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「結婚しよう」「むり」連載版&短編

「結婚しよう」「やだ」を繰り返していた幼馴染に、1日だけ求婚されなかったから頑張った【続】

作者: shiryu

※本作は『「結婚しよう」「やだ」を繰り返していた幼馴染に、1日だけ求婚しなかったらすごい心配して甘えてきた』という作品の、視点替えの作品です。

この作品を読む前に上記の作品を読むことをオススメします。

後書きよりも下のところにリンクを貼っておりますので、よかったらどうぞ。





 その男の子――三条誠也との出会いは、少し怖かった。


「けっこんしてください!」


 小学校の入学式、初対面なのにいきなりそんなことを言われた。


「……えっ、わたし?」


 私は目を見開いて驚き、その男の子、誠也を見つめた。

 誠也はとてもまっすぐと私の目を見て、大きく頷いた。


「うん!」

「イヤだけど……」

「はうぅ!?」


 当然、フった。

 誠也は落ち込んで崩れるようにその場に蹲ったから、少し罪悪感を覚えた。


 小学一年生ながら、一番意味がわからない日だったかもしれない。


 だけど、誠也はなぜか諦めなかった。

 次の日、小学一年生で学校二日目。


 登校中に偶然、会ったことを覚えている。


「かすみちゃん!」

「えっ、あっ……せいや、くん」

「おれの名前、おぼえてくれたの!?」


 私も今市香澄と名乗った覚えはないのに、誠也にしっかり名前を覚えられていた。

 プロポーズをした相手の名前は覚えるのは、当たり前かもしれないけど。


「あんなことを言われたんだから、おぼえるよ……」

「うれしい! かすみちゃん、けっこんしよう!」

「イヤだけど」

「ぐぅ!?」


 またフった、即答だった。

 やっぱりなんでプロポーズされたのか、意味がわからない。


 だけど誠也は、それでもずっと諦めずにプロポーズしてくる。


 次の日も、翌週も、一ヶ月後も、一年後も。

 そのくらい経ったら、もうプロポーズされるのが日課みたいになった。


 よく飽きずにずっとやっているなぁ、と感心するほどだった。

 というか、本当に私のことがずっと好きなのだろうか?


