ただ、恋をする
ブチ切れた星音の登場により、森下たちは全面的に謝罪をして動画も画像も消去して立ち去っていった。
残された俺らは、疲れたような表情を見せる。
座り込んでいた梓の近くに、休憩するように俺も座る。
「星音…」
梓は申し訳なさそうな表情で彼女を見上げている。
きっと自分だけで解決したかったのだろう。
「心配かけて…」
「ごめん!」
深々と頭を下げようとする梓の言葉を遮るように、先に謝罪の言葉を口にしたのは星音だった。
それに驚いて、梓も「え…」と頭を上げる。
「私のせいで梓を危険に遭わせてしまった」
震える声で星音が今度は頭を下げる。
「ちょっと、星音…星音は悪くないって…」
「あと、私はずっと梓に失礼なことをしていたの」
「それって……」
「梓だけじゃない、取り繕った自分で周囲の人間と接してきたの…梓には私を責める権利があると思う。 ずっと親友だと言ってくれていた、あなたを騙していたんだから」
涙声で罪を吐き出すように彼女は言葉にしていく。
しかし、梓はそれを聞いて怒るどころか、少し考えた後に笑って答える。
「それはいいのよ」
「え?」
今度は星音が同じように驚いた顔を上げる。
瞳には薄っすらと涙の粒が見える。
「それはショックだったけど…私はあなたと過ごした時間の全てが嘘だったとは思えないの」
「うん…」
「このゲームヲタクも社会では当たり前…とか、社会にも出たことないくせに豪語していたし、大丈夫じゃない?」
こいつら、これからずっと俺のことをゲームヲタクと弄るつもりだろう。
「あ…ありがとう」
ホッとしたせいか星音の涙の粒が頬を伝って落ちる。
「友達になれて良かったと思っているわ」
「私も」
そして、二人が笑顔になる。
◇
一人、屋上に残っていた。
二人は俺を置いて二人でドロックマ展に行くらしい。
俺も着いていこうとしたが、星音曰く、「あんたは約束破ったからダメ」らしい。
チケットも二枚しかなかったから仕方ないけど…。
そう言い合いしているうちに、一つのメッセージが届く。
──屋上で一人になれ。
差出人は田中からだ。
今回のことで、また嫌味でも言うつもりだろうか。
「失礼だな、私がいつも嫌味を言っているみたいじゃないか?」
背後から声が聞こえる。
「出たな…あと、人の心の中を勝手に読むな」
「あなたが隠し事をできないくらい、考えていることが顔にでる人だからですよ」
バカにした言葉に反論しようとしたところで、急に真剣な顔をするので口を閉ざした。
「それで…クリアできそうですか?」
「ふっ…見ていたら分かるだろう?」
星音とはデート直前までいき、神宮寺とも良好な関係だ。
「ちょっとデートできそうになっただけで調子に乗らない方がいいですよ」
「お前はいつも余計なことを言うな」
「事実じゃないですか…まだデートできそうになっただけですよ」
「……」
田中の言うことも理解できる。
二人とも素の態度を知っているせいか、ゲームをプレイしたときの関係性との違いを感じてしまう。
これは…。
「恋愛対象と見られてない可能性がありますね」
「お、お前に言われると腹がたつ」
図星だけど。
「でも、彼女たちに近づいているということは変わりないだろう?」
「それは私ではなく、彼女たちに聞いてみてください」
「そんなこと直接本人に聞けないから、お前に聞いているのだろう?」
「私にも分かるはずがないじゃないですか。 リアルの世界ではパラメーターも条件分岐のようなシステマティックなものはないんですよ」
これは現実の世界なのだと念を押されたような気がした。
自分の中でも目の前で生きている星音たちを見ていると、自分が体験しているものがリアルなのか、それとも虚構なのか判別できない。
「それで…軌道修正はできそうなんですか?」
「それは…分からない」
このまま軌道修正することが良いわけではないと、今回の星音の件で思い知らされた。
彼女が梓に素の自分を見せることができたのだから、こういう展開も悪くないなと思ってしまった。
「まぁ、あなたがそれでいいなら、いいんじゃないですか」
「ああ…」
お前に言われるまでもない、と言いかけてやめた。
後悔はしていないが、この選択でゲームと同じようにフラグを立てることには失敗している。
「で、誰が本命なんですか?」
「は?」
田中の質問を理解するのに時間がかかってしまう。
本命?
