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06.ようやくスタートライン

色々とあったものの、晴れて彼女の婚約者(仮)になれた。

それだけで幸福感で心は満たされ、早急に領地に手紙を送りつけ彼女が不自由しないよう手配をかける。

戦地ではあったものの、王都に引けをとらないほど裕福な土地だ。彼女も不便なく過ごせるだろう。


「あのさぁゼギオン。頼むからお姫さんの前でそんな顔すんなよ」

「何を言うダレン。いたって普通だろ」

「見たことねぇ気持ち悪い顔してる。どんだけ好きなんだよ…」

「す、好きじゃない! 婚約者に振られ、どんな悲惨な顔をしてるか想像してただけだ!」


本来の目的を忘れてはいけない。

そもそも不便なく過ごしてもらうのも、油断させて本性を出させるための手段だ。

当初の目的は慰めて捨てる予定だったがそれはできなくなった。

だからさっさとバカ王子が言うたぶらかすところを見つけ、それを理由に酷い扱いをしてやるつもりだ。

………いや、違うな。それだと彼女が俺以外の男を見てしまう…。それは嫌だ。

よし、なら他の男をたぶらかさないよう監禁するところから始めよう。そうすれば俺しか見ないし、俺しか頼らない。

そのうち監禁生活も嫌になって泣いて「外に出してほしい」と懇願してくるに違いない。そこでキッパリと断り、死ぬまでここで監禁すると言えばさすがに絶望するだろう。

その顔を見て高らかに笑ってやる! それが新しい作戦だ!


「ほー…古い血筋だってのに案外普通の屋敷なんだな」

「そんなこと言うならうちの城も相当古いぞ」

「違いねぇ」


婚約破棄された彼女はパーティーに参加することなく屋敷に引きこもっているらしい。

その間に王から新しい爵位をもらい、ゼスト辺境伯からゼスト公爵へとなった。

だからといって大して変わりないので彼女と会ったら何を話すかを考えつつ、準備を整えているとあっという間に約束の日になった。

ダレンと一緒にアドルフォ伯爵領に馬車で向かい、彼女が住まう少し古びた…いや年季の入った屋敷の前で停まると門番がすぐに中へ案内してくれる。


「お久しぶりです、ゼスト公爵」


出迎えてくれたのは彼女の父親、アドルフォ伯爵。

玄関先で軽く挨拶をして応接間へと一緒に向かうが、彼女の姿見えない。

もしかして婚約破棄されたショックで寝込んでいるのか!? もっと早く彼女を庇えばよかったな…。あの堪え性のないバカ王子には感謝しているが、それだけあいつを愛していたのかと思うとまた殺意が生まれる。

