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43『救える命』

 自衛隊と戦うために山を中腹まで降りていたゾンビは、クエスの命令によって回れ右させられていた。

 そのまま山を登って発電所へと上がって行く。


 さっきまで血で血を洗う戦いが繰り広げられていた戦場は、ゾンビになりきれなかった死体が取り残される形になっていた。

 ゾンビは腐っても脳で動くために、脳が破壊されているとゾンビにはならないからだ。 


 その場に残ったのは古沢と、救護班。

 作戦本部を改造し、取り急ぎの救護施設を作っていた。


 そこに一人の自衛隊が、ぐったりとした隊員を担いで戻ってくる。


「生存者が取り残されていました」


「よし、早速手当てしてやれ」


「該当地域にはまだ数名の負傷者を確認できました、もう一度救援に行って参ります」


 運んできた自衛隊員は敬礼をすると、服についた血なども気にせず走り去っていった。


「クエス君の言う通りか。ひとりでも救える命があれば ありがたいとは思ったが……」


 ノーライフキングが使っている魔法は、骨を強制的に従わせる魔法で、本体が生きていても無理やり動かすことができる。

 だが、ゾンビの魔法は、死体を動かす魔法だ。

 生きている者には効果がない。


 つまり、山頂へ向かってゾンビが去ったこの戦場で動くものは、まだ治療すれば助かる命であるということだ。


 これもクエスの指示で、一桜が古沢に伝えていた作戦のひとつ。少しでも多くの命を救うために、古沢はここに残っていた。


 そうこうしているうちにも、数名の生存者が運ばれてくる。


 古沢はその様子を見てホッとした。

 思ったよりも数が多い。


 やはり一般人と違い訓練された兵士。

 噛まれるとしても致命傷で無いところを噛まれているのだろう。

 指やスネといった、出血多量で死ぬほどではない場所に傷があるのが幸いしたのか。


「人外の化け物の件もある、警戒は怠るな」


 せっかく助かった命を、危険に晒さないようにしながら、古沢は彼等の健闘を祈るのであった。


 そう、普通の人間が出来ることなどそれくらいしかないのだから────。




「出たのだ!」


 戦況に目を凝らしていたクエスが、天空からの光の奔流(ほんりゅう)を見逃すわけがなかった。


 それは一点を中心として雲が割れて行き、太陽の光よりも明るい光線が束になって降り注ぐ、ミラックの得意技の一つだった。


「あやつめ、なんと無慈悲なことを」


 その光に当てられると、脳内に情報の濁流が押し寄せる。

 それは彼女が信じて止まないランドール教が、いかに崇高であるかを説くものであったが、その内容たるや凄まじく。

 まるでダムを決壊させ、普段はせせらぐ小川に大量の土砂を流し込むようなもので。

 小川が以前のような清流を取り戻すまでに、相当な時間がかかるというのは想像に易いだろう。


 ゾンビであればもう命を有していないので問題はないだろうが、自衛隊や一桜などはひとたまりもない。


 クエスはたまらず飛び出した。


「ホッパー!」


 空中に足場を作り前に飛ぶと、ミラックのいる方に当たりをつけ、さらに飛ぶ。



 対面はすぐに訪れた。

 しかし不思議な状況に、クエスは目を疑うことになる。


 空から銀色の小さな紙吹雪が散る中で、ミラックが片ヒザをついて一桜を睨んでいる。

 庇う右手は折れている様子だ。


「一桜!」


 クエスはここに来るまで、第一声はミラックへの罵倒を考えていた。

 勇者パーティはそれぞれの信念をもって戦い、世界とクエスとを秤にかけて、世界を選んだに過ぎない。


 しかしこの女は違う。

 好き嫌いで人を殺せる。

 自分の最後の場面でも、不必要に顔を蹴りあげられた怒りは許しきれないでいた。

 それは明らかに人を見下し、バカにし、その人生すらも嘲笑(あざわら)う行為だった。


 しかしどうだろうか。

 その相手が、なす統べなく叩き臥せられている。

 この光景に理解が及ばずに、着地すると彼等の元まで走った。