 誠也もなんか引くに引けず、ずっと言っているだけじゃないか、と思っていた。


 だけどそれが一年、二年、三年も続けば、誠也がふざけているわけじゃないとわかった。


 三年生の頃、私が風邪を引いた時、誠也が家に来た。


「かすみちゃん! 大丈夫!?」

「せいや……? なんで私の部屋にいるの……?」

「かすみちゃんが風邪で休んだから、今日のプリントを届けにきたんだよ! そしたらかすみちゃんのお母さんに通されちゃった」

「おかあさんのバカ……!」

「起きなくても大丈夫だよ、寝てて。辛くない?」

「大丈夫……だいぶ、よくなったから」

「嘘だよ。かすみちゃん、すごい辛そう。無理しないで」

「……うん」

「かすみちゃんのお母さんにゼリーを持ってって言われたから。これ食べる?」

「……うん、食べる」

「はい、あーん」

「……あーん」

「っ、かわいい……! かすみちゃん、結婚しよう!」

「うん……やだ」

「えっ? ど、どっち?」

「……やだ」

「ぐはっ!?」

「……ふふっ、ありがと、せいや」

「えっ、なんか言った?」

「何も言ってない」


 ――この頃から、私の中でも誠也が他の男子とは違う、特別な存在になった……気がする。

 別にまだ、好きにはなってない。


 だけど……「イヤ」って答えるのは強く否定している気がして、「やだ」になったのはこの頃からだ。


 それからもずっと、誠也は飽きることなく私にプロポーズをし続けた。


 小学校の卒業の時も。


「香澄ちゃん、小学校卒業だね! ずっと同じクラスだったから最高だったよ!」

「ほんと、二回クラス替えあったけど、まさかずっと同じとは思わなかった」

「中学も同じところだけどよろしく! じゃあ香澄ちゃん、結婚しよう!」

「やだ」

「ぎゃぁ!?」

「ふふっ、中学もよろしく、誠也」

「う、うん、よろしく……」


 いろんな友達と違う中学に行くことになったけど、誠也が一緒というだけでとても安心したのを覚えている。

 中学になってからも誠也はプロポーズをしてくるから、最初は中学で初めて出会った人にとても驚かれていた。


 私が即答で断っていたのも驚かれ、引かれる要因だったかもしれないけど……。


 中学の出来事でよく覚えているのは、誠也が風邪を引いたので、家にお見舞いをしに行ったことだ。


「誠也? 大丈夫?」

「あれ……香澄ちゃん? なんで俺の部屋に香澄ちゃんが……? もしかして夢? それか俺、香澄ちゃんと結婚したのかな?」

「夢じゃないし結婚もしてない。誠也が風邪で休んだからプリントを届けに来たの。小学校の時にしてもらったお礼よ。部屋に来たのは、その、誠也のお母さんが上がっていってって」


