01.初恋
イングラシア王国に一人の英雄が誕生した。
その英雄は隣国のシステリア王国と度重なる周期で起きる十年戦争を見事終わらせ、王国に勝利の王冠を持ち帰った。
王国の英雄、ゼギオン・ゼファール・ゼスト。
彼は白い髪の毛に透き通ったスカイブルーの目を持つ若き辺境伯。
長年ゼスト家が隣国と王国の国境付近を守り続けていたが、今回とうとう彼の指揮のもと隣国へと攻め入り大打撃を与えたと言う。
さらに王国軍と協力し、圧倒的なスピードで敵軍を追撃、壊滅させたのだ。
その勇猛果敢な彼の見た目はとても麗しく「格好いい」という言葉より「綺麗」という単語のほうが似合う。それ故に戦場で暴れる彼は誰よりも目立ち、敵味方関係なく恐れられた。
曰く、戦場の天使だと。
「…」
「おいゼギオン。もっと楽しそうな顔しろよ。そんな顔しちゃ誰も寄ってこねぇだろ」
長きに渡る戦争が終結し、王国は新たな英雄を褒め称えるため王都にて盛大なパーティが連日行われていた。
当事者であるゼギオンも鎧ではなく隣に立つ従兄弟件補佐官である男性に用意された正装に身を包み、つまらなさそうな顔で会場を眺める。
「楽しくないからこんな顔をしてるんだ」
「ああそうかい。でもそれだと誰も…女の子も寄ってこねぇぞ」
「いらない」
さらに今回の活躍によって辺境伯から公爵へ授爵することになっている。
だから参加したくもないパーティに参加しているだけだった。そう、ただの義務だった。
「こんな綺麗な顔してんのにもったいねー。今なら未来のお嫁さん選びたい放題じゃん」
「ダレン、いい加減黙れ」
ダレンが言う通り、ゼギオンの見た目だけはとてもつもなく美しかった。
シルバーとは違う純白のような白い髪の毛に、晴天を詰め込んだような澄み切ったスカイブルーな目。さらに整った顔立ちの彼は誰もが見惚れてしまう、まさに生きる美術品。
さらに公爵という地位は王国の令嬢が求婚を申し込んできてもおかしくない。
それなのに彼の周りには令嬢どころか、男性すら近寄ってこない。
「なぁもうその顔止めろって。殺気も出すな」
「うるさい。俺がどうしようとお前には関係ないだろ」
「従兄弟として…いや他の人の代弁してやってんだよ」
話題の英雄であり、王族の次に位置する高い地位を持って、美しい容姿を持っているものの、その見た目に反して苛烈で容赦のない彼の性格は誰しもが知っている。
戦場の天使。戦場の悪魔。死神。地獄の天使。
それだけ彼の活躍は凄まじく、それ故に身に覚えない強烈なエピソードが誇張され、今では目を合わせただけで殺されることになっている。らしい。
噂のせいもあるが不機嫌な顔をして殺気を放つせいでより信憑性を増してしまい、誰も彼には近寄って来なかった。
近寄らないだけじゃない。目が合おうものなら勢いよく逸らされるのもお約束になっている。
さっさと領地に帰りたい。仕事は山ほど残っているし、ここにいても遠目に自分を眺めるだけ。その視線が煩わしい。
授爵されるまでの辛抱だと言うのに、このパーティは一週間続き授爵は最終日と言われたときは、王家の使いであろうと斬り捨ててしまおうかと思った。
「まだ初日だってのにこの調子でさ…。大丈夫かよ」
「大丈夫じゃないから庭に出る」
「はいはい。揉め事起こすなよ」
たった数十分で苛立ちはピークを迎え、一言残して王城の中庭へと足を向ける。
ただ自分は父親を殺された恨みで敵を滅ぼしただけ。
公爵位だってそれで領地が盛り上がればいいと思っただけで特別欲していない。もっと言えば王家がどうしてもと言うので来ただけ。
軽く考えていたと首元のボタンを外し、着崩しながら音楽が遠くなる場所へ歩みを進める。
何人かの貴族や使用人と出会ったが、誰もが自分に恐怖を抱き、震える身体で頭を下げて逃げて行く。
その顔を見るだけで不快だった。
「はぁ…」
誰もいない会場から離れた場所のベンチに腰をおろすと、戦場では感じたことのない疲労感が押し寄せる。
重たい溜息を吐いて空を見上げると月と星が光り輝いていた。
「ふふっ、さすがのお兄様もここまでは追って来ないよね」
静寂に包まれる場所だった。
そこに一つの足音と明るい声がゼギオンの耳に届き、あからさまに不機嫌な顔をしてそちらに目を向ける。
きっと自分を見れば相手がどこかに消えてくれるだろう。そう期待していた。
「―――あ…」
成人していない女性が会場から離れた場所に来るなんてよっぽど警戒心がないのか、それとも常識がないのか…。
そんなことを思っていると少女がゼギオンの存在に気が付き、パチリと視線が交わう。
初めて家族じゃない人と目を合わせた。
その瞬間、何かに心臓を掴まれた気がして胸に手を添えてみるものの、何もない。
視線が合っただけなのに呼吸が止まり、心臓の音が強く鳴り響く。
「もしかしてゼギオン・ゼファール・ゼスト辺境伯様でいらっしゃいますか?」
「……」
「あ、すみません。こういうときは私から名乗るべきですよね! 私、リノレア・ルディ・アドルフォと申します」
目が合っただけじゃなく、少女は乱れた髪や服装を慣れた手つきで整え頭をさげる。
少女にしては洗礼された動きに思わず見惚れていると、再び視線が合ってニコリと微笑んだ。
「まさかこんな場所でゼスト辺境伯様とお会いするとは思っておらず大変失礼いたしました」
「……っ…い、いや…」
ようやく出た言葉にリノレアは嬉しそうに笑って「それでは」とその場から立ち去ろうとする。
本来であればそれでいい。そうしてほしい。それなのに彼女が自分から離れようとすると酷い焦りを感じて無意識に「おい!」と声をかけ、彼女の動きを止める。
「ここには用があって来たんだろう…。俺のことは気にせずいたらいい」
「……まぁ! ゼスト辺境伯様は噂とは違いとてもお優しい方なんですね! やはり噂と言うものはあてになりませんね。こんなお優しい方だったなんて…。私、ゼスト辺境伯様のことを好きになってしまいました!」
「ハァ!?」
唐突の告白と飛びっきりの笑顔に再び心臓を掴まれ、初めて新しい感情を知ったのだった。
全9話で完結。
勢いだけの短編なので勢いだけで読んでください。