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47水晶の数珠

 クエスの視線の先。

 壁の無くなった建物を吹き抜ける風が、黒煙を薄くさせるなかに、いまだ脅威の存在は立っていた。

 法衣のようなものは消え失せ、威厳のようなものは感じられなかったが、いまだその眼光には赤い炎がちらついていた。


「よくモ、私をここまで追い詰めたナ」


「ご自慢の手下はもう品切だろう、観念するのだ!」


 クエスの手にはあの巨大な水晶はなく、今はいくつもの水晶を紐に通したブレスレットのようなものを握っている。

 これだけでもトランドールに居た時の杖より格段に性能が高い。


「我は既に朽ちた身ダ、死は恐れるに足りヌ!」


 そう言うと、今度は目の前に黒剣を引きずり出す。

 そしてトランドール語で呪文を呟くと、眼底の赤い炎が揺らめいた。


 ──瞬間!

 対峙していた戦列にエグザスは現れ、銀色の鎧が弾け飛んだ!


「ライザック!」

 辛うじて剣の腹で受けたようだが、着地ができなかったのか、鎧が火花をあげ派手な音を立ててながら石畳を転がってゆく。

 聖騎士の名前を呼んだクエスは、その早さに付いていく事が出来なかった。


 しかし、一桜と滝はその一撃の隙を狙ってナイフと、宝刀閂門一閃(かんもんいっせん)を同時に振り抜いていた。

 滝のナイフは上腕二頭筋骨に当たったが、やはりその軽い攻撃では傷を付けるのが精一杯だったようだ。

 エグザスもそれを見越してか、防御をする素振りすら見せない。

 逆に一桜からの一撃に対しては、黒剣をもう一本地中から生やして受け止める。


「早すぎるのだ!」

 クエスも一瞬送れてその場所にダウンアンデットを放つが、またもや素早い動きで距離を置かれた。


 エグザスもクエスと同じく術者であるという先入観が、対応を送らせていた。


「お前は、スケルトンの秘術を自らにかけておるのだな!」

 同業であるクエスはその秘密にすぐに気がついた。

 実際、一桜の父である一松への魔法も、スケルトンとゾンビの魔法をかけて、より機敏に動けるようにしていた。


 人間が動く際には、骨を起点に筋肉で引っ張って動かしている。

 だが、骨自身がその動きを補助することで、素早く、負担無く動くことが出来るという原理なのだろうが。


「骨しかないお前の事だ、スケルトン化の術と、紋章による古いスケルトン化の術の二倍がけと言うところなのだ」


「一目で見抜くとハ、流石我が育てた術師ヨ、だが分かったところでどうにか出来るものかナ?」

 次の瞬間には、赤い目の炎を残像にしながら飛び込んでくる。


 それを瞬時に前に出た一桜が受け止め、流す。

 黒剣は魔力であるにも関わらず質量を持ち、一桜はいなすだけでも体制を崩されそうになる。

 その隙を滝が埋めようとするが、ナイフでは分が悪い。

 実際、滝の事など眼中に無いかのようにエグザスは一桜へと剣を振り下ろそうとする。

 滝はナイフを使わず掌底によってその持ち手部分を横から弾いた。

 その差は少しのものではあったが、一桜の正面からずれる。

 そのぶん一桜もほんの少しだけ避ける幅が小さくなる。


 その小さな隙が生む一撃が、振り上げられる一桜の刀に重みを感じさせた。

 エグザスは距離を置くが、その頭蓋骨には縦に傷が入っていた。


 きっとこの程度の傷などで骸骨の動きには全く変化はないだろうが、それでも一撃を与えたという事実は、この組み合わせで優位にあるという現状を物語っていた。

 そういう、流れだとか、勝機のようなものが戦況を変えることは大きい。


 右目の眼底から延びる傷に赤い炎が広がる。


 黒剣をもう一本取り出すと、今度は滝を目掛けて飛び込んだ。



 3人の戦士が戦う様を、術師は見守る事しか出来なかった。

