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05話『避難指示』

 激しい物音で目を覚ました二人。


 あれから更に話し込み、さすがに日が陰ってきたところで食事をとると、電池が切れたように眠ってしまっていた。


 飛び起きた一桜(いちお)は、同時にベッドの横に置いてあった木刀を手に取る。


 クエスも同時に目を覚ましたようだ。


 彼女の世界では寝ている時も安らぐことはなかった。

 常に周囲に気を配り、魔物の襲撃や、その信奉者からの闇討ちに気を張っていたからだ。


 この平和な世界に飛ばされたとしても、数日でこの癖が抜けるはずがなかった。


「誰なのだ?」


「わからないわ、こんな時間に……」


 一桜は目の端で時計を確認していた。夜中の1時を回ったところだ。


 再び鳴ったその激しい物音は、門を叩く音だ。今度は同時に男の声が響いた。


「誰か残っていますか? 自衛隊です、避難してください!」


 事態を飲み込めずに、一桜はたじろぐ。


「自衛隊……何で?」


 クエスは耳を澄ます。


「固い靴を履いた男性が10人以上、訓練されてる、包囲されているようではないのだ……」


「うん、私たちを助けようとしてるみたい」


 とりあえず、一桜は急いで玄関へ向かい、自衛隊へ向かって返事をした。


 自衛隊の方は、返事に対して安堵の雰囲気と共に、門を叩いた一人を残して次の家に走っていった。


「どうかしたんですか?」


 閂を外し門を開けると、若い隊員が綺麗に直立して待っていた。


「夜分遅くに申し訳ありません。自衛隊です。この地域に避難指示が出ております、速やかに避難してください!」


 はきはきとした声で出た言葉には、緊張感を感じた。


「避難って急に言われても……」


 戸惑っている一桜に、自衛隊は困ったように切り出した。


「あの……お嬢さんは、ゾンビって知ってますか?」


 突拍子もない話の切り出し方に、一桜はとりあえず「はい」と答えたが、内心その続きを想像は出来なかった。


「先日から、街で暴れていた者に怪我をさせられた住民が、同じように暴れる事件が起こっており、まるで街はゾンビ映画みたいになってしまっているのです」


 自衛隊の彼も、実際にその目で見るまでは半信半疑だった。


「とにかく、国はいくつかのセクションでこの地区を覆って、感染者を外に出さないようにしています。お近くの避難所で、そのルートを教えて貰えますので、それに従って脱出してください!」


 無駄に不安を(あお)るつもりは無かったが、避難をしないという選択肢を選んでほしくなかった。

 彼は元々この地区の住人でもあったため、一人でも多くの人を助けたいと必死だったからだ。


 その必死な訴えが通じたのか、一桜は「わかりました」と返事をした。

 一桜の事だから、ただ疑わなかっただけかも知れないが……


「山の上の第三中学校から、車が出てます。とりあえずはそこへ」


 自衛隊員は一歩下がると、改めて背筋を伸ばし、頭を下げた。そして、そのまま他の住民を助けようと、他の民家へ走り出していった。



 残された一桜は、門を閉めると閂をかけ、急いで自宅へ戻った。


「何だったのだ?」


 玄関にいたクエスは落ち着いた雰囲気でそう一桜に聞いた。


「自衛隊の人の説明は聞こえた?」


「聞こえたが、わからなかった。コモンラングルは一対一でしか通じないのだ」


 つまり、クエスには一桜と会話は出来るが、他の者と話す際にはそちらに魔法をかけ直さなければならないのだった。


 一桜は今の話をそのままクエスに伝えた。

 外の世界の人に、映画のゾンビの話をしても理解できるかはわからなかったが、この世界の人間が聞いてもどうせ理解に苦しむ内容には違いなかった。


 しかし、クエスの反応は思ったものと違っていた。

 目を一桜の足元辺りに落とし、青ざめているように見える。


「クエスちゃん、心当たりがあるの?」


 そして、悔しげに唇を噛むその仕草に、一桜はそう質問した。


 クエスはこちらへ飛ばされた理由と。道に倒れていた訳を、ここてようやく語り始めた。


 本来は情報交換の会話で伝えるべき内容だったのだろうが、このまま何も無ければ、知らぬ存ぜぬでやり過ごそうと思っていたし。何も起こらないかもしれないと、希望的観測で考えていたからだ。


 しかし、目の前の命の恩人を脅かして居るものが、自分の撒いた種だと確信し、語る決心が付いたのだ。



「私の国を守るために、私は魔神を封印した。しかし、その復活を恐れた世界そのものが私を消しにかかったのだ。私は仲間だった者を憎み、国を憎み、世界を憎んだ……そして、魔神の口車に乗ってしまったのだ」


