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9/9

09.多分きっと一生振り回される

「ゼゼ様!」


正式に彼女の婚約者になって数日。

ダレンに言われた通りまずは彼女と親睦を深めるため、王都にある邸宅へと招いた。

相も変わらず…いや、先日会ったときより可愛さに磨きがかかり、屈託のない笑顔で俺の名前を呼んで近寄ってくる婚約者は誰がどう見ても愛らしい。


「よ、よく来たな…」

「はいっ。ゼゼ様にお会いしたくて昨日から楽しみにしてました!」

「ぐっ…」


見えない尻尾を振って愛嬌を振りまくのは俺が好きだからか? それとも作戦のうちか? 早く手玉にとって俺が慌てふためく姿を見て楽しみたいのか?

しかし俺は前とは違う。

ダレンから何度も何度も指導を受け、取り寄せた彼女の写真を見て冷静でいられるよう練習してきた。

どんなことを言われても惑わされない!

準備と覚悟を終わらせたはずなのに、予想だにしていなかったストレートな好意に言葉が詰まり、ダレンに背中を小突かれる。


「きょ、今日はお前のことを知ろうと思って、だな…。その、…えっと…べ、別にお前が好きだから知ろうとかじゃなくて最低限のことを知ってないと恥をかくから仕方なく時間を作ってやったんだ! 勘違いして図に乗るなよ!」

「おい」

「忙しいなか私のために時間を割いてくださったのですね、嬉しいです! あ、今日はお菓子を作ってまいりました。是非よかったらご賞味ください」

「お、お前が作ったのか…?」

「もちろんです。こう見えて手先は器用なので味は保証しますっ。あ、毒は盛ってませんよ」

「そんなこと言ってない! それに俺に毒は通用しない! だ、だから…あり、あり…ありがたくもらってやる…」


婚約者からの手作りお菓子…!

それだけでバスケットに入ったお菓子が輝いて見える。

手渡されたバスケットを抱きしめ、用意していた中庭が見える部屋へと案内する。

小さいと思っていたが、隣に並ぶとその小ささがより際立つ。俺の胸までしか身長がないし、何より細い…。

お、折れたりしないだろうか…。手を繋いで支えたほうがいいのか?

チラリとダレンを見ると顎をクイッと動かしてエスコートと口パクされる。

足を止めて彼女を見下ろすときょとんとした顔で見上げ、ピンク色の小さな口で「ゼゼ様?」と俺の名前を呼ぶ。

つ、繋ぎたい…。エスコートだってしたい…! でも俺が触ったら壊れそうだし、どれぐらいの力で握ればいいかわからん!

手汗も滲んでるからきっと嫌がる。こんなことで嫌われたくない。いや、笑われるかもしれないと思うと何もできず、言えず再び歩き出す。


「わー…とても綺麗ですね」


何か言ってくるかと思ったのに彼女は何も言わず案内された部屋に入り、バルコニーから見える庭を見て嬉しそうに笑う。

よかった、嫌われてない…。喜んでる。

それが嬉しくて彼女を横顔を眺めていると視線が交わい、ニコリと笑う。

ほんといつもいつも俺を殺しにかかりやがって…! 笑ってればいいと思ってるのか!? 確かに彼女の笑顔は誰よりも何よりも可愛くて綺麗だが、だからってそんな安売りするものじゃないだろ! いやまぁここには俺とダレンと彼女の侍女しかいないからいいんだがそんな簡単に微笑まれると俺の心臓がもたない!

ひたすらに可愛い。これが俺の婚約者かと思うと信じていない神に初めて感謝を伝えそうになる。


「今日はゼゼ様と色々お話したくて質問をたくさん考えてきたんですよ」

「おっ、俺を知ってどうするつもりだ!」

「ゼゼ様の好みに少しでも近づきたいだけです」

「そんなことしなくてもお前は十分可愛いだろうが! これ以上可愛くなるな!」

「まぁ! そんな風に褒めて頂けるなんて…。ふふふ、ゼゼ様も愛情表現が豊かなのですね。すごく嬉しいです」

「ち、違う! 可愛いって言ってな……言ったかもしれないがそれでもお前なんか一般的だ! 勘違いして喜ぶな!」

「ならばゼゼ様好みの淑女になれるよう頑張りますね!」

「だっ、だから…!」

「ゼギオン、とりあえずお茶ともらったお菓子でも食べないか?」

「あ、申し訳ございませんダレン様。ゼゼ様にお会いしたくて張り切ってしまいました…。ネリー、お願い」

「はい、お嬢様」


あれだけ練習したのに…!