「何ですか、その反応」
俺の反応を見て、田中は首を傾げる。
「本命なんて…いない」
誰も好きになっていない。
好きになる必要なんてない。
それにヒロインは同時攻略する方が効率はいい。
「それじゃあ、困るじゃないですか?」
「困る?」
「はぁ…ルール読んでないんですか?」
田中に言われ、俺は再度ルールに目を通す。
そして、重要なことに気づいてしまう。
「そうなんですよ、恋人を作るだけではダメなんですよ」
「き、聞いてないぞ…」
画面の「両思い」という言葉に目を止める。
両思いということは…。
「誰でもいいので恋人になればいいわけではないのですから、あなたも恋をしないといけないんですよ」
「お、おい…それは無理だろう」
「これからは攻略するということではなく、好きな相手と恋に落ちることを目標にしてくださいね。」
「そもそも俺が好きなんて分からないだろう」
「そうですね、口では何とでも言えます」
両思いなんて抽象的なルール採用しやがって。
これで曖昧なままにして、俺が口で「好き」とだけ言えば成立するんじゃないか?
「口で『好き』と言うだけなら誰にでも言えますから」
「だから…俺の心を読むな」
「そんな狡賢いあなたには、ルールを追加しますね」
顔は笑顔なのに、言葉に怒りを感じられる。
「まず一つ目、告白はあなたからでお願いします」
自分から告白しないといけないのか。
ディアレスト・メモリーのルートの大半はヒロインから告白されるケースが多い。
自分で告白するパターンもあるが、自由に告白をするタイミングを選べるシステムになっていて、タイミングを間違えるとヒロインと疎遠になってしまうのでリスクが大きい。
「もう一つ、チャンスは一人とします」
「ちょっと、難易度上げすぎじゃないか?」
「無差別に告白をする時点で、それは本気の恋愛ではないと判断できるからです」
これじゃあ、同時攻略をする意味がなくなる。
「手当たり次第に良い雰囲気にして告白しまくる予定でした?」
こちらの手の内は見透かされているようだった。
田中は肩を落とす俺に近づいて、こう言う。
「真剣にやってくださいね」
今度は冷たく、突き放すような声を出す。
ルールを指摘されたので怒っているのだろうか。
「ただ、恋をするだけでいいんですよ」
簡単に言ってくれる。
「恋…なんて……できないだろう」
「どうしてです?」
「恋をしてもメリットがないからだよ」
その答えに今度は寂しそうな顔を見せる。
「あなたにこのゲームを持ちかけて良かったです」
「どういうことだ?」
「このゲームに選ばれたと言うことは、どこか恋愛に対しての感情が欠落していることなんですよ」
「失礼だな」
「事実、あなたは恋というものをメリットとデメリットだけで考えている」
「そういう性格なんだよ」
「だから知ってほしいんですよ」
「何を?」
「恋の素晴らしさを」
恋の素晴らしさ?
一番聞きたくなかった答えだ。
リアルの恋愛なんて素晴らしくもなんともない。
ただ、苦しく痛く悲しく寂しいものだ。
「リアルの恋愛は傷つくし傷つけてしまうから大変なんですよね。 だからゲームの中の恋愛なら相手を傷つけてもハッピーエンドになるし、こっちも借り物の世界だから傷ついても本当の自分じゃないから痛みも少ない」
「田中…」
俺の思っていることを先に口にされて睨むと、田中は嘲笑うように「図星でした?」と聞いてくる。
「だからこそ、このゲームの中で見つけてほしいんです…恋をすることの大切さを」
「見つけられなかったら」
「あなたが死ぬだけです」
「ははは…」
苦笑いが出る。
恋をすることができない人間が、どうやって攻略すればいいんだ。
「無理ゲーでクソゲーじゃないか」
「そう判断するのは早いかもしれません」
「何で?」
「ふふふ、それは秘密です」
何故か上機嫌になって、屋上の奥の方に歩いて行く。
「それでは、私はこれで失礼しますね」
「ちょっと待て、田中」
「何ですか?」
「結局、お前は何者なんだ?」
質問を予想していなかったのか、キョトンとした顔をしてすぐに笑顔になる。
「秘密ですが、一つだけヒントです」
と答えて、目の前で薄くなっていき、完全に姿を消えた後で田中の声が届く。
「私は人間ではなくゲームマスターです」
は?
「それってどういうことだよ?」
俺の声に反応する気配がない。
人間じゃないのか?
俺は屋上に一人取り残される。
そして、俺は田中に最初に出会ったときのことを思い出す。
俺ともう一人、この世界には現実世界の人間がいると。
それは誰なんだ?
そして、田中が人間じゃないとすると、何者なのだろう。
無責任にドSゲームマスターは、たくさんの情報を最後に残していった。




