8話
「短縮っていいねー!最高!」
早くに授業が終わって上機嫌な風花。今日は先生達の都合によって授業は短縮、早々に帰宅する事になった。
「昨日も実質短縮みたいな感じだったけど……」
「あはは確かにー!さてと、今日も勉強だー!てことで今日は私の家に行こー!」
風花が鞄を肩にかけ、颯爽と教室を出ていく。その後を追って、非難の声を上げる。
「えぇー!?今日は私が風花の家に行くのー?」
「そうだよー!今日は咲がお泊りの番!」
「………もしかしてこれから毎日、これやる気?」
「ふっ、もち!」
Vサインをこちらに向ける風花は当然と言わんばかりの表情。流石に毎日泊まるとなると、お母さん達がなんと言うか……。
「それは流石にお母さん達怒ると思うよ?」
「そうかなぁー」
話しながら廊下を歩いていると、ふとある事を思い出す。
「あ、そうだ。風花、図書室寄っていい?借りてた本返さなきゃ」
「うん、いいよー!」
返却日は明日だけど、既に読み終わってるし、明日も風花に連れ回されたら忘れてしまうかもしれない。今日の内に返しておこう、そう思いながら図書室へと向かう。
「もし泊まるなら今のうちにおばさんに連絡したほうがよくない?じゃないとおばさん怒るよ?」
「全然大丈夫だよー」
「………本当に大丈夫かなぁ」
風花はいつもそう言うけど、毎回おばさんに怒られてるんだよなぁ。
そんなことを考えながら廊下を進んでいくと、
「え!?」
「わっ!びっくりした、いきなりどうしたの?」
急に大きな声を出した風花にこちらも驚いてしまう。
「咲!見てあれ!」
風花の指差す方向を見ると、ドアにA4の紙が貼ってあり、紙には『ビジネス部』と書かれていた。
「ビジネス部!うちにこんな部活があったなんて……!私達と同じ考えの人居たんだ!早く入ろうよ!」
「えぇー、いきなり……?」
怪訝そうな私の言葉は耳に届かず、風花は勢いよくドアを開けた。
「こんにちはー!入部希望でーす!」
ビジネス部と書かれた部屋の中には机と椅子とホワイトボード、整理整頓のされた本棚、それと何故かキッチンや冷蔵庫、食器棚など、一見ビジネス部とは関係のなさそうな物もあった。
中には部員だと思われる人達が座っていた。一人は薄桃色の緩やかなウェーブのかかった長い髪、大人しそうな雰囲気の小柄な女の子。いきなり勢い良く開いた扉に驚いていた。そしてもう一人、長く黒い髪を風に揺らし、姿勢良く椅子に腰掛けながら本を片手に持つ姿は、なんというか──絵になる光景だった。
「──はぁ……入室は静かになさい。………いえ、それより貴方今、入部希望って言ったかしら?」
「は、はい!」
クールそうな印象を受けるその女の子は、少し視線をこちらに向け私達を認識すると、溜め息混じりに注意する。しかし風花の言葉を思い出すと、読んでいた本を閉じ、こちらに歩いてくる。
(び、美人さんだ……)
「歓迎するわ。さぁ、中に入って」
「ありがとうございまーす!ほら咲行くよ!」
「あっ、ちょっと……」
思わず見惚れてた私は風花に手を引かれながら入室する。
中に入ると、椅子に座るよう促されたので椅子に並んで座る。部屋にいた二人も向かいの椅子に座る。
「はじめまして、私の名前は白詰 玄葉。このビジネス部の部長をやっているわ。そしてこちらが桜舞 薫子さん」
「よろしくね〜」
紹介された少女──桜舞先輩は微笑みながらこちらに手を振っていた。
「私達は2学年なのだけれど、貴方達は……」
「あー、えっと……私は1年の柳 風花、こっちは親友の鼓草 咲です!」
「よろしくお願いします……」
「柳さんに鼓草さんね。──いきなりなのだけれど、質問してもいいかしら?」
「はい!なんでも聞いてください!」
「それじゃあ───あなた達………"ここ"がどういう部か、分かっててここに入って来た──ということよね……?」
「あぅ……えっと………」
……何だろう、敵意?害意?何かに気圧されるような、強めの口調で出された質問に風花がたじろぐ。
「『はい』か『いいえ』で答えられる簡単な質問よ、どちらの答えなのかしら?」
「は、はい!」
「貴方もそれで合ってる?」
「……はい」
詰まりそうな喉から微かにだが、なんとか声を絞り出して答える。
「……続けて質問なのだけれども、ビジネスに興味があるってことでいいのかしら?」
「は、はい、そうです!」
「──そう、わかったわ。それじゃあ、はい」
それぞれに1枚ずつ、用紙が手渡された──入部届である。
「これにサインしてもらえるかしら?」
「は、はい!」
先程までと違って、圧の無い言葉に安堵しつつ、私達は急いで入部届にサインした。
書き終わった入部届を確認したクール美女──白詰先輩は、
「先生に提出してくるわ」
と、だけ言って部室を出ていった。
「……何あれ……こわー……」
「何だったんだろう、凄い圧を感じた気がする」
「ね!何も言えなかった〜」
白詰先輩の怖さを言い合っていると、向かいに座っていた桜舞先輩が話しかけてくる。
「怖かった〜?ごめんねぇ」
心配そうな、申し訳なさそうな表情をする彼女の声は穏やかで、優しげだった。
「入部試験みたいなものなんだけど、玄葉ちゃんなりに……見極め?が必要なんだって」
見極め……冷やかしとか、内申点目当てで適当に部活に入ろうって人も多分いるんだろうし、そういうことも必要なのかな……?