もっと冷静にお前に対して興味はないけど、婚約者だから仕方なく…って装いたいのに!

彼女の質問にスマートに返して、彼女がもっと俺のことを好きになってくれないと…え、今日も彼女が淹れてくれるのか? 相変わらず指先まで洗礼されてて綺麗だ…。きっと何回も何回も練習を重ねてきたんだろう。無邪気な子供に見えるのに、こういったギャップでまた心が苦しくなる。

俺ばっかり彼女を意識しすぎてる気がする。それは嫌だ。俺ばかりじゃなく、彼女が俺に夢中になってほしい。俺が翻弄されるんじゃなくて、彼女を翻弄したい。

そうだ。その為にダレンと練習してきた。イメージトレーニングだって完璧に仕上げてきた!


「あー…おい「ゼゼ様、どちらのケーキがお好きですか?」 っあ?」


紅茶を飲んで乱れた心を静める。

まずは会話の主導権を握って…と思ったが、また先手を取られて机に並べた手作りのケーキを見下ろす。

一つはフルーツがたくさんのったクリームいっぱいのケーキ。もう一つはチョコたっぷりのシンプルなケーキ。

甘いものは嫌いじゃない。果物も好きだ。

不意打ちの選択肢に少し悩んでいると小さく笑って二つとも俺の目の前に置く。


「ゼゼ様はどちらもお好きなんですね。頑張って作ってよかったです!」

「ち、違う…。…っど、くが入ってなさそうなのを選ぼうと…」

「ゼギオン」

「あ、いや…」

「なるほど、やはりそこが心配ですよね」


毒が入ってないことぐらい解るっ…。解ってるのにこの口は…!

さすがに失礼すぎたと慌てて彼女を見ると眉間にしわを寄せていた。そんな表情さえ可愛いとかお前は本当に人間か!?

焦りと申し訳なさ、さらに新しい表情を見れた喜びで感情が入り混じって頭がうまく働かない。

そうこうしている間に彼女は俺の隣に移動し、身体を密着させて小さな口を少しだけ開ける。

ど、どうしろと!? まさかもうキスしろと!? そ、そういうのはもっと仲良くなってからじゃないとダメに決まってるだろ! 俺たちまだ手すら繋いでないんだぞ! お、お前がそこまで言うならし、してやらないこともないが…いやっ、ダレンもいるし侍女もいる…絶対に嫌だ。キスするなら二人っきりがいい!


「私が毒見しますね!」

「………は?」


フォークを手渡され、口を開ける。

これは俗にいうアーンというやつか! この間見た本と同じシチュエーションだ…!

で、できるのか…? いやしていいのか? していいよな、婚約者だし…。うん、キスするよりよっぽど健全だ。

それにしても小さい口だな。小さく切ってやらないと食べられないよな。

フォークで彼女の口に合わせたサイズにケーキを切って、口元に運ぶと素直に食べる。

震えていたせいで口端にクリームがついてしまい、小さな口から小さな舌が出てペロリと舐める。

こんな小さくていいのか? 本当に生きてる人間なのか? なんであんなに小さいんだ…!


「うん、今日も美味しい。どうですか、毒は入ってませんよ」

「……うっ…うう…」

「お姫さん、ただの冗談ですよ。毒が入ってないことぐらい解ってるし信用してる」

「あ、そうでしたか。すみません、信用してほしくて早とちりしちゃいました」

「いーよいーよ。気にしないで」

「ではゼゼ様、こちらご安心して食べてくださいませ」


可愛い。小さい。優しい。嬉しい。好き。めちゃくちゃ好き。ずっと俺が手ずからご飯を与えたい…! 俺の手からしか食べないようになってほしい。


「ゼゼ様? ……あ、そうですね。今度は私の番です。どうぞ!」

「ぎゃッ!」

「(イレギュラーに弱いことないんだが相手がお姫さんとなるとポンコツすぎる)」

「お嬢様、会って二日目でなさる行動ではありません。距離感を間違えております」

「はっ…! そ、そうね。こういうのはちゃんと夫婦になってからよね。失礼しましたゼゼ様」


何故すぐに差し出されたものを食べなかったゼギオン・ゼファール・ゼスト!

