無いほど、仲睦まじく見える。
私はというと、初対面でろくに喋れずにモジモジして、逆にミウちゃんに気を遣ってもらう有様だった。あぁ、高校生なのに……情けない。
「レナちゃーん!次レナちゃんの番だよー!」
「う、うん…!」
ミウちゃんの笑顔が私の思考を全て壊す。その果実の様な瑞々しい声で呼ばれた私は、頬を緩めることしかできず、慣れない笑顔で彼女の元へと向かう。
「これねー、ここ押すと進む、ここ押すとブレーキ。」
「わ、わかった…!」
「ミウちゃん教えるのも上手だね〜」
コントローラーのボタンを押すミウちゃんの手が、とても小さい。こんな小さい手でコントローラーを操っているのかと感心する。年々、子供のゲームへの熱心さと上達速度が上がっていると思う。私は引きこもるのが趣味みたいなところがあるので、ゲームはかなりやり込んでいる。私がよくやっているゲームでも、最近は子供のプレイヤーが多くなってきた気がする。
「3.2.1.ゴー!」
「よーし…」
「頑張れ!レナ!」
レースゲームは基本的に、コーナーを上手く曲がれるかどうかが重要だ。あんまりやったことはないが、このゲームコントローラーは家にある物と同じなので、操作しやすい。よし、ミウちゃんとユナに良いとこ見せるぞ……。
「ミ、ミウちゃん、ドラフト!ドラフトのボタンどこ!!!」
「ドラフト???」
ドリフトだ。妙に張り切ってしまって言い間違えた…恥ずかしい。
「ご、ごめん…ドリフト!」
「あ、、ここ!!!」
ユナが咄嗟にボタンの近くを指差し、カバーしてくれる。おかげで、前の人を抜いて順位が一つ繰り上がった。1位になるにはあと3人抜かなければならない。でも、良いスタートを切れた。ここから一気に行くぞ!
「ユナちゃん、ドラフトってなーに?」
「ドラフトはね〜、順番に一人ずつ好きな人選んでいいよ〜っていう意味!」
「へ〜そうなんだ〜!」
よし、また1人抜いた!これで順位は3位。前とはそんなに離されていない……いける。焦るな……
「ドリフトは〜?」((曲がるやつかな?))
「ドリフトはね〜、車が曲がる時に、カッコよく曲がること!」
「そうなんだ〜!物知りだね、お姉ちゃん!」
「えっっ」((お、お、お姉ちゃんんん!!!))
よし!また抜いた!2位だ!もう少しでゴールだけど、今持っているアイテムを使えば1位の人を抜ける!貰った!!!
「あ、レナちゃん2位だ!!!頑張れ〜〜!レナちゃん!」
い、良い子すぎる…!こんな私を応援してれるなんて…!ミウちゃんが、ミウちゃんが応援してくれたんだ…………絶対に、、、、勝ぁーーーつ!!!
「ウォォォォォォォ!ドケェェェェ!!」
「うわぁ、なんか性格変わってるよレナ……。」
アイテムを使って、車は一気に加速する。前の車を抜き去り、画面左下の順位には1位と表示される。ゴールに向かって一直線。後は、進むボタンを押し続けるだけ!
勝っ………
ヒューーン
「あ、バクダン。」
ドーーーン
後ろからアイテムを投げられる。バクダンと呼ばれるそのアイテムは、私の車に見事着弾した。爆風の中、回転しながら宙を舞う車は、私の心情を鮮明に表現してくれている。私には、この一連の場面がスローモーションに見えた。
「あっ………あぁっっ……」
非常に情けない声が出てしまった。あたふたと何度もコントローラーを握り直そうとするその様子は、暁月レナ三大恥話の1つとして、私の中で終生語り継がれることだろう。2位、3位、と順位は一気に降格し、もう一発ダメ押しのバクダンをくらって、4位フィニッシュ。あぁ、いつも私はこうだ。
「1位、取れなかった……。」
あんな奇声を発した上で慌てふためき、結果4位。穴があったら入りたい……。ユナとミウちゃんに良いところを見せたかった……。すごく悔しい…。
「いやいや、4位凄いじゃん!私さっき6位だったよ!」((凄い凹んでる…))
ユナが励ましの言葉をかけてくれる。ユナの優しさが心に染みて、若干目が潤ってしまう。ここで泣いてしまったら、いよいよ暁月レナ大恥話殿堂入りになってしまうので、必死に堪える。
「惜しかったね!レナちゃん!!次、ミウがレナちゃんの代わりに絶対1位取るから!!!」
「えっっ」
いくらなんでも良い子すぎる!!!
