まずは登校
俺の名前は新井和彦。
三十六歳のブラック企業の中間管理職で、独身で彼女なし。
趣味はゲームで、主にノベルゲーム…ギャルゲと呼ばれる美少女たちとの物語を楽しむゲームが大好きなヲタクだ。
俺は最近ハマっている「ディアレスト・メモリー」を、その日もプレイしていた。
「ディアレスト・メモリー」…通称、「ディアメモ」はVR機能を使った技術と、主人公の言動で攻略困難と言われたほどに幾多にも分岐するマルチシナリオのリアリティの高さが話題になったゲームだ。
全世界でのプレイヤー数は公開されていないが、数百万ダウンロードと言われている。
俺はそのリアルな世界観に没頭するように仕事以外の時間を割いて、攻略まとめサイトを立ち上げるほどに、そのゲームをやり込んだ。
しかし、それだけではこの状況は説明できない。
これが夢だと信じたい。
ゲームはVRではあるがアニメ絵なので、さっき話した笹倉亜美のようなリアルな人物ではない。それにゲームの中では主人公は勝手に話してくれてプレイヤーは場所や選択肢を選んで行動するだけのはずだ。
これじゃゲームではなく、現実世界そのものじゃないか?
ラノベとかでもあるゲームの世界に転生してしまったってやつか?
呼ばれても違和感がないように気を遣ってか、ご丁寧に名前の部分だけは俺のままだし…。
俺は混乱しながらも、ドアの向こうから笹倉亜美の「いいかげんにしないと、遅刻するよ」という呼び声で着替えて部屋から出ることにした。
学校に行くかは悩んだが、情報収集や現状把握のためにも主人公と同じ行動を取るのがいいだろう。
ゲームの設定と同じように一軒家で細かい部分まで再現されていた。
リアルなゲームのおかげで家の構造は知っていたので、朝の支度は困らなかった。
しかし、学校の場所までは分かってないんだよな。
途方に暮れていると、笹倉亜美に「一緒に出るよ」と誘われる。
そういえば、妹は高校の附属の中学校に通っていることを思い出す。
とりあえず、妹を追いかけてドアを開いて外に出ると、さらに驚愕する。
これって…。
ゲームの中の主人公たちが暮らす神部町が再現されたような街並みに、これが現実だと認めざるをえなかった。
「おーい、和彦」
道の真ん中で唖然としている俺の背後から声が届く。
振り返ると、高身長のイケメンが俺に走り寄ってくる。
「えっと…」
「おはよ…って、どうしたの?」
俺が戸惑っていると、イケメンの脇から声が届く。
イケメンの隣にポニーテールのスラッとした少女が立っていた。
二人を見て、この世界がゲームの中だと推測すると、友人に該当するキャラクターに違いない。
そうなると…。
「本庄…と、加納梓」
「おう!」
「何で、私はフルネームなの?」
二人は主人公の小学校からの親友という設定で、いつも登校時に声をかけてくれる。
本庄はバスケ部のエースで主人公と違って学校でも人気者だ。 そして、加納梓は情報通でヒロインたちの情報や攻略のヒントをくれるプレイヤーのサポートキャラクターだ。
しかし、二人ともゲームの時から陽キャっぽい雰囲気ではあったが、リアルで目の前にいると目に優しくない美男美女だ。
友人キャラなのだから、もっと平凡にしてくれてもいいと思う。俺は高級料理より一般の家庭料理のほうが好きなんだ。
それにしても…本庄はイメージ通りだが、加納梓はゲームとは少し雰囲気が違っていて、どこかで見た覚えがあるような気がする。
モチーフにした芸能人に似せているのだろうか。
「ボーッとして、どうしたんだ?」
本庄が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「いや、大丈夫だ」
「お兄ちゃん、朝から変なんだよ」
笹倉亜美の言葉で二人が心配そうにする。
知り合ったばかりではあるが、心配をかけるのは気が引ける。
「何をしているの?」
また別の声が後ろから届く。
振り返ると、そこには明るいロングの髪に丸く大きな瞳、小さな口に潤いのある唇、小顔で長い足で理想的なスタイルの絶世の美女がいた。
いや、この姿は…。
「春日部…星…音」
俺はあるキャラクターの名前が勝手に口から溢れた。
「何で、フルネーム?」
俺の推しヒロイン一号、理想の女性であるヒロインが目の前で生きたように動いている。
そして、俺は感動で卒倒しそうになった。