せっかく彼女が俺のために切り分け、口元まで運んでくれたのにその労力に応えないとか婚約者として情けなさ過ぎる!

申し訳なさそうに笑って元の席に戻るのも悲しい…。


「えっと…では私からゼゼ様に質問してもよろしいでしょうか」

「…っふー…。す、好きにしろ」

「ありがとうございます。まずはー…好きな色を教えてください」


好きな色と言われてすぐに浮かんだのは彼女の瞳の色。

赤いのによくよく見るとオレンジ色も混じっているような不思議な瞳。

燃え上がるような、でもどこか寂しさを残したこの色が一番好きだ。


「難しかったですか…?」

「いや…。なんというか…。その、まぁ…赤、だな」

「赤ですね! ではルビーはお好きですか? ガーネットは?」

「え? な、なんで、だ…?」

「婚約指輪を作るためです!」

「バッッ! ッカかお前! そういうのはこっちが用意するからお前が作る必要はないんだよ!」

「そ、そうなのですか? 婚約指輪は女性側が、結婚指輪は男性側が作ると聞いたのですが…。ねぇ?」

「お嬢様、きっとそれは当主様ご夫婦だけのお話かと。一般的には両方とも男性側が用意致します」

「そ、そうなの!? ごめんなさい…また早とちりしてしまいました…」


真っ赤になって恥ずかしがってる彼女は途方もなく可愛いなッ…!

真っ赤に染まる顔をもっと近くで見たい。手を添えたらどんな反応するのか見てみたい。もっと恥ずかしいことをして、怖くて泣いてしまう彼女が見たい。

あんな状態な彼女にキスしたらどうなるんだ? 婚約者だから問題にはならないけど、さすがに成人前の女性に手を出すとなると軽蔑するか? それとも照れてさらに真っ赤になるか?

もしかしたらそこでようやく俺が主導権を握れるようになるかもしれない。いや、キスするフリをして目を瞑ったときに突き放せば、恥ずかしさと屈辱で泣き出すかもしれない…。いいな、それ。

そうだ、絆されていたけど俺の本当の目的はこの悪女を…アッ、まって、恥ずかしさで手が震えて可愛い…! 熱くなった顔を冷まそうと手で仰いでるのも可愛いし、こういうときは視線を合わそうとしないのもいい…。

耳まで赤く染まってる。あの小さな耳もいつか触りたいし舐めたい。


「で、では一緒にデザインを考えませんか? 時間は十分にありますし二人で一緒に考えてお揃いでつけたいです」

「そ、そんなにお前がいうなら…協力してやってもいい…」

「ありがとうございます! えっと…少し考えてみたのですが婚約指輪はお互いの好きな色の宝石を相手が身に着けるとかはどうですか? 姿がなくても指輪を見るだけですぐ思い出せるようにって」


そんなのこっちからお願いしたいぐらいだが!?

本当なら彼女から一秒も離れたくないが、それはさすがにダレンが許してくれない。


「………」

「やはり子供っぽいでしょうか…」

「そんなことないっ。…そうじゃなくて…お前の瞳の色をした宝石はなかなかなさそうだなと…」

「え?」

「赤いがオレンジも入ってるだろう。俺は宝石に詳しくないからすぐ思いつかないが、できるだけその瞳に近い色の宝石を見つけよう」

「っわかりますか!? そうなんです、私の瞳って赤に見えるのですがオレンジも若干混じってるのです! 私、この夕日のような色がとても気に入ってて…でもなかなかそういう宝石が見つからなくていつもルビーやガーネットなどを代用して使ってます。すごいっ、こんなに早く気が付いてくださったのはゼゼ様だけです!」

「お、俺の目がいいだけで別に普通だ…! 観察眼も戦場には必要だから…その、別にお前をずっと見てるからじゃないからな!」

「さすがですゼゼ様! ゼゼ様は冬の澄み切った晴天を詰め込んだような綺麗な瞳ですね。見れば見るほど吸い込まれて解けてしまいそうです。その髪の色と相まって、雪解け水かと最初驚きました!」

「っ…!」

「お嬢様、近すぎます。距離感を保って下さい」

「はっ…。すみません、あまりに綺麗で覗き込んでしまいました…。ダメですね、興奮するとすぐ暴走してしまう…」


し、死ぬかと思った…!