「そして、二人とも無事合格だよ、おめでとぉ♪」
頭の上で丸をつくり、自分の事のように喜んでいる。
「あっ、そだ。ちょっとまってねぇ、美味しぃほうじ茶があるんだ〜」
そう言いながら桜舞先輩は食器棚の方へと向かう。食器棚の上の方の段の食器を取ろうと、小柄な桜舞先輩が背伸びをしているのを見て、風花が声をかける。
「えーっと……何か手伝いましょうか?」
「大丈夫だよぉ、二人とも座ってて〜」
ふらつきながら食器を取る桜舞先輩は、どこか抜けてそうで少し心配になる。
「「は、はい…」」
「緊張しなくてもいいからねぇ」
緊張ではなく、心配しているのだが、桜舞先輩は手馴れた手つきでほうじ茶を注いでいく。3人分のお茶を用意して席についた。
「改めまして、桜舞 薫子です。よろしくお願いします」
「あ、こ、こちらこそ!柳 風花です」
「鼓草 咲です、よろしくお願いします」
「風花ちゃんに咲ちゃん♪一気に二人も部員が増えちゃった。嬉しいなぁ♪」
本当に嬉しそうにしながらほうじ茶を飲む桜舞先輩。折角出された事だし、私達も自分たちの前に置かれたお茶に手を伸ばす。
「なにこれ……美味しい」
「美味しい!なんか他で売ってるほうじ茶と違う感じがするー!」
口に含んだ瞬間、茶葉の香りが鼻腔を抜け、香ばしさが口の中に広がる。あっさりとしながらも確かに存在を主張する味は凄く美味しく感じた。後味も良く、無意識の緊張が強制的にほぐされるようだった。
「上手く出来てて良かったぁ。これね、自分でやったんだ〜」
「自分で?」
「うん、お茶の葉を自分で焙じたんだよ〜」
自分で、という言葉に思わず、お茶って自分で作れるんだ、と思ったけど、そりゃあ作れるかぁとも思う。私の中にお茶を自分で作るという発想がなかっただけで。
「え、すごっ!ほうじ茶って作れるものだったんだ!私てっきり買うしかないものだって思ってた!」
「私も…ほうじ茶を自分で焙じるなんて考えたこともなかった…」
市販で売っているものとも大分違ってて、面白いかも……。
「2人が喜んでくれて良かった〜………美味しぃ〜」
桜舞先輩は喜びながらほうじ茶を飲んで幸せそうな顔をしている。風花も美味しい美味しいって言いながらほうじ茶を飲んでのほほんと日和ってるけど、私達はこの部が何をする部なのか具体的には何もわかってない。そこはちゃんと聞かなくちゃ!