 その端的な説明に、一桜が全てを理解できたかどうかクエスにはわからなかった。

 しかし、感受性が豊かな一桜はその言葉に涙を浮かべていた。


「魔神は私に最強の不死者を与えると言った。その願いは叶ったが、本来私が仇とする世界ではなく、こちらの世界へ飛ばされてしまったのだ……」


 クエスは語りながらも自分の軽率さに悔しさが溢れていた。


 ()と名の付く者にとって、契約とは絶対だと甘く見ていた部分があった。

 しかし、相手は魔神……怒りに頭が回らなかっただとか、死にかけていたので余裕がなかったなどという言い訳は効かない。


 契約は「最強の不死者の召喚」であり、元の世界の滅亡ではなかったのだから。契約は遂行されている。


「私がっ……! もっと慎重に行動すべきだったのだ! 魔神の言うことなどに耳を貸すべきではなかったのだっ!」


 膝を付いたクエスの目には、溢れんばかりの悔し涙が溜まっていた。

 そして、魔法使いの小さくて柔らかい拳が、床を叩く度に擦りむけて血が(にじ)む。


 一桜は駆け寄り、クエスを抱き締めた。


 それは苦しくなる程に力強く。


「悔しいね、悔しいよね……ずっと騙されてばかりだったんだね」


 涙が溢れないように必死で堪えるクエスとは対照的に、一桜は声をあげて泣く。


 まるでクエスが我慢している涙を肩代わりするかのように。


「一桜、すまない……こんな私のために泣く必要なんてないのだ……」


 だが一向に泣き止む様子がない。

 クエスは困ってしまったが、落ち着くまで一桜の頭を撫で続けた。



「────なんかごめんなさいクエスちゃん」


 落ち着いたところで、鼻と目を赤くした一桜がそう呟く。


「いや、一桜が謝る事じゃない。謝っても謝りきれないほどの事を私はしてしまったのだ」


「とにかく、避難をしましょう?」


「それより、この街にはゾンビに対抗しうる術者がいるのか?」


 クエスはこの世界に魔法がないということは理解したが、それだと事態が終息しないのではという懸念を持っていた。


「いやぁ、ゾンビなんか映画でしか見たこと無いし……」


 案の定、この世界にはゾンビに対する対抗手段が確立されていないようだった。


「逃げている場合じゃないのだ、私が止めないと……」


「とりあえず、ここを離れる準備をしなきゃだよ!」


 一桜は玄関脇の戸棚から、赤いリュックを出した。


「こんなときのための、防災グッズだよ!」


 中には日持ちする食料や水、懐中電灯、ソーラーパネルの携帯充電器などが入っている。


「あと、クエスちゃん、洋服それじゃぁ目立つと思うんだけど……」


 確かに、この世界での服装としては目立つかもしれないが……


「こっ、これはネクロマンサーの正式な服装だ。祖母から貰った大切な物だ、捨て置く訳にはいかんのだ。それに魔法耐性の付与もある、ただの布とは違うのだ」


「そうはいっても、目立つし……それに魔法を使うひとこの世界には居ないよ?」


「目立つ訳にはいかないのだが……」


「じゃぁ、着替えてこのリュックに入れて持っていく?」


「それなら……問題ないのだ」


 そういうと一桜は自分の部屋へクエスを引っ張っていくと、タンスを開けて服を引っ張り出した。


「うーんクエスちゃんの身長だと、私の小学生の頃のじゃないと大きすぎるかなぁ」


 ぶつぶつ言う一桜は、高校生の女子では少し高めの170cm。対してクエスは150cmを少し切っていて小柄だ。


 古い服をいくつか引っ張りだし、クエスに渡す。


「これは……また派手な服ばかりだな」


 クエスは苦笑いするが、それもそのはず、彼女は職業柄殆ど黒い服ばかりを着ていたから。


 クエスの魔法使いとしての戦い方は、死体を操り攻撃し、盾にするため、血の雨が降る戦場ほどその力を発揮できた。

 そのため、血が染みても目立たないような服を好んで着たのだ。


 しかし、いまクエスの手に乗せられているのは、ピンクのプリーツスカートに黄色のトレーナー、その胸には熊のプリントがしてある。


 クエスの苦笑いとは対照的に、一桜は嬉々としてそれをすすめてくるので、さすがのクエスも「郷に入らずんば郷に従え」と言う意味の言葉を呟きながら、服を脱ぎ始めた。


「なんだこれは?」


 全裸になったクエスが手に取ったのはパンティーだった。


「これは淑女の(たしな)みです、絶対履いてくださいね!」


 そういうと、一桜は無理矢理クエスにパンティーを履かせた。


「なんだこの装備は、窮屈なだけでなんの防御力もないのだ……」


 腰をモジモジさせながら抵抗するクエスに、スポーツブラを付けて、他の服も着せて行く。


「はい、これで普通の女の子に見えるよ」


「こんな拘束具をこの世界のものは付けているのか」


「すぐに慣れるよ」


 クエス用の着替えを数着鞄に入れながら、一桜はそう答えるが、クエスは一向に落ち着かないらしい。


「はい、これ持って、私も着替えを……」



 その時だった。

 先ほど自衛隊が叩いたように門を激しく叩く音が聞こえ、二人は驚いて飛び上がった。


「早く避難しないから、呼びに来たのかな」


 しまった、という顔をする一桜に対して、クエスの表情は凍りついていた。


「一桜……ゾンビなのだ」


 クエスは苦虫を噛み潰すような表情で、歯軋りをしたのだった。

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