見栄王の逆鱗
「今日の放課後は昇降口で待っているから」
わざわざ昼休みになると、星音が俺の席に言いに来た。
それを聞いた、本庄は「買い物でも行くのか?」と通常運転。
俺と星音がデートするなんてことを考えもしないのだろう。
そういえば、本庄はゲームでは付き合ってしばらくするまで、主人公と星音の関係に気付かなかったんだった。
今日は意地でも、星音ルートに戻してやる。
ここでミスをするわけにはいかない。
ゲーム通りのデートプランを授業中にシミュレーションする。
性格は素を出しているとはいえ、展開は同じようにすることは可能なはずだ。
あっという間に、放課後の時間が訪れる。
ホームルームが終わると、スムーズに星音は梓に「バイバイ」と告げて教室を出て行ってしまう。
俺もそれを追いかけるために鞄を肩にかける。
しかし、俺は足を止める。
梓が森下たちと一緒に教室を出て行ってしまう。
何で、梓がアイツらと…。
嫌な予感がする。
あの一件以来、森下たちも大人しかったのだが……。
そういえば、森下は最後に梓に執着していたようにも見えた。
後を追いかけるか。
しかし、星音との約束があり、これを逃すと星音ルートへの軌道修正がまた遠退いてしまう。
どうする…。
俺はとりあえず廊下に出て、梓たちを追いかけようとするが悩んでいる間に見失ってしまう。
梓は星音の友達で、今は星音との恋愛を優先させるべきだ。
誰かと恋人にならないと死んでしまう。 このデスゲームが終われば、ゲームのキャラクターは全てなかったことになり、元の世界に戻れるはずだ。
でも…。
俺はどうしたいんだ?
このまま昇降口に向かえばいいんだ。
当たり前の選択だ。
梓はゲームのキャラクターだ。
感情移入なんて馬鹿らしい。
たかが、ゲーム…最初はそう思っていた。
この数週間、彼女たちと会話をして、時には食事を一緒にしたり、喧嘩もしたりして、一緒の時間を過ごした。
そして、いつの間にか彼らをゲームのキャラクターではなく、一人の人間として見るようになった。
この世界に来る前から、彼ら、彼女らには設定以外の個性や生き方、考え方が存在したはずで、それを実感させられたのだろう。
そう思うと、今までゲームをプレイしている間、キャラクターたちと恋をすることは客観的に物語を見ているだけで、実は彼女たちのことを何も見ていなかったのではないかと思えてくる。
足が自分の気持ちに従うように動き出す。
星音は、梓は、本庄は、神宮寺は、俺の前で生きていた。
物語の主人公はデートを優先させたのかもしれない。
俺は笹倉和彦ではなく、新井和彦だ。
友達が困っていたら助けないのか?
答えは簡単だ。
助けるに決まっている。
ここで梓を見捨てて、星音とデートに連れていくのがゲームの主人公らしいのなら、俺は主人公じゃなくていい。
ヒロインとのフラグなんて、今はどうでもいい。
走り出していた。
闇雲に探すしかない。
でも、どこにいるのだろうか。
定番の体育館の裏とか校舎裏か?
