48エグザスの罠
とはいえライザックが復帰するまではまだ数分かかるだろう。
それまではなんとか時間稼ぎをしなければならない。
「ホッパー!」
クエスの足元に魔方陣が浮かび上がると、弾かれるようにその体が一桜達の居る戦場へと飛び上がる。
近づいて事で分かったが、一桜はかなり息を荒らげているし、あの無表情の滝もその眉間にシワを寄せている。
ミラックを運ぶのに2分と掛かってはいなかったが、人間が全力で動ける時間というのはその程度で限界でもある。
ボクシングの1ラウンドが3分であるのもその理由からだ。
そのうえ滝の右肩は血で濡れており、力無く下がっていた。
「ダウンアンデット!」
クエスはその場に魔法を発生させた。
生者である一桜と滝には変化はないが、エグザスはそれに触れまいと、大袈裟に距離を置く。
その一瞬ではあるが猛攻が止み、一桜は大きく息を吸った。
エグザスはその体にいくつもの刀傷を受けているようだったが、それが彼の動きを阻害しているかは甚だ疑問だ。
実際、黒剣を構え直し迫り来るエグザスに衰えは感じない。
黒い剣が振り抜かれるのを、一桜は必死でずらし続ける。
アンデットであるエグザスの勝機は畳み掛け続けること。
呼吸やスタミナというものに縛られない戦いを続け、人間の疲労を誘うだけで最後は必ず勝てる。
実際これだけ息が上がっていると、繊細な動きを必要とする閂流の真髄は発揮できないのではないかとすらクエスには思える。
「ダウンアンデット!」
押され始めた状況をみて、クエスは何度も仕切り直すが、それで稼げる時間は数秒でしかない。
魔力媒介である水晶のブレスレットはミラックに渡してしまったので、今はそのまま魔力を放出させているため、限界の近さを感じていた。
エグザスが大きく右の剣を叩きつけるのを、一桜は左に逸らす。
制服の半袖に掠りながら剣が下に落ちたのを滝が踏みつけ、動きを奪った。
剣術はバランスだ。
ただ腕の力任せに振っても、技巧も体重も乗らない剣であれば一桜にとって驚異ではないだろう。
こうやって隙を作っては少しづつ攻撃を繰り返していく。
この時点で滝と一桜のコンビネーションは、もはや一心同体に近いものがあった。
魔力や気というものの修練の先にある「先読み」の能力が開花しているのかもしれない。
しかしそれを本人達が自覚しているかどうかは分からないが。
右の剣を押さえられたエグザスは、苦し紛れに左の剣を一桜へと振った。
それを斜めに構えて一桜が上方に弾き上げる、それは振り抜く方向にさらに押し込まれたことで、エグザスの肉の付いていない手を離れて飛ばされる。
もちろんその隙を逃す一桜ではない。
「天下一閃!!」
上方に持ち上げた刀を翻し、今度は下方に振り下ろす。
閂流の技の一つが、鍛練に鍛練を重ねた一撃がエグザスに迫る。
そしてもう一人、その隙に乗じたものがいた。
クエスはもはや自分の魔力の限界が近いことを知っていた。
放出系の魔法の使い方ではもう数発も撃てないだろう、だが手に纏って直接攻撃すればその限りではない。
一松との戦いでも同じような戦況になったのは記憶に新しい。
クエスは一桜の渾身の一撃に合わせて、エグザスの懐に飛び込んだ!
だが、それこそがエグザスの罠だったのだ。
エグザスは滝に踏まれていた右手の剣を離すと、もう一本地面から新たな黒剣を召喚した。
同時に一桜の刀はエグザスの左肩に命中し、鎖骨を巻き込んで、肋骨を3本叩き折った。
しかし、そんなことに構わずに、エグザスはクエスに狙いを定め剣を振るう。
「カフッ!」
肺の中の空気が逆流し痛みに声を上げることも出来ない。
幸いネクロマンサーの法衣はそんな斬撃に対しても切れることはなかったが、確実に肋骨を数本粉砕し、内蔵にダメージを与えただろう。
クエスの体は力なく宙に舞い、スローモーションのように放物線を描く。
──エグザス……いや、魔神にとって、クエスだけが懸念であった。
この世界から戻ることが出来るのはクエスの魔法だけだからだ。
最初は盤面の駒がクエスだけだったので、楽しむために生かしておいたのだが、憎き勇者パーティーが戻ってきて、あまつさえ遊戯板に転がり込んだ以上、クエス一人居なくても十分に楽しめると考えたのだ。
実際ここでエグザスが倒されようとも、新たな眷属を送り込めばずっと、何度でもあそべる、と。
一方一桜は落下してゆくクエスから目が離せなかった。
目の前の敵にばかり集中して、守りたいものを守ることが出来なかった。
倒すための戦いではなく、守るための戦いをしていたはずなのに。
大切なものが掌から溢れてゆくような感覚に、怒りとも、悲しみとも知れない感情で心が埋め尽くされてゆく。
そういった心の動きか無いエグザスは、心ここにあらずになった一桜の隙を逃す筈がなかった。
クエスへと放った狂刃を、今度は真っ正面から黒髪の天辺へと振り下ろしたのだ!
「ガギィン!」
だがその凶刃は別の固いものに阻まれたのだった。