何をやっている暁月レナ。確かに自分は客観的に見てかなり可哀想な人だったけれど、ミウちゃんを見習うんだ。そうだ、こんな良い子だからこそ、私の負けをミウちゃんに背負わせてはいけない。私は高校生、ミウちゃんは小学生だ。ここは落ち着いて、ミウちゃんを諌めないと。
「ありがとう、ミウちゃん…。でも、私のことなんて気にしなくて……」
「いや、絶対取る!!!」
ミウちゃんの目には獅子のような闘争心が宿っていた。この子、本気だ。
「3.2.1.ゴー!」
レースが始まった途端、ミウちゃんの車は風のように先団を切り裂いて行った。瞬く間に順位を上げ、画面左下には2位と表示されている。
「す、すごいよミウちゃん!!!」
しかし、1位の人もさすがだ。他の車をものともせずにどんどん加速していく。だが、ミウちゃんも凄まじい集中力でコントローラーを巧みに動かし、1位の人を離さない。大接戦のレースだ。
「頑張れ!ミウちゃん!」((1位いけるかも!))
ピコン
「アイテム来た!やぁ!!」
ミウちゃんがアイテムを使い、車が一気に加速する。
ビューン
「行けー!」
しかし、1位との距離は変わらない。むしろ、離されている。1位の人が上手すぎる。
「うわぁ〜惜しいぃ〜」
途中、ミウちゃんは3位以降から集中攻撃を狙われるが、全て躱わしてみせた。アイテムを駆使して、一度1位の座を奪ったのだが、すぐに奪い返され、レースは最終局面。ミウちゃんは依然2位、1位との距離は少しずつ離されていた。
ピコン
「アイテムだ!やぁ!」
「今度こそ!!!」
ビューン
順位は変わらない。1位の車はさっきよりも速い。
「届かないかぁ〜」((1位の人速いなぁ〜))
何かおかしい。ミウちゃんの車は加速するアイテムを使っているのにも関わらず、1位の人はこのレースで一度も使っていない。そして、このゲームには車の性能差は存在しない。もしかして………いや、負けてるからといって、すぐに疑うのも良くない。ちゃんと上手な可能性も……
「バクダン来た!やぁ!」
ヒューン
「いけー!」
ドーーーン
「当たった!!!………あれ?」
当たった音がしたのにも関わらず、無傷。間違いない、チーターだ。チーターとは、ゲームのプログラムを不正に書き換え、移動速度を変更したりして自分が有利になるようにする「チート」を使う人のことを指す。このゲームにはチーターが多いという情報をどこかのサイトで見たことがある。
「あ、ゴール見えてきた!」
チーターがゴールを通過するまで、あと20秒前後。
「ミウがレナちゃんに1位をあげるんだー!絶対に負けなーーーい!!!」
本当に、優しい子だ。自分のためにじゃなく、人のために頑張れる、強くて優しい子。もしかしたら、それがミウちゃん自身のためになっているのかもしれない。なんて尊いのだろう。
さて、私の前でチートを使うなんてチーターは良い度胸をしていると思う。いや、ミウちゃんの前で、という方が正確な表現かもしれない。私はミウちゃんの光に当てられた超能力者だ。私はミウちゃんに勝ってほしい。私はミウちゃんの純粋無垢な笑顔を守りたい。私は、ズルで勝とうとするやつのことを許せない。超能力者なめんな。
目に力を入れ、ゲームの画面を凝視する。
ピタッッッ
チーターの車がゴール手前で完全に静止した。
「あれ、前の車止まったよ!ミウちゃん!」((1位いける!))
