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番外編『スティアーノ決死の猛勉強会』




 スティアーノ=レッグ。

 フィルノーツ士官学校において彼に下されていた評価は──勉強のできない問題児だった。


「スティアーノ。呼ばれた理由は分かるな?」


「は、はぁ」


「はぁじゃなくて。君、また赤点」


「うっ……」


 中等部の頃から俺は試験勉強においてそれは酷い成績を残し続けてきた。

 剣の腕前は目を見張るものがあっても、散々たる筆記試験の成績に士官学校の教授たちも頭を悩ませていた。

 教授は呆れ顔で吐露した。


「スティアーノ。君ももう高等部だ。このままの成績がまだ続くのであれば……残念だが、王国騎士団入りはおろか、卒業すら危うい。それは分かっているね?」


「そ、それは……っ!」


「だからもっと真面目に勉強をしなさい。私も君が留年だの退学だのと悲しい思いをすることを望んでいない。次の試験で君は全教科赤点を回避する。いいね?」


「……はい。分かりました」


 ──このままだと俺は卒業、できないのか? アルやペトラ、他のやつらが華々しくここを巣立っていくのを、ただ一人俺だけが見送ることになるってのか?



 教授の研究室を出て真っ先に頭に浮かんできたのは数年後に迫る卒業式の光景だった。

 皆が俺に背を向けてどんどんと歩いていってしまう。

 その距離は遠ざかるばかりで、俺はついに一人になってしまう。そんな最悪の結末に身震いをしてしまう。


「……それは、それだけは絶対に嫌だ」


 俺はまだまだあいつらと──大事な友達と同じ時を過ごしたい。

 俺は駆け出した。 

 くしゃくしゃになった赤点の答案用紙を握りしめて。





===




「頼む二人とも。俺に勉強を教えてくれ……いや、ください!」


 ところ変わって学園内のフリースペース。

 目の前の長机の対面に座っている二人は教授と同じく呆れたようにため息を吐いた。


「はぁ……また再試の手伝いかしら? アルディア、私は今、新たな魔術の開発で忙しいからスティアーノの勉強はアンタに任せるわ」


「俺もこの後予定がある。ペトラこそ、新たな魔術の開発はこれで四十七度目だと記憶しているが……」


「魔術の開発に終わりなんてないもの」


「とんでもない屁理屈だな……はぁ」


 俺の提案に対して全然乗り気ではないということが二人の顔を見れば容易に分かった。


「じゃあ二人とも忙しいってことで。スティアーノ。今回は自力で頑張りなさい」


「は、薄情者ぉ〜!!」


 そう叫んでみたものの、二人は特に心を痛めた様子もない。

 それどころか「またいつものか」とでも言いたげな顔でそれぞれ手元にある魔術の本と課題の書類に視線を戻した。


「というか今回の再試は元のテスト問題を丸暗記すれば大丈夫だと思う。俺らの助けは必要ないと思うが?」


「いや。今回は再試の手伝いをしてほしいんじゃない。そもそも今回の再試は自力でパスしたしな」


「「え?」」


 まるで信じられないと言ったような顔だ。

 本当にこの二人の俺に対する評価は少しどころかかなり失礼である。


「いや何その顔。俺だってやる時はやるっての」


 と言い放った俺をよそに二人は顔を青ざめさせた。


「アルディアどうしましょう。コイツ多分熱でもあるわ。重症かもしれない……」


「ああ分かっている。スティアーノ。安心しろ。すぐ病院に連絡するからな」


「あーね。まさかここまで俺の信用がないとは思わなかったわ。二人は俺が心を入れ替えたとかって可能性は追わないわけ?」


「「…………」」


 アルディアとペトラの二人は同時に目を逸らす。

 ……はいはい。そうは思わないんですね。これも日頃の行いが悪いってか?