 魔力弾は遅い。

 あのスピードのものに当てるのは無理だと感じていた。


 そうなると、油断してしまい最初に飛ばされた聖騎士を戦線復帰させるのが定石だろう。

 こちらへの攻撃を一桜達が防いでくれている間にどうにかしなくてはならない。


 そして回復のエキスパートと言えば、クエスの隣にいる。

「ミラック……」

 数年の間同じ目標を目ざした二人だったが、彼女の名前を呼ぶことはほとんどなかったように思う。

 それはミラックに関しても一緒であった。


「悪い。さっきの回復で打ち止めだ」

 目は虚ろで、足元がふらついている。

 魔力がもうほとんど残っていないのだろう。

「最後にお前に一発食らわしてやるだけの魔力は取ってあるけどよ」

 口の減らない彼女だったが、この戦況でライザックを回復できない事には口惜しいものを感じていた。


「エリン! ライザックの様子はどうなのだ!」

 叫ぶクエスに驚いたようにしながらも、既に回復を始めていたエリンだったが。


「だめっ、私の回復じゃ、こんな傷治せない」

 無尽蔵に近い魔力を持っていたとしても、きれいな刀の切り傷とは違い、内蔵へのダメージ等を治すにはもっと高位な回復技術が必要であった。


「杖さえありゃぁな」

 ミラックの手にも愛用の杖は無い。

 クエスもそうだったように、この世界へ飛ばされたときに持って来れなかったのだろう。

 それでも自分しか彼を治療することはできないだろうと、足を引きずるようにライザックのところへ向かおうとする。


 あの分では、治療の途中で魔力がなくなって倒れてしまうだろう。

 もしくは限界を越える魔力を使うことで、ミラックの方が廃人になってしまう可能性だってある。


 そんなミラックの背中を、クエスは見ていた。

 彼女は自分にとって魔神と同等に憎い相手ではある。

 しかし、いま仲間を助けるために自分を犠牲にしてでも、進むだけの義務感のようなものを持っている。


 確かに、宗教の違うものに対しての差別や、自分に対しての敵対心だけを見ると、本気でどうしようもない人間ではあったが。

 そんな人間でも、自分が守りたいと思ったものに対しては真摯に向き合う人間なのだ。


 彼女にとっての好き嫌いというのは。

 彼女の何かの信念に沿ったもので。

 クエス自身がそれを理解できていないだけかもしれないのだ。


 クエスは唇を噛んだ。

 あの日、ミラックに蹴られた傷と同じ場所から血が出る。

 その時の憎さ、悔しさがフラッシュバックする。

 (ゆる)せる訳がない?

 この女がどうなってもいい?

 そう思ってしまう闇が心を飲み込みそうになる。

 だが!

「私は、それを乗り越えるのだ!」


 クエスは走り出しミラックの腕を持ち上げると、自分の肩に乗せた。

「おっ、おい!」

 ミラックが何かを言おうとするのを無視して、右手に持っていた水晶の数珠を差し出す。

 それが恐るべき魔力の増幅器であることを瞬時に理解したミラックは、二の句が次げなかった。

 一粒一粒が国宝級の水晶がいくつも繋がれている事に一瞬で気付いたのだろう。

 だがまさかその一粒は500円程度で買えるものだとは流石にわかるまいが。


「お前が使うのだ」

 無理矢理彼女の腕に通すと、つんのめるミラックを引きずるようにして怪我人の元へと連れてゆく。


「こいつなら、残った魔力でもなんとかなりそうだな」

 ミラックは礼の一つも寄越さなかったが、クエスとしてもそれでよかった。


 治療を始めたミラックを置いて、クエスは立ち上がり、一桜達を見る。


「終わりにするのだ!」


 その目には青い炎が点っているようだった。

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