肝試し
三題噺もどき―ななひゃくじゅうさん。
空にある月は、糸のような細さになっている。
この風にさらわれて今にも掻き消えそうなほどにか細い。
明日には新月を迎えるから、ほとんどの人間には見えないのだろう。
「……」
いつもより強い風が吹く。
耳の横を通り過ぎる風音は、少々乱暴だ。
生ぬるいものではあるが、勢いがあるからか、気持ち的には涼しげがあっていい。
それでも暑いことに変わりはない、多少マシだなと思う程度だ。
「……」
夏用の薄手のシャツが、風にあおられる。
今日は腕をまくる必要もなさそうだ。
なんとなく気分で帽子をかぶってきたのだけど、こう風が強いと邪魔なだけだな……今にも飛んでいきそうで気が気でない。
「……」
頭にかぶったその帽子が飛ばないようにと、つばを持ち少し深めに被りなおす。
視界は多少狭くなるが、たいした問題はないだろう。
あの面倒事以降、特段ことが起きているわけでもない。万が一はあるかもしれないが、夏場に何かを仕掛けてくるような奴はいないので、気にしすぎて息抜きが出来ない方が問題だ。この散歩は運動も兼ねているけれど、必要な息抜きの時間なのだ。
「……」
そうそう。
今日はいつぶりだろうかという程に久しぶりに、墓場に行こうと足を向けていた。
住宅街の端の方にあるあまり大きくもない墓場だ。
夏場この時期には、ああいう場所は色々と集まりやすくなるだろう。
それをまぁ、お節介かもしれないがはがしたり、ついでにあの少年の様子でも見たりでもしてみようかと。
「……」
その少年に至っては、いない方がいいのだけど。
そこにとどまることに、いいことなんてものは1つもないのだ。
彼が何に執着してあそこに居座っているのかがわからないが……まぁ、子供の考えることなんて私にわかるわけがない。
居れば、遊んでやるくらいはしてみようかと、その程度だな。
「……」
そうこうしているうちに、墓場は見えてくる。
なんだか……人間の気配がするが、気のせいだろうか。
この時間に、こんな場所にいるのは、幽霊か化物か、頭のおかしな何かくらいだと思っているのだが。
「……」
すこし警戒しつつ、影に隠れるように移動する。
まぁそんなことをしなくても、こう暗い夜だと人間ならば何も見えないだろうが。
死んでいるものではなく、生きている人間の気配なんだよなぁ。
「……、」
と、そう思いながら墓場を覗く。
案の定というかなんというか……。ここの墓場は心霊スポットか何かだったのか?
まぁ、確かに幽霊はいるし、ここらあたりの木は桜が咲くはずなのに年中枯れているし、それに何より墓場だし……そう呼ばれるには充分なほどに不気味な三拍子がそろっているな。そういえば少し道を行ったところには公衆電話もあったか。
「……」
スマートフォンで先を照らしながら歩いている人間が三人ほど。
どうしてその恰好をしているのか分からないが、皆がそろって浴衣を着ていた。どこかでまた祭りでもしていたのだろうか……その帰り際に肝試しにでも来たのか?たいして広くもないこんな所に……。
「……」
しかしまぁ、どうしたものか。
まさか人間がいるとは思っていなかったからなぁ……夏だから仕方ないし、今はあれくらいの子供たちは夏休みだったりするのか。それなら暇な上に、いつもとは違うことをしたくなるのかもしれないな。
「……ん」
すこし逡巡していると、いつこちらに気づいたのか。
眩しそうな顔をした少年が何かを言いたげにこちらを見ていた。
私は墓場へと入る入り口から少し離れた場所にいるが、彼はあそこから動けないのだろう。
「……」
すこし脅かしてやるか。
まぁ、何をするわけでもない。
肝試しに来たのなら、多少の物音でも逃げていくだろう。それとも影がいいだろうか、何かが見えた方がいいか?
「……」
こういうことをすると、アイツに怒られるのだけど。
背に腹は代えられない。この墓場に住む彼らの安寧のためだ。
こんな所に、来る方が、悪い。
「ああいうのは毎年来るのか?」
「……?」
「あぁそうか、君は今年からだったな」
「……、」
「まぁ、一時はこないだろうよ」
「……!!」
「ん、何して遊ぶ?」
お題:浴衣・桜・三拍子