今は迷っている場合じゃない、近いところを目指すしかない。
梓、無事でいてくれ。
不安よりも焦りが強くなる。
生徒や教師の隙間を潜り抜けて、廊下を走っていく。
「笹倉くん」
目の前に神宮寺が現れる。
「廊下は走ったら危ないですよ」
秋瀬が俺の前に立って注意を促す。
今は二人にかまっている場合じゃないのに…。
「はぁはぁ…はぁはぁ…すいません、焦っていて」
俺は切らした息を整えながら話す。
「今年の一年はどうなっているの? さっきも一年生がゾロゾロと無断で屋上に入って行ったし…」
「屋上…」
ハッとする。
違うグループかもしれないが、わざわざ放課後に人気の少ない、しかも許可がないと出てはいけない屋上に出たのは梓たちじゃないか。
「先輩、そこに梓は一緒にいませんでしたか?」
俺は秋瀬に食い入るように肩を掴むと、彼女は一瞬怯えたようにして目を逸らす。
「あ、梓…誰ですか、それ…」
そうか、秋瀬は梓を知らない。
「加納さんなら、そのグループと一緒にいたと思うわ…真面目な彼女が珍しいなと思ったの」
神宮寺が横からフォローする。
「あ、あなたの友達なの? それでも、先生には報告させて…」
「先輩たち、ありがとうございます」
戸惑いながら話す秋瀬の言葉を無視するように走り去ろうとする。
「ちょっと待ちなさい!」
しかし、秋瀬に腕を掴まれて止められる。
「だから、屋上は立ち入り禁止なの! あなたも行ったら同罪になるのよ」
「大切な友達のためなんです!」
俺の声にビクっとして、彼女は手を離す。
「急いで行って」
「カナちゃん…」
神宮寺が秋瀬の肩を掴んで抑止する。
俺はすぐ隣にあった階段を登り始めると、振り返って声を大きくして「ありがとう」と叫んでいた。
◇
スマホで星音には、急用で行けなくなったと連絡を入れておく。
屋上のドアを少し開くと、女性の声が聞こえてくる。
「本当に何の用なの?」
「ははは、今日はお話をしたいのよ〜」
ビンゴだ。
森下たちと梓が話している。
山下と筒井も一緒にいるのが隙間から見える。
ここで急に飛び出していくと、森下たちの狙いも分からない。
危なくなるまで様子を見よう。
「調子に乗っている加納さんに〜ちょっとお願いがあって…ね」
「お願い?」
「これを見て…」
森下はスマホの画面を梓に見せているみたいだ。
ここからでは画面は見えないが、写真か動画を見せているのだろう。
「これって…ほ、星音?」
星音?
何で星音の名前が出てくるんだ?
「あなたの親友の本当の姿よね〜」
「こ、これがどうしたの?」
何の画像を見せられているのかは察しがつく。
みんなが知らない普段の姿だろうな。
「でも、家にいるときにジャージで過ごしているだけで…」
「じゃあ〜、これを聞いても?」
気持ち悪い微笑みを見せながら、森下はスマホを操作する。
そして、大きな音声が流れ始める。
そこには俺の声も入っている。
そして…。
──私は見栄の塊なの、だから普段の私はみんなが尊敬できて大好きな『私』を演じ続けるの…求められたキャラで求められた言葉を話して、教師からも、全校生徒からも信頼され羨望の眼差しを向けられる存在になるの。
──それって、クラスのみんなや友達を騙しているってことにならないか?
──いいのよ、私はそれでも褒められたいの。
──そのためなら、みんなに優しい優等生を演じてやるわよ。
スマホから俺らの会話が流れ、キリのいいところで森下は停止する。
そして、梓の反応を見てニヤニヤしている。
最悪だ。
こんな形で、よりによって梓に知られてしまうとは。
「あんたの親友は、あんただけじゃなくて、クラスや学校のみんなを騙してイイ子ちゃんしている偽善者なんだよ〜、知ってたぁ〜? あははははは」
「嘘…」
梓が顔を真っ青にしている。
残酷な親友のセリフを聞かされて戸惑っているのだろう…無理もない。
これはまずい、梓を一人にしておくのはダメだ。
ガチャ!
俺はドアを開けて、飛び出ることにした。
「もういいだろう!」
「あぁ!?」
割って入ろうとする俺に、森下は敵意を剥き出しにした瞳で睨んでくる。
ここまで来て、どうするかは考えていないが、今はただ梓をフォローすることを選んだ。
「あ、共犯者くんじゃない?」
「は?」
そういえば、俺の声も入っていたな。
しまった…。
「和彦…和彦は知っていたの?」
梓の顔は見るのが辛い。
彼女にとっては俺も一緒になって星音の本性を隠していたことになるんだから。
しかし、ここで隠してもしかたない。
「ああ、知っていたよ」
「そう…」
顔を見なくても落胆しているのが分かる。
「あはははは、親友は酷い奴なんだよ〜」
森下は下品な高笑いをして、スマホを見せてくる。
殴って奪いたい気持ちもあるが、停学にでもなってゲームクリアできなくなるリスクもあるので不用意な行動はできない。
「こんなクズの親友なんてやめたらどう? 私に土下座して謝ったら、私のグループに入れることも考えてあげるね〜?」
クズみたいな提案をしてくる。
「私は…かまわないと思っているよ」
「は?」
「星音がどんな人間でも私は友達で、親友だよ。 親友はね、悪いことだったら怒ってあげて、嬉しいことがあったら一緒に喜ぶの」
梓は真っ直ぐに森下を見つめて続ける。
それにたじろいで、森下が一歩後退さる。
「はは…あんな偽善者の肩を持つんだ〜」
挑発するように再度食ってかかってくる。
「クズの親友はクズだっただけだね、自分たちだけが周囲からよく思われたいだけなんでしょう?」
星音が…彼女たちが何でこんなに責められないといけないんだ?