 ――本当は、届けるプリントなんてなかった。

 ただ心配で、お見舞いをしに来ただけだった……恥ずかしいから言わなかったけど。


「母ちゃんナイス……!」

「というか、誠也の部屋汚くない? 私も掃除は得意な方じゃないから、二人とも苦手だったら困るんだけど」

「なにが困るの……?」

「えっ? あ、いや! な、なんでもないわ! それより、大丈夫なの? 今まで皆勤賞だった誠也が休んだくらいだから辛いと思うけど」


 ――危なかった。

 最近、私が寝る前とかに「誠也と本当に結婚したらどうなるんだろう」と考えて、そのまま夫婦になる夢を見ていることなんて、絶対にバレたくない。


「香澄ちゃんを残して死ぬわけにはいかないから、大丈夫」

「いつも通り変なことを言ってるから大丈夫そうね。これ、誠也のお母さんが買ってきたプリンだって。ここに置いとくね」

「えっ、食べさせてくれないの?」

「なっ!? も、もしかして誠也、私にしたことを覚えてるの!?」

「俺が香澄ちゃんのことで忘れることなんてあるわけないよ」

「くっ……わ、わかったわよ。はい、あーん」


 誠也が大きな口を開けて、無防備な表情を見せる。

 それが可愛いと思って、少し胸が高鳴ってしまった。


「あーん……んっ、美味しい。香澄ちゃんが食べさせてくれたから、一万倍美味しく感じる」

「ば、ばか……」

「かわいい……香澄ちゃん、結婚しよう」

「やだ」

「ぐふっ……ごほっごほっ」

「バカなこと言ってないで早く治して、明日は学校来るのよ。じゃあね、誠也」

「ま、また明日、香澄ちゃん」


 ――掃除はどっちがやることになるんだろう……と思ったなんて、絶対に言えない。



 中学も卒業し、誠也と同じ高校に入学した。

 九年間ずっと同じクラスだったので、高一も同じクラスだと勝手に想像していたけど、初めて誠也とクラスが別れた。


 誠也は入学初日のクラス分け表を見て、その場で崩れ落ちていた。


 ……私も寂しかったのは、言っていない。



 ――そして、高校に入学して約一年が経った。

 三月の上旬で、そろそろ一年生も終わり学年が上がる。


 朝、学校に誠也と一緒に行くための待ち合わせ場所に先に着く。


「香澄ちゃん、おはよう」

「んっ、おはよう、誠也」


 声をかけられてそちらを向くと、出会った頃とは全く違う容姿、成長をした誠也の姿がある。

 真っ黒の髪は短く揃えられていて、清潔感がある。髪型はほとんど子供の頃から変わってないが、雰囲気は変わって大人びている感じが出ている。


 顔立ちは小さい頃から思ってたけど、結構整っていて普通に、その、カッコいいと思う。

 背も高くスラっとしていて、私と十五センチくらいの差がある。


 ……別に「カップル、身長差」で調べたことなんて一度もない。あったとしても言わない。


「なんなら香澄ちゃんに毎日一目惚れをしている気がする……!」

「誠也、何言ってんの?」

「香澄ちゃんが今日も可愛いなって話」

「はいはい、ありがと。早く学校行かないと遅刻するよ」

「そうだね」


 いつも通り軽くあしらいながら、私達は学校へと向かった。

 学校に着き、昇降口で靴を履き替える。


「はぁ、至福の時もここまでか……中三までずっと同じクラスだったのに、高校で初めて違うクラスになるとは……」

「逆に十年間もずっと同じクラスだったのがすごいのよ」

「くっ、じゃあね香澄ちゃん! 俺はいつも通り、ずっと香澄ちゃんのことを思いながら授業を受けるよ……!」

「授業に集中しなさい」


 そんなことを言いながら私と誠也は別れ、それぞれのクラスへ。

 二年生も違うクラスだったら、誠也は本当に死んでしまうんじゃないかと思う。


 元旦に神社で誠也が「二年生は同じクラスになりますように」という願いを絶対に叶えるために、十万円も入れようとしていたのはさすがに止めた。


