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短編大作選

綺麗好きのトラブルメーカー

「すみませんでした。すみませんでした。本当にごめんなさい」

「大丈夫ですよ。事情は、分かってますので」

「もうしませんので」

「はい。では、ごゆっくりお楽しみください」

「ありがとうございます」


 店員さんは、足早に去っていった。他に、店員さんはいない。

 ひとりで、こなしている。この広い店内を、ひとりで回している。そんな感じだ。

 すごい。尊敬する。僕には、到底無理だ。ひとつのことでも、精一杯なのだから。


 このファミレスの特徴である、ピンクの制服。店員さんのかわいい制服。それが、乱れていた。袖が、捲れていた。

 直す暇がない。それだけ、混んでいるということだ。お客さんが、溢れている。密度がすごい。


 BGMはバラードだ。もっと、激しめの曲が好み。もっとのれる曲。それが流れていれば、気持ちが少しは落ち着くのに。


 僕のテーブルは寂しい。ドリンクバー用のマグカップ。ドリンクバー用のグラス。

 そして、最初に運ばれてきた水のグラス。注文品ではない、小さい氷が1個残った水。それが入ったグラス。


 それを含めると、3つだ。コップが3つで、2時間だ。

 その3つしかない。テーブルには、それしかない。3コップが、虚しく存在感を放っていた。



 コスパだ。満たされすぎている。ただ、気持ちがムズムズした。申し訳なさが、滲んでいた。

 札1枚以上のお支払いなら、堂々とできる。でも、ツーコインだから。居心地はよくない。


 女子高生らしき店員は、テキパキ動いている。そこに僕は、かなりの負担を与えてしまっている。

 神店員さんだ。サッカーの試合で、キーパーひとりで立ち向かっているようなものだ。


 普通なら、無茶してるな。そう思われるやつだ。サッカーで、11対1なんて、見たことないから。

 でも、今はそれと同様の光景が、繰り広げられている。奇跡だ。



 それなのに、それなのに。僕ってやつは。本能に勝てていない。戦いに、負けてばかりだ。


 手が、勝手に動いてしまう。脳が、言うことを聞いてくれない。綺麗好き精神が、顔を突き出している。

 汚さが、苦手だ。汚さの先に、何も生まれない。無地に異物があったら、取り除きたい。それが、人間の本能だと思う。


 200円という、激安ドリンクバー。200円なのに、2000円分くらいの迷惑をかけている。

 でも、食事系を頼む気はない。財布は、ほぼ生地の重さだけだから。現金主義なのにだ。



 また、目に入ってしまった。絶妙な丸みを帯びた、押しボタン。パソコンのマウスのよう。だが、タマゴのようでもある。

 ちょうど中間。そんな感じだ。言うならば、タマゴマウスだ。


 ボタンは、白を基調としている。だからこそ、目立つのだ。ちょっとした汚れが。

 先程のひと拭きで、拭い取ったはずだった。なのに、へばり付きが見える。




 ♪ピーンポーン


 押してしまった。気付けば手には、紙ナプキンを持っていた。水で、軽く湿らせてある。無意識だった。

 最初に運ばれてきた、氷入りの水。それで、湿らせたのだろう。秋だが、指先はやや、かじかんでいた。


 この時間は、嫌いだ。呼びたい訳じゃないのに、呼んでしまった。そんな店員さんを、重い気持ちで待つ時間。

 無駄な体力を使わせる。それを、待つ時間。地獄と言う他に、言葉が見つからない。



「おまたせしました。もしかして、あれですか?」

「すみませんでした。すみませんでした。本当にごめんなさい」

「大丈夫ですよ。落ち込まず、気軽に楽しんでくださいね」

「ありがとうございます」


 ファミレスの席で立ち上がり、ペコペコした。店員さんが、来る前も後も。

 だから、離れた距離でも察してくれた。気持ちを察してくれる、素晴らしい店員さんだ。

 恋人も、これだけ寛大だったら。今頃、幸せ真っ只中だったかもしれないのに。



 僕には、ロックが必要だ。音楽の方のロックもだが。呼び出しボタンを、一時的に押せなくするロック。

 それが一番、今の僕には必要だと思う。ロックできれば思う存分、拭き取れるから。

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