07話『異常なゾンビ』
夜中のうちにクエスと一桜は家を離れる準備をした。
といっても勝手がわからないクエスは、一桜が詰めたリュックを、言われるがままに背負わされただけだが。
思えば前の世界に居たときは、割と至れり尽くせりで旅をしていた。
魔神討伐のキャラバンは勇者パーティー5人だけでなく、国から派遣された数多くの兵士たちや、身の回りの世話をする侍女まで居た。
魔神の戦力と対峙した際も、突破口を開けたり、後方支援したり、強力な敵と戦う際は活躍するが、小競り合い等は兵士の仕事だった。
クエスの仕事は後方支援が基本で、戦場が荒れれば荒れるほど、死体が増える。
そして、その死体を使って数で押すという戦法、その一本槍でやってきた。
なので、こうやって最低限の食料や衣類ですら自分で持ち運ぶのは新鮮に感じられた。
一桜も基本的な食料、着回し出来そうな最低限の着替え、避難グッズをかき集め。
学校指定のカーディガンを腰にしっかり巻き付け、そこに黒光りする木刀を挿した。
「一桜、それは武器か?」
剣士の出で立ちに見えたクエスは不思議そうに尋ねた。
彼女の世界では女性と言えど武を志すものは少なくない。
「木刀と言ってね、木で作った偽物の刀なの」
クエスは頭をひねる。
「それは、相手を切り殺せるのか?」
殺生が当たり前の世界から来ているんだと、一桜は理解しているのだが、つい苦笑いがこぼれる。
「どっちかと言うと打撃武器かな、でも私にとっては使い慣れたものなの」
そう言いながら、右手でその柄に触れる。
確かに手触りがしっくりきた。
思えば一桜が中学生に上がる頃、父親から誕生日プレゼントで貰ったものだった……もちろん嬉しくはなかった。
しかし、剣術道場を一人で切り盛りしている父の事は好きだったし、その力になりたいと思っていた中学生の一桜は、笑顔でそれを受け取ったのを覚えている。
それから六年。
毎日のように握っては、振り続けていた。
小学生の頃に使っていた竹刀とは全く違っていて、重く滑りやすい。
振るだけで疲れ、手に出来たマメが潰れては、その下にまたマメが出来るという日々を過ごした。
そのためか、いつしか木刀の柄は黒っぽく変色しており、拭いても綺麗にはならなくなった。
だけど一桜は汚いとは思わない、まるで体の一部のような、血の通った道具になっていたのだ。
「確かに、どんな戦況になるかわからないんだ、攻撃力よりも慣れた武器を使った方が立ち回りが有利になるのだ」
感心したようにクエスは言う。
「道場にお父さんの真剣があるけど、重くて振り回せないもん」
一桜はそう言いながら、準備を終えて振り返って言った。
「さ、行こう!」
二人は裏口から出て、南京錠で鍵を閉めた。
「これからどうするの?」
「ノープランで出てきたのか……」
と、呆れるクエスに。
「ゾンビに詳しいクエスちゃんに従うプランです」
と、大真面目に答える一桜。
「あ、でも、助けを求めている人が居たら助けてあげたい」
「まぁ余裕があればそうするのだ」
取り敢えず二人は町の方に向かって歩いていく。とにかく、状況がどこまで悪くなっているのかを確認しておかないと、方針が定まらない。
「ところでクエスちゃん」
「どうしたのだ?」
「自衛隊さんが来た時、言葉理解してなかったよね?」
「コモンラングルという魔法は、目標一人に対してお互いの意思を疎通する目的の魔法だからな、同時に2人以上に掛けることは出来ないのだ」
「それってさ、私が通訳しないと、こっちの人と話せないってことだよね?」
「まぁ当面はそうなるのだ」
クエスは会話の中で、少しづつ言葉を覚えつつあったが、成り立ちが違う言葉は覚えにくく、発音もままならなかった。
普通の会話で意思の疎通が出来るようになるのはまだ先の話だろう。
「だったらやっぱり、一人で行かせなくてよかった。だって、クエスちゃん一人じゃ仲間増やせないじゃん」
一桜は笑いながらそう言ったが。
仲間に裏切られて殺されかけたクエスにとっては複雑なものがあった。
「ところで、自衛隊というのはなんなのだ? 名前からすると民間の私設兵みたいなものか?」
「あ、そっか、変な名前だけど、あれはこの国の軍隊なんだよね」
クエスはがっかりとした雰囲気で頭を落とす。
「なんと、あれがこの国の兵隊だったのか……名前も弱そうだが、ゾンビにやられる兵隊とは、先が思いやられるのだ」
「まぁ、ゾンビとの戦闘なんて想定して無かったと思うし……でも毎年国の財政の5%くらいは自衛隊に使ってるんじゃないかな?」
一桜はフォローしたつもりだったが、クエスはさらに肩を落とす。
「5%だと? 笑わせるのだ……といっても、この平和な世界では維持さえできれば良いのか……」