 それでも一万円も入れてたけど。


 ……私はまあ、普通に五円玉で、しっかりお願いした。

 別に私が一緒になりたいわけじゃなくて、誠也が一緒じゃないと死んじゃうかもしれないから……それだけの理由よ。



 授業を四つほど受けて、昼休みの時間になった。

 リュックから弁当箱を出していると、すでに私の席まで誠也が来ていた。


 いつもながら授業終わりのチャイムが鳴ってから、来るのが速すぎだと思う。


「香澄ちゃん、一緒にご飯食べよう!」

「ごめん、今日は友達と食堂で食べる」

「かはっ!?」


 誠也は肩を落としながら自分のクラスへと戻っていった。

 申し訳ないと思うけど、先に友達と約束しちゃったから。


「奈央、行こ」

「はーい」


 私は一緒に食べる約束をした友達、汐見奈央に声をかけた。

 食堂に着いて空いてる席に座った。


「香澄、旦那さんと一緒じゃなくていいの?」

「いつも言ってるけど、別に誠也は旦那さんじゃないから」


 まだ、なんていう失言をするほど未熟ではない。

 何年間も誠也と一緒にいれば、そんな感じで揶揄ってくる人はいっぱいいる。


 ……もうあんな恥ずかしい思いはしたくない。


「ふふー、じゃあ今日は私と浮気だね」

「人聞きの悪いこと言わないでくれる?」

「旦那さんに悪いなぁ、私が香澄のことを独り占めしちゃって」

「だから……!」


 奈央は高校で出会った友達なんだけど、結構ニヤニヤと揶揄ってくるタイプだ。

 だけどあんまり嫌な感じはしなくて、話してて楽しい。


「ふふっ、ごめんごめん。だけど最近は誠也くんとご飯一緒に食べてなくない? いいの? 寂しがらない?」

「別に大丈夫でしょ。今日は朝一緒に登校してきたし」

「そう? それならいいけど」

「それにあと一ヶ月もすれば二年生になってクラス替えもあるし」

「一緒のクラスになるとは限らないよ?」

「そうだけど……まあなんとかなるでしょ」


 誠也が一万円も出してあんなに祈ったんだから……私も五円玉使ったし。



 昼休みが終わり、授業をいくつか受けて放課後になった。


「あっ、このプリント出すの忘れてた」


 担任の先生に出さないといけないプリントがあったのを、すっかり忘れていた。


「明日でもいっか」

「香澄、それ提出期限が今日までだよ?」

「えっ、そうなの? はぁ、じゃあ職員室に行かないとか……」

「いってらっしゃーい」


 奈央に見送られて、私は教室を出て職員室にプリントを出しに行く。

 幸いにも担任の先生は職員室にいたので、すぐに渡すことが出来た。


「あっ、香澄。さっき旦那さんが来てたよー」


 教室に戻ると奈央がそう声かけてきた。

 もう「旦那さんじゃない」と注意するのもめんどくさいわね。


「そう。まあ今日は一緒に帰ろうかな」

「あっ、だけど誠也くん、もう帰ったと思うよ」

「えっ、そうなの?」


 誠也が先に帰るなんて、ほとんど今までないことだ。


「なんかクラス会に誘われたから、って。香澄ちゃんによろしくって言われたよ」

「……そう」


 今日は誠也と一緒に帰る気分だったのに、拍子抜けだ。


「じゃあ、私は部活だから。香澄、じゃあねー」

「あっ、うん、じゃあね」


 奈央はそのまま教室を出て部活へ行ってしまった。


「……帰ろ」


 いつも誠也か奈央と一緒に帰ってるから、一人で帰る道は少し寂しかった。



 家で適当に過ごし、夕飯を食べてお風呂に入っている時に、何か違和感を感じた。


「……なんか今日、やり残したことがある気がする」


 お風呂から上がって髪をドライヤーで乾かしながら考える。


 明日の分の宿題は、やった。

 今日出さないといけないプリントもしっかり職員室まで行って出した。


 特に何かやり忘れたというわけじゃないが、何か違和感が残る。


 ……あっ!


