星歌の「本当」
梓の前で恥ずかしい宣言をした夜、俺は家で布団の中で恥ずかしくて死にそうだった。
厨二病はとっくに卒業したはずなのに。
何が「俺は、彼女を作るぞ!」だ。
三時間前の俺のバカ!
これが若くなって異世界転生した主人公の気分ってやつか。
翌日になって、色々と冷静になって考えてみると、ここまでゲームと違う展開だとゲームをクリアしているアドバンテージが少ない。
早い段階で軌道修正しないといけない。
ヒロインを攻略しないと俺に未来はない。
「和くん」
リビングの机で特務機関の司令官ポーズをしていると、母親から声をかけられる。
自分の本当の母親ではないが、実年齢が謎な容姿をしている。
現実の俺の実年齢より若いんじゃないかと思うくらいだ。 こんな若く、二人の子供がいて立派に育てている…きっと俺とあまり変わらない年齢で……うう…あんまり、考えないでおこう。
「な、何?」
「星音ちゃんのところに、コレ持っていって」
そう言って、母親は醤油のボトルを俺に差し出す。
「何これ?」
「今晩の夕飯を作るときにお借りしたのだけど、明日の朝ごはん作るまでに返さないといけないのを忘れていたの」
ご近所さんの調味料の貸し借りってやつか。
ゲーム本編にはなかった展開だ。
ゲームでは学校と自室以外のシーンはほとんど描かれていない。
そのため、こうやって家族とどうやって過ごせばいいかは攻略には関係ないと判断して適当に過ごしている。
ずっと一人暮らしだったからか、食事や家事をやってもらえて心配してくれるって、子供に戻ると親が子供のことを考えて行動してくれているものだと気付かされる。
現実に戻ったら、一度は実家に帰るか。
「分かったよ」
星音とは接点が多い方がいい。
ゲームのルートとは違うが、一緒に帰った場合の会話をすることで軌道修正できるかもしれない。
母親から醤油を受け取ると、すぐに隣の家に向かった。
時間は少し遅めだが、まだ中から声が聞こえるから大丈夫だろう。
ピンポーン。
定番の呼び鈴が家の中で響いているのが聞こえる。
「はいはーい、お父さんでしょ? 今ドア開けるね」
カメラも見ず、俺の返答も聞かずに、星音らしき声が返答してインターホンを切ってしまった。
不用心すぎるだろう。
ガチャっと鍵が開く音がする。
「お父さん、早いね」
とドアが開かれると、そこには星音が出てきた。
厳密には星音らしき女性が出てきた。
彼女はボサボサの髪をヘアバンドでまとめて、丸眼鏡に中学校名が入ったジャージを着ていて、いつもの星音からは想像もできない格好だったからだ。
これは…。
「か、か、かかか和彦!?」
壊れた機械のように震えている彼女が、すぐに停止する。
「な、なななななな何で?」
「これ、醤油」
「あ、ありがとう」
「こちらこそ、母さんが買い忘れていたみたいで、助かったって」
「そ、そう…」
星音に俺は醤油のボトルを手渡すと、何事もなかったかのように立ち去ろうとする。
「じゃあな」
「ちょっと待て!!!」
二の腕が凄い力で引っ張られる。
「何をするんだ?」
「見なかったことにしようとするんじゃない!」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
他人の恥ずかしいシーンや失敗に遭遇しても、華麗にスルーして本人が傷つかないようにする大人としての配慮だったのに。
「と、とりあえず、私の部屋に来なさい!」
◇
こんな形で星音の部屋に入れることになるとは。
彼女の部屋はもう少し親密度が上がって、夏休みのイベントで初めて入るはずだ。
しかし、ゲームと同じレイアウトでテンションが上がるが、リアルな女の子の部屋に入るのが初めてなので緊張する。
こんなの大企業の社長室に通されて商談するときに比べたら、そこまで緊張……するわ。
「何、ジロジロ見ているの?」
「いや、別に…」
「私の部屋に入るのも小学生の時以来だもんね」
そういや、子供の頃から知っている仲だから、本当は久しぶりに部屋に入る設定なのだろう。
そう考えると、主人公は星音のこんな格好の時も知っていたってことになるのか?
「なぁ、その格好……」
「何、文句あるの?」
あれ? 星音って、こんな高圧的なキャラだったっけ?
どっちかというと、おしとやかで星からやって来た品行方正なキャラだったはずだ。
「態度もいつもと違わないか?」
「はぁ……もう、あんたにはバレちゃったんだから、隠す必要ないわね」
なるほど。
こっちの星音が素ってことか。
「まずは、この格好が楽なの……家では楽な格好をしたいの、分かるよね?」
「は、はい」
「いつもの私は外交用に使っている仮の姿なの」
「外交用?」
「そうよ、私はね…家ではグータラ過ごして寝ていたいの。 学校では可愛いゆるキャラグッズや甘いものが好きでK−POPを聴く、流行にもオシャレにも気を遣っている人気者……でも本当は、たこわさや味噌キュウリが好きで、音楽はデスメタルを聴いて過ごしているわ」
たこわさと味噌キュウリは俺も好きだぞ。
居酒屋に行くと絶対頼む。
「家では恋愛小説を読んだり、ぬいぐるみを集めたりして可愛いパジャマで寝ていることになっているのよ! でもね、これが現実なの! 家ではジャージ姿でゴロゴロしながらスナック菓子を食べて、ホラーゲームでゾンビの頭をぶち抜いて喜んでるのよ!」
「じゃ、ジャージ楽だよな」
言葉を選んで答える。
好感度が下がる前に、何故か命の危機を覚えている。
「どうして、そんなことを?」
「決まっているじゃない! 私は褒められたいの!」
「へ?」
予想はしていたが、堂々と胸を張って偉そうにしながら宣言する彼女の姿を見て、唖然とする。
「私はね、褒められて、褒められて、褒められまくりたいの! 容姿、学力、スポーツ、全てにおいてナンバーワンになりたいの!」
眩しい……ここまで人間は自分に素直になると輝いて見えるのかもしれない。
「そ、そうか…分かった」
これ以上は聞かない方がいい気がする。
「ちょっと、何で帰ろうとしているの?」
「大丈夫、今日の俺は何も見なかったし、何も聞かなかった」
「ははは、逃すわけがないでしょう?」
星音が可愛い笑顔で握り拳を作って、俺の肩を掴む。
「このことを口外したら、ゾンビの代わりに記憶と人格が破壊されるくらい頭を殴ってあげるわ」
この子、可愛い顔をして何言っているんだ?