「……はぁ。あのな。俺だってたまにはやる気になったりもするんだ」


「嘘だ」

「絶対ないでしょ」


「こいつら……」


 口を挟む暇すらない。

 これでは話が全然進まないので、俺は強引に二人の手を掴んだ。


「アル、ペトラ。俺はもう今まで通りじゃ嫌なんだ。お前らが普通に卒業していくのを留年、もしくは退学した状態で見送るなんて……そんなの耐えられない!」


 中等部の頃は自身の成績に関して強く意識したことはなかった。

 自分で言うのもなんだが、実技試験ではそれなりに優秀だったし、騎士になるには申し分ない能力はあるだろうと考えていた。


 けれどここは士官学校。

 腕っぷしだけでは駄目なのだ。

 フィルノーツ士官学校は多くの人を動かすエリートを育成する名門校。

 今のまま人並み以上に戦えるという価値だけだと、俺は卒業まで漕ぎ着けられない。


「頼む。俺は本気なんだ!」


 深く頭を下げると、二人は顔を見合わせ俺の両肩に手を置いた。


「分かった。お前が本気で勉強するのなら、友達として手伝うよ」


「まあここまで頼みこまれたら無碍にはできないものね」


「ふ、二人とも……ありがとう。恩に着るよ」


 そうして俺はアルディア、ペトラという二人の協力者を得て──俺は今日から生まれ変わる!




……。



…………。



………………。



……………………。




「そこの大問三番間違ってる。解き直しだな」


「魔術理論の第一人者は何度も教えたでしょう! やり直し! 歴史上の人物は全部丸暗記するだけよ。いいわね?」


「基本問題が全滅だな……これは中等部の範囲から全部学び直す必要がありそうだ」


「剣士の立ち回りを理解していないなんてどういうことよ!? あんた何目指して騎士科の生徒になったのよ!?」


「ん、テキスト解き終わった? よしじゃあ次はこっちの冊子を三日以内で終わらせてくれ。大丈夫、お前ならできるよ」


「こら。手を止めないの。休憩時間までは死ぬ気で問題を解きなさい!」


「まだまだ基礎が固まり切ってないな……よし、今まで解いてきたテキストをもう一周やり直そうか!」


「明日までにフィルノーツの成り立ちについての論文を二千字以内にまとめてきてちょうだい」


 早朝から夜間に至るまで、講義時間以外の空き時間に二人と行う勉強会。


「……し、死ぬ」


「大丈夫だ。倒れたらペトラが治癒魔術で治してくれる」


「まあ治癒魔術は普通に下手だけどね」


「……そういう問題じゃない」


 ──二人の協力はありがたいものだ。だが同時に後悔もしている。

 まさか補習を乗り越える付け焼き刃の勉強と俺自身の基礎学力を底上げする勉強にこれほどまでに違いがあるなんて思いもしなかった。


「……もう、ノート見たく、ない」


「何言ってるのよ」


「お前が始めたことだろ? 最後まで付き合ってやるからもうちょっと頑張れ」


 勉強会開始から僅か二週間。

 体力というよりもメンタルがゴリゴリ削られる。


「い、いやもう限界が……うぷっ」


「ペトラ。スティアーノの顔色が、無理が祟ったみたいだ」


「よし治癒魔術ね。任せなさい! はぁっ!」


「いや治癒魔術は待っ……ひぐっ、いだだだだだぁッ! ほ、本当に死ぬ……ッ」


「あっ……ごめん」


「いや、早く助けてやれよ!? スティアーノ。おーい大丈夫か? おーい!」



 ──怪我人以外に治癒魔術を使用すると、酷い激痛が走る恐れがある。とかなんとかテキストに書かれてたっけか。


「……治癒、魔術は……怪我人以外に、使っては……いけない……ぐふ」


「「スティアーノ!?」」


 意識が薄れてゆく。

 こんなものはまだまだ序の口。


 ──人生で最も過酷な地獄の勉強会はまだ始まったばかりである。





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