「誠也に、されてない……?」


 そうだ、今まで忘れていたけど、今日はまだ誠也にプロポーズをされていない。

 一緒に登校する時に「可愛い」とかは言われたけど、プロポーズではなかった。


 今は夜の九時、これから誠也と会う予定は当然ない。


 ……しょうがない、私から行こうかな。


「別に私がされたいってわけじゃなくて、誠也も小学校一年生からしてきたプロポーズを出来てないから、したいと思っているだろうから。私から行ってあげるだけよ」


 ……一人の部屋で誰に言い訳してるんだろ、私。


 とりあえず家を出て誠也の家へと向かう。

 メッセージアプリで誠也に連絡を取ってみるが、いつもならすぐに既読がつくのに今日に限ってつかない。


 五分ほど歩くと誠也の家に着くが……。


「あれ、誠也の部屋、明かりついてない?」


 誠也の家には何度も来たことがあるので、誠也の部屋はわかるのだが、まだ明かりがついていない。

 この時間なら誠也はもうご飯もお風呂も終わって、部屋にいるはずなのに。


 少し心配になって、家のインターホンを押す。


 するとドアを開けてくれたのは、誠也の妹の優香ちゃんだった。


「香澄お義姉ちゃん、どうしました?」

「……その、誠也いる?」

「あっ、もしかして夜這いに来ました?」

「違うから」


 優香ちゃんは目をキラキラとさせながら、とんでもないことを言ってきた。


 まあいつものことだ、中学三年生なのになぜか兄の誠也よりもませている。


 あと「おねえちゃん」という呼び方も、いつからか違う意味を含ませている気がする。


「兄ならまだ帰ってませんよ。なんかクラス会に行ってて、夕飯もいらないって」

「そう……いつ帰るか知ってる?」

「わかんないですけど、日付は変わらないと思いますよ。兄に何か用事でもありますか?」

「いや、その、特にないんだけど、あっちがあるかなと思って……」

「? よくわからないですけど、兄のベッドを温めてあげれば喜ぶと思いますよ?」

「私もそれはよくわからないけど」


 というか、本当にまだ帰ってないんだ。

 誠也はああ見えてとても真面目なので、いつも十一時に寝て六時に起きるという規則正しい生活をしている。


 だから九時過ぎまで出かけることなんて、今までほとんどなかったはず。

 ……そこまでクラス会が楽しいんだ。


「兄に用事があるなら、中に入って待ちます?」

「……いや、そこまでの用じゃないから大丈夫。ありがとう」

「そうですか? 既成事実は作らなくてもいいんですか?」

「いいから。じゃあね、優香ちゃん」

「はい、また四月に高校で!」


 受験に合格して私達と同じ高校に入学する優香ちゃん。

 彼女がドアを閉めて別れたんだけど、私はこのまま家に帰る……気にはならなかった。


「……しょうがない、待つか」


 別に私が誠也に会いたいからとか、プロポーズされたくないからとかそういうのじゃないけどね。

 うん、誠也のために、待ってあげよう。



 そして約一時間後、誠也が帰ってきた。


「えっ、香澄ちゃん?」


 家に一度も帰らずに遊んでいたようで、誠也はまだ制服だ。


「……誠也、帰ってくるの遅かったね」

「そう、だね。クラスのみんなと遊んでたら遅くなっちゃって。いや、そんなことより、なんで香澄ちゃんが俺の家の前にいるの?」


 プロポーズをされにきた、なんて言えるわけがない。


「いや、別に。誠也の家の前にいたわけじゃなくて、コンビニ帰りだし」

「そ、そう?」


 こんな嘘、すぐにバレてしまう。こっち側にはコンビニもないし。

 だけど誠也は何も聞かないでくれた。


「家まで送っていこうか? もう夜も遅いし」

「……うん、お願い」


 こういうしっかり女の子扱いしてくれるところは、なんか嬉しい。

 私の家まで五分ほど、とても短い時間だ。


 だけど別に、私がここまで来た理由であることは、一瞬で済む。


「そろそろ高校一年生も終わりだね」

「……んっ、そうね」


 しかし、誠也はなぜか世間話から入ってしまった。


 違うから、誠也。言うことがあるでしょ、私に。


「俺のクラスはそれがあって今日はみんなで遊んでたんだけど、香澄ちゃんのクラスはそういうのはないの?」

「さぁ、知らない。仲良い友達に呼ばれたら行くかも」

「そっか。俺も初めて香澄ちゃんとクラス離れて悲しかったけど、意外と楽しかったなぁ」

「っ……そう」


 私に言うはずのことを言わず、私以外のことを話す誠也。


 なんで?

 そんなにクラス会が楽しかった?


 私がいないクラスが、本当はよかったの?


 私も誠也がいないクラスは寂しいから、初詣の時にしっかりお願いしたのに。


「――じゃあ、私とはもう……」

「ん? 香澄ちゃん、何か言った?」

「……いや、なんでもない」


 口から思いが溢れそうになったけど、我慢した。

 そんなことを話していると、すぐに私の家まで着いてしまった。


「じゃあね、香澄ちゃん。また明日」


 誠也はそう言ってすぐに帰ろうとしたので、私は思わず呼び止めた。


「……な、なんか他に言うことはないの?」

「えっ?」


 今日、最後のチャンスよ?

 ここまでお膳立てしたのなら、わかるわよね?


「えっと……風邪引かないようにね?」

「っ、もういい! また明日!」

「えっ、あ、うん、また明日……」


 私は怒りか悲しみかわからない感情を抱きながら、家の中に入って誠也と別れた。



 自分の部屋でベッドに寝転がっていろいろと考えていると、スマホが鳴った。

 相手は誠也の妹の優香ちゃんだった。


『兄が「香澄ちゃんを怒らせたかもしれない」って落ち込んでたんですけど、何があったんですか?』


 電話に出ると、優香ちゃんがそう話してくれた。

 ……優香ちゃんには、話していいかもしれない。


「実は、ね……」

『はい』

「誠也が、プロポーズしてくれなかったの」

『はい……はい?』

「初めて会った日から一日たりとも欠かさずしてくれてたのに。一日に最高で五回もしてくれたこともあるのに、今日は一回もしてくれなかったから……」

『は、はぁ……』

「今日はプロポーズするチャンスがあまりなかったからと思ったから、さっきは私から会いに行ったのに、それでもしてくれなかったの」

『ああ、さっきうちに来たのはそういう……』

「なんでしてくれなかったんだろう……」


 するのを忘れていただけ、というのならいいんだけど。

 それ以外の理由だったら……。


(どうせお兄ちゃんのことだから忘れてただけだと思うんだけど……はっ! これはチャンスでは? 香澄お義姉ちゃんを焦らせれば……!)