よく思われたい?
それの何がダメなんだ?
「あはははは、良く思われたいだけの偽善者、ダッセェ〜!」
森下の嘲笑に我慢の限界が来る。
こいつらに心底腹が立ってきた。
「うっせぇよ、クソガキが!」
俺は気づけば大きな声で叫んでいた。
「お前らが一番ダセェよ! 友達のことを大切にしてる奴を笑って、数人で一人を囲んで…本当にダセェよ!」
「な、なんだよ…」
大きな声を出したせいか森下が戸惑いながら答える。
さっきまでの勢いはなくなっていた。
「他人に良く思われたいのが何でダメなんだよ?」
「そ、それは…ひ、人を騙すのがダメってことだよ…」
「素の自分を見せない人間なんて。ごまんといるだろう」
「そ、それでも本性を隠すのが…ズルいってことじゃないの?」
山下が吃りながら言葉を投げかけてくる。
「誰かに良く思われたい、評価を上げたい…何がダメなんだよ、普通のことだろう? 社会に出てみろ、評価されるために努力して、評価されて初めて給料が上がるんだ。 綺麗事だけでは上手くいかないことが沢山あるんだ…傷つくことも沢山あるんだ…だから、みんな傷ついても辛くないように、笑っていけるように素ではない自分で接することもあるんだよ!」
そうだ、他人と共存する中で、上手くやろうとする。
人の目を気にしない人間もいるが、それでも社会に順位や評価されるシステムが存在する限り、否定することはできない。
企業に採用されるための面接だって、舞台の上で可愛く見せたいアイドルも、生徒会の選挙だってそうだ。
「し、友達に…親友に隠し事していたじゃない!」
今度は筒井が噛み付いてくる。
「じゃあ、お前は秘密も一つもなく、周囲の友達と接しているのか?」
「それは…」
「筒井だけじゃない、みんなそうやって過ごしているんだよ!」
筒井と同時に、山下も俯いてしまう。
そうだ、誰もが秘密を抱えているものだ。
二人の様子を見て、流石に梓の様子を見て諦めたのだろう。
そう思っていたのだが…。
「ったく…社会とかイミフなんだけど〜」
「は?」
ラスボスの森下だけは、滅茶苦茶イライラしていた。
「嘘ついていたから…私がムカついたから、こうやっているんですけど〜。 正しいとか正しくないとかじゃないの…私が、あの女を辱めたいだけ、それだけなの…あはははは」
「も、もうやめよう」
さっきから筒井は森下を止めようとしている。
こいつは理屈とかじゃないとは思っていたけど、本当にただ星音と梓が嫌がることをいたいだけなんだ。
「もう、梓の心を折るのは無理なのに…どうするつもりだ?」
「じゃあ、この音声をクラスのグループトークに投稿して拡散してやるよ!」
スマホをチラつかせて脅してくる。
小物だと思っていたが、ここまで来ると潔い。
「ちょっと…」
梓が慌てている。
その様子を見て、森下が嬉しそうに見下すような表情に変わっていく。
「私のお願いを聞いてほしいな〜」
「お、お願い?」
「うん、今すぐ土下座して〜、『生意気言って申し訳ございません。 高校三年間は森下様には逆らいません』って言いなさい〜」
こいつ、本当にクズだな。
梓が悔しそうにするのを見た森下は、もっと嬉しそうになる。
「早く〜!」
優勢になったと思ったのか、筒井と山下も少しホッとした表情になる。
「そこのあんたも〜、イミフなことをベラベラ言ったんだから、死刑〜」
俺を指差してくる。
大人気ないが、ここは中年説教パンチを炸裂させるべきか?