早く彼女に会いたい。

今日はどんな恰好なんだろう。きっとどんなドレスを着ても可愛いに違いない。


「事情は説明しておりおります。娘も是非にとのことです」

「っそう、か…」


出された紅茶を飲みながら事情を聞き、断られなかったことに安堵の息をもらす。

これで本当に彼女の婚約者になれた…。

俺の婚約者。ただその単語が嬉しくて握っていたカップに少しだけヒビが入る。


「…その、娘を会わせる前にもう一度お聞きします。本当にリノレアでよかったのでしょうか?」


先程まで穏やかに会話をしていたのに、いきなり神妙な面持ちで聞いてきた。

質問の意図は解らないがここで「やっぱりなしで」なんて言われたら困る。

すぐに「はい」と返事をするとさらに唸ってこちらの機嫌を伺うように恐る恐る口を開いた。


「娘は幼い頃からウィルド殿下の婚約者として教育を受けてきました。我が家でも王家に失礼のないようしっかり躾をしてきたのですが…」

「十分素敵な令嬢でしたが?」

「その…ウィルド殿下が言っていた婚約破棄の理由を覚えてますか?」


勿論知ってるとも。俺もあの女にたぶらかされた男の一人だからな。


「末っ子だからと言って甘やかしたわけではないのですが、どうにも人に甘えるのが好きな子でして…。あの子にそんな気がなくてもそのような態度をとってしまうのです…」

「第三王子が言っていたこともあながち嘘ではない、と」

「はい。可愛い娘にこんなこと言うのは好きではないのですが、解りやすく言えばリノレアは犬のようにすぐ相手を好きになり、尻尾を振って駆け寄ってしまうのです…!」

「ああ、なるほど」

「ですがいい子なのは保証致します。裏切り行為は極度に嫌いますし、手綱さえ握っておけば大丈夫です」

「それさえ聞けば十分です。それに犬のように解りやすいとなるとこちらとしても安心できます」

「安心、ですか?」

「こんな場所で話す内容ではありませんが…。戦地では常に気を張って過ごしてきました。信頼していた部下に裏切られ、心を病み、涙を呑んで殺してきたのも両手で数えるには足りません…。戦争は終結したもののその癖は抜けず、未だ心は戦場にいるような生活しています。ですが絶対忠誠を誓っているアドルフォ家ならば信用できる。さらにその家の令嬢を妻にできるならそれだけで心が救われるのです。犬のようだと言いますが、彼女はただ愛情深い女性なだけです。その愛情を私にも与えてほしいと…浅ましくも思ってしまった所存です」


裏切り者は容赦なく殺してきたがな。

おいダレン。「なに言ってんだこいつ」みたいな目で見てくるな。怪しまれるだろう。

今までずっと苦労して生きてきた。これからは裏切られることない女性と結婚して穏やかな生活を送りたい。

そう願いをこめて笑うとアドルフォ伯爵は肩を震わせ、目尻に浮かんだ涙をそっとハンカチで拭く。

こういったら失礼だが、あまりにもちょろすぎないか。ああいうのは話半分に聞くものだろ?


「そうでしたか…。英雄であれどたくさん苦労されたのを失念しておりました…。ですがご安心下さい! 我が家は王家と嫁ぎ先を裏切るぐらいなら死を選ぶが家訓です!」

「はい、なのでご心配されようなことはありません。彼女の笑顔は人を…いえ、私を戦地から引き戻してくれる存在です」

「ううっ…ありがたいお言葉です…。リノレアを呼んで来てくれ」


本当に「猟犬」と言われるような家なのか…?

横目でダレンを見ると少しばかり笑って視線を反らす。


「失礼します」


使用人に呼ばれとうとう彼女が部屋へやってきた。

先程まで緊張もしていなかったのに彼女の声を聞いた瞬間、心臓が痛くなった。

またあの声を聞けるなんて…! 声だけでこんな幸せな気分になるなんて信じられない。彼女は本当に同じ人間なんだろうか。いや、あんなにも愛らしいんだ。天使に違いない。


「お久しぶりです、ゼギオン様」

「かっ…!」


婚約破棄されて泣いて暮らしていると思っていたが、思っていた以上に元気だった。

穏やかな声と表情。そして会えて嬉しいというような笑顔で俺の名前を呼ぶ。

思わず「可愛い」と言いそうになるのを必死で堪え、頭をさげて挨拶を交わす。


「リノレア、知り合いだったのかい?」

「はい。初日に挨拶を…」

「そうか。ではリノレア、公爵様を中庭に案内して差し上げなさい。礼儀正しくな」

「はいっ」

「ゼスト公爵。あとはお二人でごゆっくりお過ごし下さい」

「心遣い感謝致します」


アドルフォ伯爵が出て行くと近くにいた使用人に声をかけ、ゆっくりと近づいて来る。

ああやはり今日も美しい。前に会ったときより美しくなってる…。

相変わらず自分の目を見ても怖がる様子など見せない凛とした佇まい。誰よりも綺麗だ。


「ゼギオン様、中庭をご案内いたします」

「っあ、ああ…。それと、こいつは従兄弟の補佐官、ダレンだ」

「ダレン様ですね。これからたくさんお世話になると思いますがよろしくお願いします」

「こちらこそ宜しくお願い致します」

「ではご案内いたしますね」

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