『香澄お義姉ちゃん、もしかしたらお兄ちゃんは、もうプロポーズするのをやめたいと思ったのかもしれません』

「えっ!? な、なんで……!?」

『えっと……香澄お義姉ちゃんにプロポーズし続けて、迷惑をかけていると思ったから、とかですかね』


(全くの嘘だけど。迷惑をかけていると思ってるなら、十年間も毎日プロポーズしないし……ちょっと無理やりだったかな?)

「そんな……!」

(あっ、大丈夫そう)


『だから香澄お義姉ちゃんから、迷惑じゃないよって伝える必要があると思います!』

「わ、わかった。じゃあ明日、誠也にそう言えば……」

『いえ、行動で示すべきだと思います!』

「こ、行動?」

『はい! お義姉ちゃんから「迷惑じゃないからね、もっとプロポーズしてくれてもいいよ」ってお兄ちゃんにわかるようにアピールするんです!』

「ど、どうやって?」

『それはお義姉ちゃんが考えてください!』

「うっ……そ、そうね」


 優香ちゃんに頼りっぱなしというわけにはいかないだろう。


「わかった。ありがとう、優香ちゃん」

『はい! 頑張ってください!』


(お義姉ちゃんがどんなことをしたのかは、明日お兄ちゃんが帰ってきたら聞こう! ふふっ、楽しみだなぁ)



