【118話】立ちはだかる傭兵団
進むべき道はひたすらに暗い。
先が見えず、どこまで進めば良いのかも分からない。
それでも歩みを止めないのは、そこに明確な目的があるからだ。
手に入れたいものがあった。
守りたいものがあった。
理由は色々とあるが、一番はきっと──俺自身が進み続けることに安心感を覚えていたいからなのだろうと思う。
地下水道の内部を進んでいく。
入り組んで、どこに向かうのが正解なのかが分からないほどに方向感覚を奪うような迷宮感。
しかし、それでも自信を持って進めていたのは、
「……揺れが、近いな」
定期的に揺れるのが最も大きな理由だろう。
倒すべき敵がいる。
それがその揺れの発生源であり、俺が迷わない理由でもある。なんとも皮肉な話だ。そもそもヤツがこの場所に現れることが予測出来ていたなら、この場所には俺一人で赴いていた。
それがどんなに危険なことだとしても、仲間を危険に晒すことはしたくなかったから。
「…………」
それまでは俺の足音しか聞こえなかった。
しかし、微かに遠くから響いてくる複数の足音が耳に入ってくる。
ペトラやスティアーノではない。
ましてや、特設新鋭軍の者の足音でも無さそうである。
──はぁ、白蛇でもないな。
ゆっくりと剣を抜く。
誰なのかは安易に予測できる。
教団だろう。
ここから先に進むのなら、命の保障はない。
頼れるのは、己の自己防衛能力のみ。
ゆっくりと、確実にこちらとの距離を縮めている足音。向こうもこちらの存在には気が付いているはずだ。それでも、引き返そうとしないということは。
それはつまり、争いになることを恐れていないということ。
「厄介な相手だな……」
「それはお互い様だろ? 最強さんよ」
呟きに対して、言葉が返ってくる。
正直、そこまで接近されているとは思わなかった。
「アルディア=グレーツ。ヴァルカン帝国の皇帝ヴァルトルーネの専属騎士であり、帝国最強の剣士」
ピタリと俺のことを言い当ててくる。
「……調べたのか?」
「いや、これくらいのことは調べるまでもないぜ」
複数人が目の前に立ち塞がっている。
その中でリーダー格の男だけがゆっくりとこちらに歩んでくる。
それだけの情報を得ておきながら、動じることのない姿勢には驚くしかない。
剣を差し向け、俺は目を凝らす。
「それ以上近付くのなら、容赦なく斬る……!」
歩み寄ってくる者の素顔は見えない。
地下水道が暗いからという理由ではない。
明らかに何かが影響して、意図的に素顔が晒されないようにされている。
こういうことを可能にしているのは大抵は魔術だ。
他者の認識を阻害する魔術というものがある。
主に使うのは、素顔を知られてはならない裏の世界に住まう者であったりと表舞台に出ないような人間が多い。だが、この魔術には大きな欠点がある。
……魔術を使用した際の魔力消費が激しい点である。
──術者を殺せばこの魔術は解除される。でも、魔術師は見当たらない、か。
「それにしても、随分用心深いな……」
警戒の姿勢は崩さず、そう投げかけると特に物怖じすることもなく、男は簡単に言葉を吐いた。
「顔を隠していた方が、色々と都合が良いものでね」
「教団絡みの人間であることはお見通しだ」
「まあそれくらいの情報は渡しても構わないんだ。見破られていることを無理して隠すのは無駄なこと。だからせめて正体くらいは隠しておきたいんだよね。そっちこそ、専属騎士であることを否定していないじゃないか」
「確かに」
──ついでに声質に関しても、魔術によって本来の特徴が掻き消されているな。
軽薄そうな言葉遣い。
そしてこの風格は、普通は出せない。
「貴方たちは何者ですか?」
「……そうだなぁ。お前たちの探していた傭兵団の者、とでも答えておこうか」
「……そうですか」
傭兵団とは言っていたが、その正体は王国軍か教団の人間か。
はたまたもっと別の勢力か。
なんにせよ。今の俺にとっては邪魔でしかない。
あの大きな揺れが起こった時点で白蛇がこの地下水道のどこかに出現しているのはほぼ確実。
俺はそちらの対処に向かいたいのだが……。
──こんなところで足止めを食らうなんて、面倒なことだ。
本来は目の前にいる彼らを探すことが目的だった。
しかし状況が変わったので、今はあまり出会いたくはなかった。
「……確かに元々は地下水道に潜む傭兵団のことを探してました。レシュフェルト王国、スヴェル教団と関係があると噂があったので」
「ああ。そこまでバレてるんだ」
「ただ──状況が変わりました。大人しく引き下がってもらえれば、今だけは荒事に発展はさせないと約束致しましょう」
「……悪いね。それは無理な相談だよ」
「それは残念です」
言葉はこれ以上必要ない。
そのまま俺は剣を振るった。
刃と刃がぶつかり合う。
このまま押して、押して、押し切ることが最短での勝利に繋がるのだが、今回ばかりはそれはしなかった。
──いや、単純にできなかった。
