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08話『救出』

 声がした方に走り出す二人。


「馬鹿者が、あんな大声を出しては寄ってこいと言っているようなものだ」


 クエスは舌打ちと共に悪態をつくが、そんなものに慣れていないこの世界の人間は悲鳴の一つもあげずには居られないのだ。


 一桜はそれには答えずに一段階スピードをあげた。


 クエスはマイペースにそのあとをついていくが、命懸けの戦場を生き抜いてきたポテンシャルは、この世界の一般女性のそれではない。


 しかし、一桜ははるかに上回るスピードでそれを引き離していく。



 もう一度悲鳴が聞こえた時には、一桜はその場所へ到着していた。


 家を隔てるブロック塀を蹴り込み、上に昇る反動でさらに飛び上がると、平屋の屋根の上に乗った。


 悲鳴はさらに緊迫感を増していたが、一桜は冷静に状況把握をする。


 現場は、乗用車が乗り付けられており、ヘッドライトが照らし出していた……


 男性受けしそうな、フェミニンな服装の女性が、尻餅をつきへたり込んでいるようだ。叫び声の主だろう。


 それを(かば)うように前に出て、バットで応戦している男には今まさに3体のゾンビが迫ってきていた。


 彼も人であったものを殴る事に躊躇(ちゅうちょ)しているのか、パニック状態にあるのか、腰の入っていない打撃では、ゾンビはすぐに起き上がってきてしまう。


 一桜はしっかりと回りを見渡す。

 悲鳴を聞いてゾンビが奥の路地から寄ってきている、その数10体以上。


「猶予は……ないみたいね」


 状況を把握した瞬間、一桜は屋根から一息に飛び降りた。

 着地地点は3体のゾンビの背後。



閂流(かんぬきりゅう)抜刀術 (なぎ)


 着地の衝撃でしゃがみこむと同時に、木刀を腰から抜き、凪払う。


 二体のゾンビがふらつく。


 しゃがんだまま一桜は男に向かって滑るように移動。


「離れて!」


 男はようやく状況を把握し始めたばかりで、まだ理解は追い付いていなかった。

 焦る気持ちとは裏腹に、体は動かないようだ。


 一桜はゾンビと男の間に体を割り込ませると、肩で男を弾き飛ばす。


 突然の敵にゾンビはそのまま一桜に腕を振り下ろすが、その腕を木刀で払いあげる。


 払いあげた木刀はそのまま上段の構えでスッと止まった。


「閂流抜刀術 天下一閃(てんかいっせん)


 ヘッドライトに照らされた木刀は、まるで刃があるかのように(きら)めき、

 