クエスの世界では、国が防衛や戦争に割く資金は莫大なものだった。
人間や物資の充填は、国民全員から搾り取ってようやく出兵出来るほどだったからだ。
クエスは完全に自衛する軍隊に対して、期待を捨てたのだった。
暫く歩いた所で、急にクエスが立ち止まり。「静かに」と、クエスの小さくても緊張感のある静止で、会話は唐突に終わる。
まだ市街地には少し入りきって居ないが、住宅地を歩くゾンビらしき人影があった。
「このあたりの人はもう避難しちゃったのかな」
一桜が心配そうに辺りを確認するが。
深夜2時の住宅街は、普段からでも人の気配を感じない。
「ゾンビは人間と同じ感覚を持っている、耳で聞いて、目で見て反応する。あそこのゾンビは何かを探している風ではないのだ」
クエスが身を隠しながら、アゴでくいっと歩くゾンビを指す。
確かに明確な目的を持って歩いているというよりは、右に左によた付いている感じだった。
「そういえば小声なのに、クエスちゃんの言いたいことしっかり分かる」
全然別の事に食いつく一桜に溜め息を付いたクエスは、身を隠しながらもゾンビに近付いていく。
既に二人の距離は50mは離れていた。
「コモンラングルの効果なのだ。意味のある言葉なら、声さえ聞こえればその意味は伝わるのだ」
その言葉には多少の怒気が含まれていた。
軟弱な世界の住人よ、そんな話は危険がないときにするものだ、と言わんばかりだ。
クエスは回りに他のゾンビが居ないことを確認した上で、魔法を唱えた。
「ダウンアンデッド」
なんの抵抗もなくゾンビは前のめりに倒れた。
「なんでそんなに慎重なの?」
安全なのだと感じた一桜は、静かにクエスのもとへ寄ってきた。
「こいつらは、人間に気付くときには大抵、声を出して近寄ってくる、その声に他のゾンビも呼応するのだ」
道の真ん中に倒れたゾンビを観察しながら、クエスはそう答えた。
「今回のゾンビは私が知っているゾンビに近い感じがしたんだが……」
彼女が慎重だった理由の一つに、今回のゾンビへの違和感があった。
一桜の家で出会った自衛隊のゾンビは、動きが素早く「目的」を持って動いていたように見えたからだ。
大抵のゾンビには思考回路が存在せず、ただ本能のままに人を襲う。
人を襲う原理は簡単、仲間を増やすこと。
それは種の存続に近い本能。
しかし、自衛隊のゾンビは家の扉を叩いていた。
まるで人を誘い出すかのような行動だった。
クエスは更に詳しい事を調べるために、ゾンビだったものの腕を持ち上げた。
腕は他のゾンビに噛みつかれたのだろう、肘の内側を骨まで見える程抉られていた。
「腕が硬い。まるでマーキュリーの祝福のようだ……」
「マーキュリー?」
「ああ、私の世界の言葉で、土の神の事なのだ。死んだ人間がだんだんと石のように固くなり、土に帰る準備をするという言い伝えからそう言われているのだ」
一桜はゾンビの顔を少しはまともに見れるようになっていた。
口の回りは、誰かをゾンビにしたときに噛みついたのだろうか、真っ赤に染まっていたし、先ほどクエスが持ち上げた腕の傷はとても生々しかった。
それはまだ高校を卒業したばかりの一桜にはとても衝撃的なものだ。
しかし、自衛隊員の時と違って、知らない人の死体はただの死体だと割りきることが出来たからかもしれない。
さらにクエスは死体の靴を脱がせた。
足の先に向かって紫っぽくなっている。
これは紫斑と呼ばれ、体の下方に血が溜まってしまっている状態だ。
「パープルヘイトが出ているのだ……」
彼女の世界では、生前悪いことをしたものは体に毒素が溜まっており、死後にそれが浮き出ると言われていたが、彼女はそれはただの迷信だと知っていた。
たくさんの死体を操ってきたのだ、死体について自分ほど詳しいものは居ないと自負できたからだ。
「このゾンビは、まるで死体そのものなのだ……」
驚きや不安の感情が、クエスから滲み出るのを、一桜も理解したが。
「ゾンビが死体だってのは当たり前なんじゃないの?」
確かに当たり前だ。
だが専門家であるクエスにとっては、それはゾンビと言えるかどうかすら怪しくなっていた。
取り敢えず新しい情報は手に入った。
このゾンビがどういう原理で動いているのか、どうやって戦えばいいのか、そしてそれらを模索するために、今はとにかく時間がほしかった。
「すまん、難しい話になる、ここではよすのだ」
そう言って離れようとしたとき、彼女たちの耳に遠くで叫び声が聞こえてきた。
二人は顔を見合わせると、同時に頷く。
「行こう!」
二人は闇に包まれた世界に走り出した。
ただ声がするほうへと。