 そして、翌日。

 私はいつもよりも早めに起きて、お弁当を作っていた。

 自分の分を作ることはよくあったけど、今日は、その、誠也の分も作っている。


 掃除は少し苦手だけど、他の家事全般は得意だ。

 王道的なものばかりを入れたけど、だからこそ自信がある。


「よし……」


 今日は誠也と一緒に行くという約束はしていないが、いつも待ち合わせしている場所に先に着いておく。

 しばらく待つと、誠也がやってきた。


「香澄ちゃん?」

「……おはよう」


 今日はいないと思っていたのか、誠也は少し目を見開いていた。


「おはよう、香澄ちゃん。珍しいね、待ち合わせしてないのに」

「……待ち合わせしてなかったら、一緒に行っちゃダメなの?」

「えっ? あ、いや、そんなことはないけど」


 そんな会話をしてから私達は歩き始めるけど、私は昨日の夜に決めたことを実行する。

 誠也の腕に体を寄せ、そのまま抱きついた。


 …………は、恥ずかしい。


 顔が真っ赤になっていくのを感じる。


「え、えっ? 香澄ちゃん?」

「っ……な、なに?」

「な、なんで抱き着いてるの?」

「……せ、誠也は、嫌なの? 私に、抱き着かれるのが」

「そんなわけない。めちゃくちゃ嬉しいけど……」

「それならいいじゃない」


 誠也は混乱しているようだけど、嫌がっている様子はない。

 むしろ今言った通り、嬉しいと思ってくれているようだ。


 ……こうして抱きつくと腕のゴツゴツ感が伝わってきて、誠也もやっぱり男なんだと思う。


 いつもは登校中に喋っているけど、今日は私も誠也も恥ずかしくて喋らないでいた。

 だけど私達の仲なら黙っていても、別に気まずいってわけじゃない。


 学校に近づいてきてさすがにこのまま抱きついているわけにもいかず、体を離して手を繋ぐだけにしておく。

 ……やっぱり大きい。


 学校に着いて手を離すと、誠也が緊張から解き離れたのか聞いてくる。


「香澄ちゃん、本当にどうしたの? 昨日の夜からだけど、何かあった?」

「……だって誠也が、言ってくれないから」

「えっ?」

「な、なんでもない。誠也、今日はお昼一緒に食べれる?」

「えっ、うん、もちろん」

「じゃあ、昼休みに」


 私はそう言って誠也と別れてクラスへと向かった。

 とても恥ずかしかったけど、一応アピールは出来たはずだ。


 ……まだ今日も、言ってくれてないけど。



 授業が終わり、昼休みになった。

 すぐにリュックからお弁当を二つだし、誠也のクラスへと向かう。


「誠也」


 私が声をかけると、また誠也は少し驚いた表情をした。


「中庭のベンチに行くわよ」

「えっ、あ、うん」


 誠也は子犬のように私の後ろをついてくる、なんだか面白い。

 学校の中庭のベンチに座るけど、これもアピールのためにいつもより近いところに座る。


「今日、私が自分でお弁当作ってきたの」

「そうなんだ。香澄ちゃん、料理も上手いからすごいよね」

「……少し食べる?」

「いいの?」

「うん。じゃあ、あーん」

「……えっ?」


 誠也は一瞬だけ躊躇うように目を左右に動かしたけど、大きな口を開けて食べてくれる。


「あ、あーん」

「どう?」

「お、美味しいです」

「ふふっ、なんで敬語なの?」


 誠也の言葉遣いに、思わず笑ってしまった。

 もう一個か二個くらいあーんしてあげようとしたんだけど、また誠也が問いかけてくる。


「香澄ちゃん、本当にどうしたの?」

「だって……誠也が、昨日は言ってくれなかったから」

「朝も言ってたけど、俺が何を言わなかったの?」

「それは……!」


 プロポーズのことだ、と伝えたかったけど、さすがに恥ずかしすぎる……!

 というかここまでアピールしてるんだから、そろそろ気づいて欲しいんだけど……。


 本当に、もう言わないことにしたのかな……。


「もしかして、告白のこと!?」

「っ!」


 私はそう言われて、顔を真っ赤にしながらも小さく頷く。


「もしかして、香澄ちゃんはプロポーズされたかったの?」

「なっ!?」


 そんなまっすぐ堂々と恥ずかしいことを言われるとは思わず、私は火が出るのではと思うほど顔が熱くなる。


「そ、それは、だって……! 今まで毎日プロポーズされてきたのが当たり前だったし、誠也が昨日はクラスの人達と楽しく遊んで私のことを忘れてたみたいだし、しかも私と同じクラスじゃなくてもいいみたいなことを言ってたのもあれだし……!」


 あ、あれ、私、何を言ってるんだろう?

 もう自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。


「香澄ちゃん」

「っ、な、なに?」


 混乱している中、誠也が真剣な表情で私の名前を呼んだので、誠也の目を見る。


 綺麗な目、いつも……十年間、毎日本当に真剣に、言ってくれていた。

 そして、今日も――。


「香澄ちゃん、結婚しよう」

「やだ」

「がはぁ!?」


 フった。

 いつも通り、即答で。


 誠也はいつも以上にダメージが大きかったようで、ベンチから崩れ落ちた。


「な、なんでだ……!」


 そんなことを言う誠也に、私は絶対に聞こえないように小さな声で答えてあげた。



「――だってまだ……誠也が、結婚できる歳じゃないじゃん」



「えっ? 香澄ちゃん、何か言った?」


 誠也は聞き取れなかったけど、やっぱり自分の気持ちを言うのは少し恥ずかしかった。

 だけどいつも通り、プロポーズされたことを嬉しく思いながら、私は頬を緩めながら言う。


「なんでもない。誠也のばーか」


 ――早く一八歳になりなさいよ。



「――ってことがあってな。やっぱり香澄ちゃんと改めて結婚したいなと思ったよ」

「そっかぁ」

(香澄お義姉ちゃん、そこまでやったんだ……えっ、なんで付き合ってないの? なんで結婚してないの?)

「早く結婚すればいいのに、バカップルが」

「ん? 優香、なんか言ったか?」

「なんでもなーい」




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好評でしたので、こちらの作品の連載版を投稿しました。

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[良い点] ハッうおおおお
[一言] 早く結婚したバカップルの話が読みたい
[良い点] ハッ……………(尊死) (蘇生)最高でした…言語化出来ない位最高でした… [一言] これで今日も生きていける…
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