「それであの……それでこのビジネス部って、どういう事をするんですか…?」
「えっとねぇ……、本読んで〜、お話して〜、お茶を飲む場所?」
顎の下に人差し指をあてて、首をかしげながらそう桜舞先輩は答えた。
「え……それ何もビジネスしてなくないですか…?」
風花が思ってたのと違ってたらしく、少しがっかりしてる。
「ふふっ、ビジネスは学ばないといけないことが沢山あるからねぇ、本を読む事も話をする事もとっても大事なんだよぉ?」
それは確かにそうなのかも……。昨日の私達がしてた事を先輩達はいつもしているという事だろう。私達も、何も知らないからまずは知ろうってことでやってたんだし。
「本は沢山あるし、玄葉ちゃんだってビジネスしてるし〜」
「えっ!そうなんですか!?」
白詰先輩の凛とした立ち居振る舞いは、1年の差で埋まるとは思えない程自分達とはかけ離れていた。何気ない所作ですら、目を向けてしまう。そんな彼女は既にビジネスをしているらしい。
(怖かったけど、凛々しさも感じて……なんか大人な感じ……。もしかしたら、ああいう人が成功するのかなぁ)
「───あら、いい香りがするわね」
その声に反応してドアの方を見ると、白詰先輩が立っていた。
「あ〜玄葉ちゃん、おかえり〜」
「ええ、ただいま。この香り、もしかしてさっき焙じてた茶葉のものかしら?」
「そうだよ〜、美味しく出来たんだけど、玄葉ちゃんも飲む?」
「えぇ、頂くわ」
そう言うと、正面の椅子に座った。桜舞先輩が席を離れると、白詰先輩が口を開く。
「先程はごめんなさいね、鼓草さん、柳さん」
「あー、全然大丈夫です!」
「私も気にしてませんから」
私達の返答に少しホッとしたようだった。
「実はあと一週間で、部員が来なかったら廃部になるところだったのよ、正直焦っていたわ」
((……廃部!?))
「人が来る度にさっきと同じ事してたら、皆逃げちゃって、どうしよっかって話してたんだよ〜」
「えぇ、だから二人が残ってくれて助かったわ」
「それならよかったです」
正直、私も出来るなら逃げたかったけど……。
「ビジネス部に興味あったし、逃げ出すわけにはいかないもんね!」
「ところで、2人はなんでビジネス部に興味をもったのかしら?」
そこで私達はビジネスや起業に至った経緯、そしてさっきビジネス部を見つけてそのまま突撃した事を。
「───なるほど。……柳さん」
「あ、風花でいいです!」
「私も咲でいいです」
「わかったわ、なら私も名前でいいわよ。苗字……あまり好きじゃなくて。──それで、風花さんや咲さんの行動は正しいわ。何かを始めるにあたり、コストは少なく済ませたいわよね」
「コスト?」
「コストというのは、かかる費用の事。コストは時と場合によって変わるわ。人手、物資、時間……今回はシンプルにお金ね。ビジネスを知ろうとして本を買おうとした時、なるべく安く買いたい、という事よ」
おお〜!、と感嘆の声を上げながらいつの間にか出していたノートに書きこんでいく。
「新書は最新の情報も載ってるし、多くの事が学べるかもしれないけれど、コストはかかるわ。それに基礎的な知識がなくては上手く理解できない事も多い。基礎的な事を知る為、という点なら、評価は高いけどコストも高い新書より、前から出版されている評価の高い本を中古で買った方がコストパフォーマンスがいいわ。いわゆる初期投資を抑えるって考え方ね」
「──初期投資を抑える……」
「それに本の選択も良いと思うわ。あの本は私も読んだもの」
「本当ですか!!」
良い買い物をしたと褒められた風花は、思わず声を出しながら身を乗り出していた。
「えぇ。私は勧められて読んだのだけれど、あの本からは多くの事を学ばせてもらったわ」
「わぁ……!流石風花の直感センサー、凄い的中率」
「あははは、流石私!」
ドヤ顔で胸を張る風花。桜舞先輩が「お〜!」と拍手をしてくれるも、玄葉先輩はスルーしつつ話を進める。
「それに咲さんが選んだ『夢と金』という本も素晴らしい本よ」
「玄葉先輩、知ってるんですか?」
「えぇ、もちろん。有名な本ですもの。それに作者も有名人よ」
「そうだったんだ……」
(知らないで買ったけど、有名なんだ…)
売り上げランキングの1位に置かれていたんだから有名でもおかしくはないけど、改めて言われると、意外な気持ちになる。
「玄葉先輩も読んだんですか?」
「えぇ、もちろん既に読破しているわ」
「すごっ!全部読んでる!」
「全部って言っても2冊だけだよ…風花」
大袈裟に驚く風花に思わず呆れてしまう。
「そうだった、あははー」
「というか先輩、1つ気になったこと聞いても良いですか?」
「……?何かしら?」
「あそこの大きい本棚ってどんな本があるんですか?」
指を指した先を見ると、そこには高さ2m近くある大きな本棚、そしてそこには多くの本が所狭しと並んでいた。