ついでに、さっきミウちゃんが当てたはずのバクダンも、特別にプレゼントしてあげよう。
ドゴーーーン
チーターの車が瞬く間に後方へ吹き飛ぶ。ゴール前は爆煙に包まれ、ミウちゃんの車はその中に突っ込んだ。車は煙を跳ね除けて前進し、ミウちゃんは1位でゴールを通過した。
「やったー!1位取れたー!!レナちゃん、1位取ったよーー!!!」
ミウちゃんが満面の笑みで抱きついて来る。その抱擁は陽だまりのような暖かさだった。私のお腹に顔を埋めて、足をバタバタさせている。
「ミウちゃ〜ん!ありがとう!」
「へへ〜。」
ミウちゃんは顔を上げ、眩しい笑顔で私の心を照らした。良かった、ミウちゃんの笑顔が見れた。今はそれがとても嬉しい。
「さっきのバクダン、遅れて当たったよねー。バグだったのかなー?」
「多分そうじゃない?」
しらばっくれるのは得意なので、ユナの話に適当に合わせる。私の超能力をゲームのバグだと勘違いしてくれて助かった。さすがに、引きこもりすぎてゲームにまで超能力を発せられるようになった人は今までに存在しないだろう。いや、そもそも超能力を使える人がいないか。何はともあれ、ミウちゃんが無事に1位を取ることができて良かったと、心の底からそう思った。
「次は3人でやろー!」
「良いね〜!やろやろー!」((ミウちゃん元気だな〜))
「やろう!」
こうして、ミウちゃんが眠気に負けてソファの上で熟睡するまで、存分にゲームを楽しんだ。その後はユナと雑談をして時間を潰し、ヨウが帰ってきたところで子守りの幕は閉じた。
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「可愛かったね〜、ミウちゃん。」
「うん、凄い可愛かったね。」
子守りからの帰り道。日は沈み、自分の足は若干見えづらい。電灯の光がなければ、真っ暗闇といったところだろう。普通の住宅街を歩いているので恐怖はない。しかし、女子二人で夜道歩いているということは、いざとなった時に、是が非でも私がユナを守らなくてはいけない。まぁ、そんなこと一度も起こったことはないけれど。
「レナこっちだよね?」
「うん、そう。じゃあね、気をつけてねー。」
「うん、レナもね〜。またね〜!」
ユナが角を曲がるまで、手を振って見送ったフリをする。
ユナが見えなくなった。
よし、護衛しよう。ユナに見つからないように、後ろをつけて歩く。これではまるで私がストーカーだけど、致し方ない。ユナの安全が第一だ。
ユナの護衛中、危険なことは一切起きなかった。疲れ切ったサラリーマン、酔っ払ったおじさん、同年代のヤンキーが通り過ぎたくらいで、私の心配は杞憂に終わる。途中、夜道が怖かったのか、ユナが何回も後ろを振り返るので、透明化を仕方なく使ったけれど、超能力を使ったのはこの時だけだった。
ここ数日、超能力を使い過ぎている気がする。母の遺言の通り、できるだけ使わないよう気をつけてはいるけど、結局使ってしまう。
「能力に頼りすぎてはダメだからね、他の人の前でつい、使っちゃうから。大事な時だけ、使いなさい。」
母の最後の声が蘇る。頼るとは、母はどういう意味で伝えようとしたのだろう。超能力に頼る、というのは今日あったチーターとなんの違いがあるのだろう。大事な時とは?自分が使いたいと思った時?それは不正をするチーターと一緒なんじゃないの?
超能力なんて、母と私以外使える人を見たことがない。つまり、普通は使えないもの。他の人の前で、使ってはいけないもの。不正行為と何も変わらない。
なんでお母さんは、最後にテレパシーじゃなくて言葉を選んだの?テレパシーだったら、お母さんが伝えたいことを感覚で理解できたのに。超能力さえなければ、こんな悩みもなかったのに。
わからないよ、お母さん。
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ピーピー
ユナ護衛からの帰り道。学校の側をトボトボ歩いていると、小鳥の声が聞こえてきた。声を辿り、まだ羽の生え揃っていない雛鳥が硬いコンクリートの上に落ちているのを見つける。ふと上を見上げると、枝と枝の間に挟まる鳥の巣があった。両手に力を入れ、何もない空間を掴むように指を曲げると、雛鳥はフワッと浮いた。落とさないよう、慎重に高度を上げて、小鳥を巣に帰した。
疲れ切っていたので、これは夢かもしれない。