吐息がかかるほど顔を近づけ、キラキラと輝く瞳で俺の目を見つめる。

綺麗と言われたが、俺なんかより彼女の瞳のほうが綺麗だ。

情熱的で、でもどこか心に残る夕日の色は懐かしい幸せだった過去を思い出す…。


「―――悪いが席を外す!」

「え?」

「おいゼギオン! ごめんね、お姫さん。ちょっと待ってて」

「あ、はい。どうぞ!」


忘れていたと思っていた両親との思い出がふと思い浮かび、視界が歪んだ。

泣いてる姿なんて見せたくない。格好悪い姿を見せて幻滅されたくない。

失礼だとは思ったけど慌てて部屋を飛び出し、すぐ横に座って「寂しい」という感情を押さえつける。

すぐにダレンが追いかけきたがしゃがんでいる俺を見て驚きの声をあげた。


「な、なに泣いてんだよ…」

「泣いてない…」

「可愛すぎて感情バグったか?」

「ちがっ……わないけど…うるさい。ほっとけ」

「まぁいいけどあんまり待たせるなよ」

「解ってる…」


涙を拭いて、乱れてないことを確認してもらい再び部屋へと戻ると「おかえりなさい」と笑顔で迎えてくれる彼女に胸がきゅうと締め付けられた。

あいつのペースに巻き込まれたらダメだ。しっかりしろ、俺!

感情を抑えて抑えて、押し込んで…。泣いたことがバレないようあまり目を合わさないよう気を付けて彼女の声に耳を傾ける。

今日だけで彼女のことをたくさん知れた。婚約指輪も決結婚指輪はこちらで準備するからデザインや形などを聞いた。

何気ない会話を続け、なんとか情けない姿を見せることなくあっという間に一日が終わりを迎えた。


「ゼゼ様、今日はありがとうございました。ゼゼ様のことたくさん知れて嬉しかったです」

「質問されたから答えただけだ…。そ、それにまだ俺のこと全部言ってないし…その、お前のことも……!」

「ゼギオン、最後ぐらいちゃんとしろ」


あれだけ練習したのにまったく生かせなかった俺に最後だからと用意していた花束を渡す。

そうだ、一日の最後ぐらいちゃんとしないと…。婚約者であろうと結婚しない限り破棄できる。


「こ、こんっ、今度はお前を質問責めにして困らせてやるからな! それとこれはお前のことを考えて選んだ花だ!」

「わっ…!」

「い、いらなかったら…俺が見てないところで捨てろ…」

「まさか! せっかくゼゼ様が選んでくださったのですから大事に飾りますね! 私のことを考えて選んでくださったのはゼゼ様が初めてで私とっても嬉しいです!」

「は、は、は、初めて…!?」

「ではまた後日お会いしましょう。今日は素敵な時間をありがとうございました」


最後は丁寧に頭をさげ、馬車に乗って家へと帰って行った。

途端に襲われる喪失感。本当は帰したくない。ずっと一緒にいたい。一緒に手を繋いで眠りたい…。


「初めてってことは…初めてだよな…?」

「ん? まぁそうだな。元婚約者はそういうのしなかったんだろ。義務的にはしてただろうけど」

「おい元婚約者の話題を出すな、殺したくなる」

「へいへい」

「……あいつもそうだ…。わざわざ元婚約者の話題を匂わせるなんて俺を煽ってるのか…? そんなの……そんなのって浮気だよな!?」

「頭大丈夫か?」

「そうだよな、俺には婚約者も恋人もいなかったけどあいつには婚約者がいたし、慕っていたって…。俺と出会う前であっても立派な浮気だ!」

「大丈夫じゃねぇな。はいはい、被害妄想はそれぐらいにして今日の反省会しようなー」

「ああやって俺の心を乱して寝かせないつもりなんだ! やっぱり彼女は悪女だ!」


こうして初恋に溺れ、(勝手に)振り回され、それでも手放すことができないゼギオン・ゼファール・ゼストの幸せで大変な結婚生活が始まるのだった。

完結です。

勢いだけで書いたものですが書くのが楽しい作品でした。

お付き合い下さり、ありがとうございます!

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