49死後の光
一瞬放心しかけた一桜の目の前に映ったのは、銀色の鎧に掘り込まれた聖騎士のレリーフ。
「すまない、遅くなった」
「ライザックさん!」
ライザックはそのまま力押しでエグザスを押し返すと、無理やり距離を取らせる。
素早さの滝、技巧の一桜だけでは押しきれなかった戦いに、ライザックの力が戻ったことで戦況はかなり変わってくるだろう。
しかし、最終的にこのエグザスという化物は、不死の王を冠する通り、ただの打撃だけで倒せる相手ではない。
そこにミラックかクエスがいてはじめて塵に返すことができる理不尽な敵である。
「クエスちゃん!」
一瞬戦場に戻った一桜の意識だったが、やはりクエスを心配する気持ちに勝てはしなかった。
悲痛な叫びと同時に大切な仲間の姿を探す。
戦いの要である人物に、ライザックだけでなく、エグザスまでもが視線を投げる。
彼女が吹き飛ばされた放物線の先を見ると、地面に打ち付けられる前に、こちらも銀色の甲冑の男がクエスを優しく受け止めていた。
「バカ者、お前は前線に出る役目ではなかろうが」
「ノズル……なのだ?」
ライザックより分厚い装甲をガシャリと鳴らし、クエスを地面に座らせたのは、トランドール王国、筆頭剣士長ノズルだった。
「ほらよ、忘れ物だぞ」
そして彼は、サイドポーチから何かを取り出す。
その手には直径15センチはある人工水晶の玉があった。
クエスがこの山のゾンビ全部をこちらの支配下に置いた際に使用したものだ。
しかし、飛び回って戦う戦場では流石に邪魔になると思い置いてきていたのだが……。
登山中に一桜と一戦交えたあと、ノズルはそのまま下山することが出来ずに、クエス達の後を追っていた。
大規模な魔法を行使した場所に、ポツンと置かれた水晶玉を、忘れ物だとでも思ったのだろうか、持ってきていたのだった。
「あれば助かると思ったんだが」
喜ぶと思って持ってきたというのに、反応が芳しくなかったからか、手甲から延びる剣士にしては細い指で鼻頭を掻いている。
ノズルは剣の腕は物凄いのだが、魔法はからっきしであるがゆえの、でかい方が強い的な理論で持ってきた様子だ。
だがクエスは息も絶え絶えの状況。
咳き込むと口から血の泡が出ている。
「肋骨が肺に刺さっているか!」
どうやら返事をしなかったのは、この怪我のせいだと理解したノズルだったが、今度はその重傷に気付いてあわてふためいている。
地面に寝かそうとするも、少し動かしただけでクエスが苦しそうにするものだから、結局動けないまま、どうすることも出来ない。
剣の道だけを極め続けた不器用な男なのだ。
あたふたと慌てるノズルの腕のなかで、クエスの意識はどんどんと暗闇に沈んでゆく。
「私がアイツに止めを刺さなければ終わらぬというのに! 体が動かないのが悔しいのだ!」
口から溢れる血液のせいで、言葉になどなっていなかったが、コモンラングルで通じている一桜にだけはその言葉が伝わった。
一桜は奥歯を割れんばかりに噛み締めると、クエスから目を離し、虚空の骸骨の目を睨み付けた。
「私が、この化物を!」
そう言って正眼に構えると、そのままエグザスへと切りかかる。
本来相手の攻撃をいなすのに特化している閂流ではあるが、どう見ても一桜は正気ではない。
だがそれを両脇の男は止めはしなかった。
なぜなら彼らの目にも怒りの炎が灯っていたからだ!
三位一体となってエグザスに飛びかかる。
いっぽうクエスは自分の体がどんどんと冷えてゆくのが分かった。
まだ魔力は残っている、この水晶を使って、最後に、魔法、を……
声にも出せずに、ただ頭の中で繰り返すようにそう願うが、その視界も思考もどんどんと狭まっていく。
このまま、死ぬわけには。
その思考を最後に暗闇に包まれていった。
そんなクエスの体を暖かいものが包んだ。
スッと痛みも引いてゆく。
目の前の暗闇が激しい白に塗りつぶされる。
「そうか、私は、死んだのだな」
男性の腕の中で息耐えるという、何ともドラマチックな最後のような気もするが。
「それがノズルではどうも締まらないのだ」
と、いまでは痛みもないクエスは失笑する。
そう思うと耳元で自分の名前を叫ぶノズルの声が聞こえ始める。
「クエス! しっかりしろクエス!」
この男は一度自分を裏切ったのを忘れているのか? とも思うほど心配そうに叫んでいる。
いや、この男もそうだが、誰も自分の信念を裏切ってはいなかったのだ。
ただ、私がそれを許容できる器が無かっただけなのだ。
そして、それをちゃんと共有すべきだったのだ。
ネクロマンサーという性質上、はじめから嫌われているものだと距離を置き、彼らの曲げ得ぬ信念を見ることも出来ず。
お互いの境遇を分かち合うこともしなかった。
もし私が、大教皇からライザックを呪い殺せと命令されたことを打ち明けていたら、それを断ったと伝えていたら。
ライザックの計画も修正され、私が殺される過去は無かったかもしれぬ。
もし私が、ノズルの気遣いを理解して、不器用ながらもこのパーティーの調和を保つために必死に声掛けをしてくれていた事に気付いていたら。
相談のひとつも出来ていたかもしれぬ。
もし私が、ミラックの……。
いや、ミラックは無いのだ。
あやつはどうにもならんのだ。
「クエス! 目を開けろクエス!」
それにしても煩いのだ、耳元で叫ぶでないのだ!
「クエス!」
「ええい!! 煩いのだっ!」
自分を抱き抱えるノズルの鼻っ面に、鋭いパンチが炸裂した。
同時に自分の体が動くことに驚くクエス。
暖かな光が内蔵の位置をもとに戻してゆく。
折れて刺さっていた肋骨が、肺から抜け、元の部分にぴったり収まっていた。
肺に貯まった血液がまでもが血管へと戻っているのがわかる。
「この、回復魔法は!」
クエスは顔を上げ、ミラックへと視線を送る。
ミラックはライザックを癒していた場所にうつ伏せで倒れていたが、その手だけはこちらに向かって伸ばされている。
「ミラック! お主!」
「……最後にお前に一発お見舞いするだけの魔力は、取って置いて、あるって……いったろ?」
うつ伏せのままそんなことを言う。
どんな表情をしているかは分からなかったが、クエスは回復魔法の効果とは別に、熱いものを心に感じながら、ノズルからその大きな水晶を奪い取った。
「おっ、おい」
その大胆な行動に、赤くなった鼻を押さえたノズルは、心配そうに手を出しかけたが、そんなものは不要のようにクエスは一人で立ち上がる。
「時間を稼げノズル! これで終わらせるのだ!」
と叫ぶクエスの声にあわててノズルも剣を杖がわりに立ち上がるのであった。




