ep.1 口笛
私の名前は暁月レナ。今、薄暗い教室の端っこで佇んでいる。友人の亡骸を腕に抱えながら、ただずーっと、数m先にある黒板拭きクリーナーを眺めている。
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「はぁ。」
朝、5時20分。突然目が覚めて、さっきまでの映像が悪夢だったことを知り、疲弊と安堵が入り混じったため息をついた。殊の外汗はかいていなかったが、喉がちょっとイガイガする。叫んでいたのだろうか。最近、悪夢をよく見る。私生活にストレスを感じていないと言い切れる頭の軽さはないが、これといって思い当たる節もない。
「よっ」
重たい腰を起こして、カーテンを開ける。今日は快晴だ。日差しがとても心地良い。光が自転車を反射し、目の中へ飛び込んでくる。カーテンを開けるのは、「朝になったぞ」と世界が目一杯教えてくれる感じがして良い。太陽の光で一人暮らしの心を少しだけ暖めた後、リビングへと向かう。
ひんやりとした空気の中、整然と並べられた家具達を横切って、冷蔵庫の前に立つ。水、牛乳、戸棚からはシリアルを取り出して、朝食の準備始める。食器棚からは白いボウルを取り出した。各々をガラス板テーブルの卓上まで持っていき、その下に広がるラグマッドに座り込む。
シリアル、牛乳をボウルの中に入れ、とても美味しそうなコーンフレークが完成する。手を胸の前で合わせて、目を瞑る。いただきまーす。
「あー」
スプーンを持ってくるのを忘れていた。
「…」
動くのがめんどくさい。
「んー。」
少し考える。
「はぁ」
軽いため息をつき、
「よっと」
やっと煩悩を振り払って立ち上がる。もう一度キッチンへと赴き、キッチン下の引き出しを開け、ジャラジャラとスプーンを取り出す。目標達成だ。自分、偉い。
「フューフュー♪」
謎の愉悦に浸りながら軽い口笛を吹き、慣れないステップを踏んでみる。意外と様になってるのでは、などと適当なことを考えながら、リビングの方へ戻る。
ゴツッ
「痛って!」
足の小指をテーブルの足にぶつけた…。い、痛すぎる。咄嗟にかがみ、自分の小指が生きているかを確認する。子供の頃、小指をタンスの角にぶつけて、一瞬で爪が粉々になったことが………
視界の端に、あと0.1秒くらいでマットに着陸しようとするボウルが映る。
「やばっ」
バッ
瞬時に左手に力を入れて、何もない空間を掴む様にして指を曲げる。
ピタ
ボウルとその中身は、マットの上ギリギリで静止する。
「あっぶなかったぁ………」
手の力を若干緩める。
フワンッ
重力に抗う様に、対象物は宙に浮かんだ。
さて、大事な朝食をクレーンゲームの様な感覚でテーブルの上に戻さなければならない。左手にかかる微妙な負荷をコントロールしながら、ボウルを先に置き、空中のコーンフレークをそっと流し入れる。
「よし、一件落着。」
テーブルの上は足の小指をぶつける前と同じ状態になった。またこんなことが起きる前に、早くいただこう……
コーンフレークを食べながら、母に言われたことを思い出す。
「能力に頼りすぎてはダメだからね。他の人の前でつい、使っちゃうから。大事な時だけ、使いなさい。」
そんなことを言いながら、母は日常生活で超能力を使いまくっていた。あまりその言葉に信憑性は無いが、理屈も理解できるし、母の遺言はそれくらいだったので、一応律儀に守っている。
カラン
ごちそうさまでした。コーンフレークは準備から完食まで早い。とても効率的で、とても美味しい。私の大好物だ。よし、学校に行く支度をしよう。
ピチャァ
「うわぁー。」
テーブル前の床には紙パックが横倒しになっており、口からは牛乳が溢れていた。