清々しいほどクズなので、怒りを通り越して呆れてくる。
バンッ!
どうするか悩んでいると、屋上の入り口が開く。
全員の視線が集中する。
そこに立っていたのは、当事者本人だった。
「ほ、星音」
土下座しようとしていたのか、中腰になっていた梓が驚いた表情を見せる。
森下たちは驚いて停止していたが、やがて森下の表情が元に戻る。
「あら〜、春日部さん! 私、あなたのスキャンダルを偶然知っちゃったんです〜」
わざとらしく、笑顔で星音に近づいていく。
「このスマホを見ていただけますか?」
梓に見せたように、森下は星音にもスマホを見せようとするが、その手を星音に掴まれてしまう。
「だから、どうしたんだ?」
「は?」
森下の表情が引きつる。
何が起きたか理解できないようだ。
「いや、ここにあなたの秘密が…」
「だから〜〜、それがどうしたって言っているんだ!!!!」
今度は星音の声が響く。
普段は清楚で礼儀正しい彼女からは想像できないのだろう。
森下たちだけではなく、梓までも驚いて固まっている。
「いくらでも拡散すれば良いんじゃない? 春日部星音は猫被りの偽善者だって!」
「は…はは…」
恐怖してか、森下がちゃんと笑えていない。
「ははは…この女、自分で認めたわ〜」
「良いわよ、全世界に拡散したらどう?」
「開き直っているの、ダサッ! これでみんなから責められるね〜」
「いいよ、みんなで私を責めれば」
「は?」
予想外だったのか、また森下は理解不能だと顔で語る。
「私がみんなを欺いていたのは事実なんだもん…梓にだって責められたっていいわ」
星音はそう言って、俺らの方を向く。
「私には親友と、バスケバカとゲームヲタクの三人の友達がいてくれればいいわ」
嬉しそうに微笑む。
こう真っ直ぐ見られて言われると照れてしまう。
しかし、バスケバカは本庄だと思うが…・
「ゲームヲタクって俺のことか?」
「何よ、文句ある?」
「もっと言い方あるだろう!」
俺と星音が言い合っているのを見て、キョトンとしていた梓の頬に涙が線を描く。
「あ、梓?」
「おい、大丈夫か?」
俺らは梓に駆け寄る。
「ううん…私、嬉しくって」
泣きながら笑顔になる梓を見て、少し嬉しく思った。
彼女が星音を思うように、星音もまた彼女のことを大切に思っていたのだから。
貰い泣きそうだ。
「お、おい、私たちを無視するな〜」
森下がイライラして、スマホを持った手をブンブン振り回している。
「こ、これを本当に拡散してやるからな!」
星音は黙って、スマホをかざすと森下に近づいていく。
一歩一歩ゆっくり。
異様な星音の態度に、森下は少しずつスマホを持った手を下ろしていく。
正面に向かい合ったとき、星音が手を挙げると森下は殴られるのかとビビって構える。
しかし、星音の手は彼女の手を掴んだ。
そして、今度は自分のスマホの画面を彼女に向けた。
「私の動画を拡散した瞬間、あんたが二人に土下座を要求している脅迫シーンを拡散してやるよ」
「へ?」
「私は優しいから、世界中の人に見てもらえるようにSNSで私の数万人のフォロワーに教えてあげるよ」
「ちょ…」
山下と筒井の顔が真っ青になる。
「クラスメイトを脅迫している動画で、学校が特定されたり家が特定されたりして大変だろうな」
「あ、あんた、卑怯よ」
「ははは!」
笑った後に星音が森下に顔を近づける。
「私の友人を傷つけようとしたんだ…これくらいの覚悟があって、やったんだよな?」
今度は怒りを込めた低い声に森下は、スマホを地面に落とし完全に戦意を失ったように座り込んでしまう。
「す、すいません〜」
怖すぎてか、放心状態になって星音を見る。
「ゆ…ゆ、許してください〜!」