「────っ!」
──コイツ。予想していたよりも全然強い。
何度剣を振っても、同じように相手もそれを剣で弾いてくる。
飛び散る火花が暗がりを照らす。
近付いたことで、はっきりと見えるはずの顔は見えない。
魔術によって認識が歪められ、ぼんやりと靄がかかっているようで容姿を確認させないようにしている。
「はぁっ……!」
「ふっ!」
剣での鍔迫り合いはおよそ互角。
押しも押されもしない均衡状態が続く。
しかし、気を抜けば一瞬で持っていかれかねないくらいに力が強いことは理解した。
「……仲間は、使わなくて良いのか?」
「この場でお前に対応できるのは多分俺だけだからね。イタズラに仲間を死なせる気はないんだよ」
なんとも仲間想いな自称傭兵だ。
しかし、その慢心が命取りになることを心に刻んでやろう。
剣を振り抜くタイミングを微妙に変え、再び剣を走らせる。
下から突き上げるように振る剣は難なく防がれる。
が、そのまま腰を回し、蹴りをお見舞いしようとしたが、こちらも防がれた。
「くっ!」
「甘いよ……」
──今のは確実に決まったと思ったが、手強いな。
男はこちらの剣技をピタリと防いでくる。
正体不明の傭兵団。
そのリーダー格は、特設新鋭軍のトップ層にも引けを取らない実力者。
「……名前を伺っても?」
聞けるなんて思ってない。
だが、意外にも相手は乾いた笑いを浮かべ、
「名前……ヴィーとでも名乗っておこうかな」
なんと名を名乗った。
言い方からして、恐らくは偽名。
けれども、自ら呼称を晒すというのは予想していなかった。
「ヴィーか。覚えておこう」
「そんじゃ、再開しますか?」
「ああ。今日がお前の命日だ。邪魔立てしたことを後悔しながら……逝け!」
自然に滑らせた剣は、ヴィーの首を一直線に狙う。
だかやはり、その首を落とすにはスピードが足りなかった。
「……それも読んでるって」
相手は完全に防御に徹している。
こちらの攻撃を一切受けないような立ち回り。
まるで、時間を稼いでいるような感じさえしてくる。
このまま無駄に時間を使い潰されると、白蛇を逃してしまう。
なるべく早く終わらせたい。
「はぁっ……!」
「やるねぇ」
「そう思うのなら、さっさと死んでくれ……!」
決着は着かない。
翻る服の裾でさえ邪魔に思える。
あと一歩。
あとちょっとで届くというのに、俺の剣がヴィーに傷を付けることはない。
「あれ、どうしたの? もう疲れたのか?」
「まさか……まだまだっ!」
反転し、剣を振り抜くが、ギンッと甲高い音が鳴るばかり。
手応えはない。
「うっ……!」
それどころか、腹に激痛が走る。
視線を下げると、男の拳が腹部に思いっきりめり込んでいた。
思わず、声にならない叫びが口から漏れ出る。
血を吐くことはないが、唾液が苦痛の声と共に出てしまった。
「まだまだ若いね。それじゃ大事な人は守れないよ」
──屈辱だ。
こんなにも手も足も出ない相手がいたなんて知らなかった。
窮地は幾度となく乗り越えてきたつもりだったが、今回ばかりは勝てるビジョンが浮かばない。
構えられる剣は真っ直ぐとこちらに向けられ、されどもこちらの命までを奪おうという気概は感じられない。
こちらの実力を確かめるかのような、受け流すような戦い方。
「はぁ、何が……目的なんだ」
「簡単な話だよ。王国、教団との戦いから手を引いてくれないかな? 正直、迷惑なんだよね」
「なるほど。やはり王国か教団からの差し金か」
「そういうわけでもないんだけど……まあ。分かんないか」
言葉を濁すのが気に入らない。
王国や教団との戦いを止めるように要求してくるのだから、どちらかに与する関係者以外に考えられない。
大陸最大の軍事力を誇るヴァルカン帝国の逆鱗に触れた愚かな王国。そして王国と共に帝国に歯向ってくる教団は必ず滅ぼす。
死した逆行前とは違う。
世界全体が帝国の敵に回るとしても、俺は必ず目的を達する。
ヴァルトルーネ皇女の望みを叶えるためにも、引くという選択肢はない。
「そんな要求をしてきても無駄だ。帝国は開戦に向けての準備を進めている……そして、王国や教団も帝国に対抗すべく動き始めている。もう戦いは始まっている……!」
「頑固だねぇ。このままだと帝国は滅ぶよ?」
「その戯言を二度も口にできないように、今から切り裂いてやる……」
「はぁ。話通じないじゃんか……」
どんな言葉を使われようとも、心に響くことはない。
あの人が、どれだけ相手に情けをかけてきたことか。
ヴァルトルーネ皇女はどこまでも優しく、そしてその優しさ故に漬け込まれることもあった。
俺が一度終わった世界で帝国は全世界を敵に回して滅んでしまった。
だが今回ばかりはそんなことにはならない。
既に未来は変わりつつある。
帝国が王国や教団に打ち勝ち、その名声を更に高める未来が俺には見えている。
だから、一歩たりとも引くという選択肢はない。
それが最善だと信じているから。