 まず振り下ろされた一撃でゾンビの右手を……返す刀で左手を打ち上げる。


 打ち上げた一連の動きで、一桜は浮き上がり体を(ひね)ると、そのままゾンビの胸に回し蹴りを決めた。


 技の連携は反復の賜物(たまもの)だ。

 その瞬間に次はこうしようと考えていては間に合わない。

 体に染み込んだ最高の動きができればいい。



 蹴られたゾンビは始めにふらついていた2体と共にもつれながら地面に転がった。


 起き上がろうとするが、木刀の攻撃で両腕が折れているようで、簡単に立ち上がれないようだ。

 二体のゾンビも、はじめの一撃で足首を折られていたのか、起き上がることも出来ない。



「立って」

 一桜は振り向くと、男の手を握り引っ張りあげる。


 そのまま女性の方へ行くと、完全に腰が抜けており、失禁までしている。

 自分で動けるような状況ではなさそうだ。


 そこにようやく冷静さを取り戻した男が駆け寄る。


「車がある、乗って逃げよう!」


 そう言うと、無理やり女性の手を引き、肩に手を回すと、引きずるように車に連れていく。


「お嬢さん、助けてくれてありがとう、君も乗ってくれ!」


「私は他にも助けを求めている方が居ないか探します」


 もちろんその理由もあったが、塀の向こうのゾンビの援軍を受け持つつもりだ。


「良いのではないか? 奥のゾンビは浄化しておいたのだ」


 突然一桜の後ろでクエスの声がする。


「でもまだ避難していない人が……」


「この辺の住人はすでに避難が終わっているはずだ」


 女性を助手席に乗せた男はそう叫んだ。


 考えてみれば、クエスを町から運んだ時点で、避難は始まっていたのだ。

 あれから3日、確かにみなが避難するには十分な時間だっただろう。


「お兄さん達はどこに避難されるのですか?」


 追手のゾンビが居ない事を聞き、木刀を腰に巻き付けているカーディガンに挿すと、落ち着いて応える。


「持病を抱えていたり年配の方で、避難に間に合わなかった人達が、次の救助のために集まっている場所があるんだ」


 一桜はクエスに了解をとるようにその顔を覗き込む。

 クエスは腕を組みしっかり頷いた。


「わかりました、困っている方がいらっしゃるのであれば、お手伝いさせてください」


 そういって、彼の車に全員で乗り込んでゆく。



 ────少し進んだところでクエスが口を開いた。


「ところで、この馬鹿者は何故あんなところに居たのだ?」


「ちょっと、そんな言い方無いじゃない」


 慌てて止めるが、クエスは余裕の表情だ。


「大丈夫だ、私の言葉は奴らには理解できん」


 確かに、ルームミラー越しの男性は、腹をたてている風ではなかった。


 クエスもクエスだ。

 今でこそ落ち着き偉そうにしているが、ついさっきまでは「馬がおらんぞ! どうやって走っておるのだ!」と車に乗ってはしゃいで居たというのに。



「その子は外国の子なのかな?」


「え、ええ……」


 一桜は突然の問いに慌てて答えた。


 確かに()()()から来ているのは間違いないのだが、魔法が使える異世界から来たなんて世迷い言は言えなかった。


 それにもし信じたとしても、その後のクエスへの対応についてどうなるかはわからない。


 事実、この災いに彼女が関わっているなんて知られてしまったらと考えると、恐ろしかった。


「そっか、俺には何て言ったかわかんないけど、話は通じるのかい?」


「えっと、うちにホームステイに来てたクエスちゃんです、日本語はまだ苦手みたいで……」


 しどろもどろになりながら答える一桜のかかとをクエスが足で小突く。


「そんなことより、どうして避難の終わった町に居たんですか?」


 取り敢えず話を変えておかなくては。


「うん、君達には迷惑かけちゃったね……まず自己紹介させてくれ。俺の名前は芦原(あしはら)(げん)、避難所になっているボーリング場の店長だよ」


 ルームミラー越しに、軽く会釈をする。


「そしてこっちが社員の豊田(とよだ)結子(ゆうこ)君だ」


 紹介された女性は未だに顔をあげることはなく、膝の上で拳をギュッと握り、しくしくと泣いている以外動かなかった。


 それを優しく横目で見てから、芦原は話を続けた。


「うちに避難している人の中に、重度の糖尿病の方がいてね、すぐに避難解除があると思って薬を殆ど持ち出してなかったんだ。それで、豊田君がそれを取りに行くと名乗り出たので、私もついてきたんだが……このザマさ」


 クエスには日本語が解らなかったが、説明する男性の表情や語気から、真実を語っているのだろうと察することが出来た。


 取り敢えずはお人好しの一桜が理解できる内容だったのだろうと、心におさめた。



 こんな緊急事態では、人間の本性がむき出しになることがある。人の家に侵入したり、店の商品を強奪、異性を強姦する者も居る。


 少なくとも、クエスの世界ではよく聞く話だったからだ。

 こんな緊急時にリスクをおかしてまで街にいる理由が何であるか、それは人間性を見るにあたって大事なことだ。


「そんなことがあったんですね……病気の方の薬は見つかったんですか?」


 一桜は断片的にだが、クエスに会話の内容を伝えようとしている、勉強はできないが頭は切れるタイプなのだなとクエスは感心した。


「ああ、ちゃんと見つかったよ」


 ほっとしたように一桜が胸を撫で下ろす。


「あ、私の名前は(かんぬき)一桜(いちお)、そしてこっちがクエス・ラビリスちゃんです」


「閂さんって、丘の上の道場の?」


 考えてみればご近所さんだ。

 閂という珍しい名前は、いつも興味の対象だった。



 戦国時代に、ご先祖様が剣の達人で、敵の城に乗り込む際に、扉の向こうの閂を切り落として見せた事から名前を貰ったという逸話があった。


 何故切られた方の名前を付けたのか疑問に思えるが、閂という字が門を刀で切り裂く字に見えたからという理由だったらしい。


 別に面白くはないが、新しい門下生が入ると、いつもこの話をする父が楽しそうで好きだった。



「そうなんです、閂一松(いっしょう)の娘です」


 そうでなくとも、単純に看板にでかでかと『閂流剣術道場』と書いてあれば、この町のものなら誰でも一度は見たことはあるだろうが。


「それで、あんなに強いんだな! 僕も剣道を部活でやっていたけど、全く歯が立たなかったよ」


「はは……」


 一桜は愛想笑いで、これまでの自分の修行に明け暮れた日々と、彼が仲間と楽しく練習していた日々を一緒にされたことをスルーした。


 自分の信念のためにやっているだけで、誰かに凄いと言われるためにやっている訳じゃないから。



 そんなことを話しているうちに、車は街の外れの5階建ての建物に到着した。

 営業時間外に車が入ってこないように、柵があるのが功を奏してか、駐車場にゾンビは居ないようだ。


 車を降りて見上げると、この建物は1階がパチンコ店、2階3階がネットカフェ、4階5階がボーリング場になっている。



「豊田さん立てる?」


 芦原は、従業員の肩を抱こうと手を回すが、ゆっくりと体を滑らし、それを抜けてこう言った。


「先に行っててください」


 泣き声でそう答えた女性に、芦原は無理には促さなかった。


「シャワールーム使って良いからね」



 豊田は恥ずかしくて立てなかった。

 失禁したまま車に乗せられて、正直ずっと鼻を突く匂いがしていた。

 もちろんあそこでは車に乗るしか選択肢はなかったが、恥ずかしくて店長と目を合わせることが出来ないでいた。


 豊田は芦原の事が好きなのだ。


 8歳上だが気さくで、頼りがいのある店長に心を引かれるのは仕方なかった。


 本当は引っ込み思案だった性格を、無理矢理表に出してくれて、他人と話すのが好きになるくらい世界を変えてくれたのだから。


 糖尿病患者の向井さんも、よくボーリングに来てくれるお客さんの一人だ。

「若い頃はボーリング場でナンパしてたもんだよ。もちろん全戦全勝だ」

 と、過去の武勇伝を何度も聞かされた。


 そんな人が、苦しんで、最後の一本のインスリンを射ったのを見て、彼女はいてもたっても居られなかった。


 もちろん自分一人で行くのは怖かったけど、それをほおっておく店長ではないと思ったからだ。


 薬は持ち帰ることが出来たが、豊田は悔いていた。

 こんな姿を見せる筈じゃなかったのに。

 もっと、変わった、私はできる子になったって思って欲しかったのに、と。


 店長たちの姿が見えなくなったところで、声を殺して暫く涙を流してから、シャワールームへと向かったのだった。


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