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06話『決意』

 クエスがゾンビだと宣言したことで、あっけらかんとした一桜の表情も凍りついた。


「そんな……」


 たじろぐ一桜を尻目に、クエスは素早い動きで玄関を通り、門へと向かった。


 門には太い閂がかけてあり、人間の力で押し破る事は出来ない。

 こちらからわざわざ手出しをしなくてもここから入ってくることはないのだが。


 クエスはあえてその閂を開けた。


 この世界でのゾンビに、自分の魔法が効くかどうかを試しておきたかったのだ。


 クエスが細い腕で閂を上げると、ゾンビが門を体で押しながら入ってきた。


 ゾンビはクエスをにとっては武器、よく知っている対象だ。だが油断することはなく、つぶさにその動きを観察し、元の世界のゾンビとの差を確認していく。


 ゾンビは普通に人が走るくらいのスピードで迫ってくる。


「早い!」


 クエスの知っているゾンビは緩慢な動きで相手を補足し、知覚で感知する限り追ってくるものだった。

 疲れることのないゾンビが、この早さで追ってきては、普通の人間は逃げ切る事は難しいだろう。

 こんなに早く動くゾンビを作り出したことはない。


 思ったよりも早く距離を詰められてしまったクエスだったが。


「ホッパー」


 魔法の足場を作り、後方に10m程飛んだ。


 普段の戦闘では、魔神の生み出すあらゆる敵と対峙してきた。

 その中にはもっと早いものもいて、直接攻撃力を持たないクエスにとっては、回避の魔法に一番力をおいていた。


 着地と同時に、両手を前に出したクエスは呪文を唱えた。


「ダウンアンデット」


 掌に光が集約され、迫り来るゾンビを包むと、光はパッと弾けて消えた。

 同時に糸が切れたようにゾンビは地面に頭から倒れ込む。


「大丈夫、なんとかなるのだ」


 所見こそスピードに驚きはしたが、掌を見ながら安堵のため息を付いた。


 そんなクエスの元に、遅れて一桜がやってくる。

 一部始終を見てはいたが、手を出す間もなく終わってしまった。


「もう、動かないの?」


 恐る恐るクエスに訪ねる一桜。


「ライズをしない限り動くことはないのだ」


 クエスは確信して、その可哀想なゾンビだったものを仰向けにひっくり返す。


「ひっ!」


 一桜の小さな悲鳴。


 それはこの家に避難勧告をしに来た若き自衛隊に向けられた。

 右目から耳にかけて、何かに食いちぎられたような跡があり、生々しく血で濡れている。


「さっきの兵隊か、可愛そうに」


 クエスは淡々と語る、彼女にとって死体など見慣れている、むしろ彼女の武器そのものなのだから。


 しかし、一桜はそれを凝視できない。

 先ほどまで自分達を助けるために働いていた人間が目の前で死んでいるという現実を簡単には受け入れられない。


「一桜、離れているのだ」


 クエスはそう一喝すると、言葉通り一桜が離れたのを確認して、更に呪文を唱えた。


「ライズアンデット!」


 掌に白い光が集まり、再びその死体を包み込んだ次の瞬間、死体はゆっくりと立ち上がった。


 クエスは緊張した面持ちでそれを観察していたが、ゾンビは立ったまま動かない。


「門まで歩くのだ」


 ゾンビは緩慢な動きで向きを変えると、そのまま門まで歩いていった。

 さっきまでの素早い動きではなく、クエスが知っている普通のゾンビの行動だ。


「上書きは可能か、だがあの早さは……何か裏があるのか?」


 彼女にしかわからない考察の間、死体が更に立ち上がった恐怖に一桜は震えていた。



「ダウンアンデット」


 呪文の効果で、ゾンビはまた糸が切れたように地面に伏した。


「怖がらせてしまったな一桜」


 小さく震える一桜をなだめるように近寄り手を伸ばす。

 しかし、その手を取ろうとしない怯えた彼女の目を見て、クエスは悲しい気持ちになった。



 ────そうだこの目だ。



 クエスは力を行使する度に、この目を向けられてきた。


 ネクロマンサーの魔法は死体を操ることから、忌み嫌われている。

 他人のために、助けるために、感謝されこそすれ恨まれる事はなにもないというのに。


 この目だけは、クエスの人生にずっと付きまとっていた。



「そうだな、もう私と一緒に居ない方がいい、本来私もあっち側の人間なのだ」


 その言葉を放つクエスの悲しげな表情に、今度は一桜がハッとした。

 信じていた者に裏切られた、寄る辺の無い不安に苛まれた、そんな表情を見て。


 彼女にもまた、人生に付きまとう心の傷がある。



────もう二度と、あの表情(かお)をさせないと誓った! 私に関わるどんな人に対しても!



 一桜は心の中でそう叫ぶと、立ち去ろうとするクエスの手を掴んだ。


「私は絶対に見捨てないから!」


 宣言に似たその言葉に驚き、クエスは一桜の顔を見たが、さっきまでの目はそこにはなく、信念の炎が燃える目に変わっていた。


 その瞳に写っている自分を、燃やそうとするかのようなパワーに、一瞬たじろぐ程だ。


「だが……」


「絶対に見捨てないよ!」


 握られた手に更に力が入る。



 クエスはほっとしている自分に気付いた。

 本当は誰かにこうして手を握って貰いたかったんだと。


 前の世界で強がって、ずっとずっと得られなかったものを……

 プライドや努力でカバーしてきたものを……

 一桜は簡単に越えてくる。


「私はこの責任を取るために、元凶と対峙しなければならない、それは危険でとても苦しいものなのだ……それでも……」


 クエス自身は、たとえ死ぬ事になってもこの騒動を止めると決めていた。だが、それに誰かを巻き込むとなると、簡単に決意できないでいる。

 だがこの言い方では、巻き込まれる側に判断を委ねる卑怯な言葉だと、クエスは言い淀んでしまった。


 しかし一桜は、その燃える瞳のまま。


「当然!」


 と言い放つ。


「……ありがとう、一桜」


 自然と流れる涙の雫は、クエスの干からびた心の中にも届いた。


 その潤いが新たな芽を出して、クエスを変えつつあることを、二人は知らなかった。

第一章 完


第二章では、この世界のゾンビの謎が解き明かされます。

今後のクエス達の検討を祈って、下方の☆を黒く染めて頂けると励みになります!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怯みつつもクエルちゃんの孤独に踏み込む一桜ちゃん。 表面だけのやさしさじゃなく、強い決心に支えられた行動が示されて、読んでいて心地よかったっす。 そんな一桜ちゃんのやさしさの原点みたいなと…
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