「分かるわよね? どぅー・ゆー・あんだーすたんどぅ?」
「い、いえす…あい・どぅー」
この見栄の塊が正ヒロインなのかよ。
でも、これが「生きている」ってことなのかもしれない。
誰もが本当にプライベートまで完璧に過ごせるわけがない。
俺は可笑しくなって、笑い声が出てしまう。
「ははははは」
「ど、どうしたの? 恐怖で頭おかしくなった?」
「いや、人間らしくていいと思ってね」
「何よ、偉そうに」
「社会に出れば、綺麗なままで過ごすことはできないって話だよ」
「?」
彼女は理解できなくて首を傾げる。
学生時代に比べて。社会人になれば、評価されたい、認められたい、給与を上げたいと周囲からの目線を気にし始める人間も多くなる。
その反面、誰も見ていないところでは気を張らずに力を抜く術を覚えていく。
そういう意味では、彼女が見栄を張っていることも、家でズボラな生活をしていることも別に変なことではない。
でも、高校生の多感な時期には、欲望丸出しの自分を表に出せないのだろう。
そうなると一点、気になることがある。
「なぁ、星音」
「何?」
「彼氏ができたら、このこと……」
「はぁ!? 隠すに決まっているでしょ!」
納得した。
こいつは幼馴染の主人公の前でも猫を被っていたのか。
そう考えると、ヒロインが俺の前で話していた姿が幻のように思えて、かなり複雑。
「というか、今は彼氏とか必要ない」
「そうなのか?」
これは、本当は一緒に下校するはずだったときに聞く話と一緒だな。
その時の星音は、今はバスケに集中したいから彼氏を作る余裕がないという回答だった。
「バスケ部のエースになって、中間と期末のテストで学年一位にならないといけないから、恋愛なんてやっている時間の余裕がないのよ」
同じようなことを言っているはずなのに、目的が全然違うふうに聞こえる。
「そもそも、褒められるために彼氏なんて必要ないでしょ?」
冷たく強く言い放つ彼女の瞳は、見栄以外のことには眼中にないと語っていた。
「必要…か」
「何よ?」
「いや、確かに恋人って何で必要なんだろうな」
俺は彼女の言葉にふと疑問に思ってしまった。
三十年以上、俺は一人で過ごしていたが、何一つ不自由がなかった。
周囲の友人たちも彼女ができて、結婚しているやつも増えたが、それが羨ましいとか、自分も恋人が欲しいとはならなかった。
「和彦って、そんなキャラだっけ?」
「え?」
「だって、以前までは彼女欲しいとか言ってなかったっけ?」
この世界の主人公は、確かに恋に飢えていたはず。
「中学時代に本庄くんが彼女できたときだって、『お前とは絶交だ!』って言って一週間だけ口を聞かなくなったけど、寂しくなって梓に仲介してもらって自分から仲直りしに行っていたじゃない」
「うぅ…や、やめてくれ」
自分がやったことではないのに、自分がやったとされる黒歴史を暴露されるとか、やめてくれ!
でも、俺も学生時代は漠然と彼女が欲しいとか思っていた気がした。
「今は…ちょっと考え方が変わったというか…本当に何で恋人を作るのか分からなくって…」
「……」
俺の顔を見て、星音は黙って見つめてくる。
「ど、どうした?」
「和彦も大人になったんだなって思っただけだよ」
悪かったな、オッサンで。
「でも、恋人を作るとしたら、私にメリットがあれば考えるかもね」
「メリット…か」
合理主義的な考え方だが、俺も同じ意見だった。
しかし、俺はメリットとか考えている場合じゃなかった。
恋人を作らないとデメリットしかないんだった。
ここは勇気を出して聞いてみよう。
このセリフは彼女が放課後に帰るときにも投げかけているから、大丈夫なはず。
「お、俺とかは?」
「は?」
あれれ、反応が露骨に違うぞ。
さっきまでと違って、ゴミを見る目に変わってしまった。
「は?」
二度も繰り返された。
「さっきまでの私の話を聞いていた?」
「分かっているよ。 ただの冗談だよ」
「私と付き合いたかったら、まずは定期テストで学年一位を取るか、何かの部活に入って全国一位になりなさい…あ、でも、学年一位になったら、私が二位になってしまうからダメね。 学年二位を取りなさい」
そういえば、星音を攻略するときはステータスをかなり上げて、部活で活躍するか何かしらモテモテ要素を出して、星音に嫉妬させないといけないんだった。
ステータスが攻略条件だと知って、また辛くなったのを思い出す。
しかも、ディアメモはステータスが表示されず、プレイヤーが数値をコントロールするのが難しい。
「どちらにせよ、私には恋人なんて不必要なの」
星音は、そう言ってベッドに腰をかけて俺を見上げる。
「分かっていると思うけど、今日のことは他言無用だからね」
可愛い笑顔でそう言われるが、「誰かに言ったら分かっているよな?」と付け足されているような気分にさせられて恐怖を覚えた。