「クエスちゃん! 無事だったんだね」


 先程までミラックへ牽制するように向けていた険しい表情を、別人のように和らげる一桜。

 その傍らには、バズーカに次弾を込めている滝隊員の姿も見て取れた。


 しかも驚いたのは、そこに遅れて現れた騎士ライザックと、魔法使いエリンの姿。

 一瞬臨戦態勢をとるが、ライザックが手の平をこちらに向け、頭を振ったことで、戦う意思がないことを理解した。


「ライザック、裏切ったのかてめぇ!」


 トランドール語で喚くこの女こそがミラックだ。

 白と青のローブは金糸で縁取られ、上品かつ清楚に見えるだろうが、その女は金髪を振り乱しながら、口からは途切れることなく罵倒が出てくる。

 この状況でも敵愾心(てきがいしん)が消えないというのは凄いが。彼女がいかに広範囲かつ回避不能な魔法を使えるとしても、瞬間の戦いではこの手練れに敵うことはない。

 しかも、すでに彼女の右手は折れている。

 魔法を発動させる際、指向性をつけるために掲げるのにも激痛が走ることだろう。


「裏切り? 勘違いしないでくれ、私は私の信念を裏切ってはいないよ」


「お前の信念なんてどうでも良いんだよ! 私達の目的のために、クエスの首を持ち帰る話はどうしたよ!」


 いつも通り、真っ直ぐに自分を表現するライザックは、彼を知っているものからすると信用に足る人物だ。

 しかし、そんなリーダーの言葉も、ミラックには届かない。

 彼女は独断的で、自分の思いどおりにならないと気が済まない。


「くそっ! 目の前に首があるっているのに!」


 とても整った顔を、自らの怒りでグシャグシャに歪めるのを見ると。

 アイドル的扱いを受けていた軍属時代と、同じ人間だとは思えないほどだった。


「ミラック。ノーライフキングは約束を守らないだろう。彼は殺戮(さつりく)を楽しみ、自分の力を誇示するだけの怪物だ」


 言い聞かせるように言葉を選ぶライザック。


「じゃぁどうやって帰れば良いんだよ!」


「クエスは召環術が使える。彼女ならきっと帰る方法を見つけ出してくれるさ」


 その言葉にクエスは身動ぎした。

 確かに彼等を還すのは(やぶさ)かではない。

 しかし、いまだにミラックだけは(ゆる)せずにいる自分がいたのだ。

 その反応を見せまいと努力をしたが、元来人心掌握術に長けているミラックには、彼女の気持ちが手に取るようにわかった。


「さぁ、どうだろうね、こいつがそれを守るなんて思えないけどな、薄汚い死体をオモチャにする一族がよ」


 言いながら、唾を地面に吐き捨てる。

 名前も呼びたくないのだろう。


「君は取り敢えず捕縛させてもらう、帰って処分や方針は決めればいい」


 そういうと、エリンの肩をポンと叩くライザックに、驚いたように飛び上がりながらも、束縛の詠唱をミラックに施す。

 両手と腰がオレンジの赤い膜に覆われ、それぞれがくっついた。お臍の当たりで、両手を組んでいるような状態で、このまま魔法も使えないようにされている。


「まて! さっきは魔法も使えなかったのに!」


 一瞬遅くミラックが叫ぶ。


 先程、一桜が一足先にミラックの元に辿り着いたとき、ミラックはその手から魔法を放って彼女たちを殺そうとした。

 しかし、一瞬早く放たれた滝隊員の砲撃に掻き消されるように、練った魔法が霧散してしまった。

 そこを一桜に詰められ、刀の峯で腕を叩き落とされたのだった。


「これはチャフっていう魔法を無効化する魔法なんですよ」


 一桜が笑顔でネタバラシをするが、コモンラングルを使っていないミラックに伝わるわけもない。


「魔力は電気信号みたいなもので、人や自然に働きかけて魔法に変えるみたいだったから、魔法になっちゃう前だったら、このチャフで乱してあげれば何とかなるんじゃないかと思ったの!」


 自信満々に一桜が胸を張る。


「と、俺が言った」


 だが、その情報元が滝であることをばらされて、目を細くして口を尖らせている。


 滝隊員は、クエスに魔法の使い方を習って、一晩かけて自分なりに理解を深めた。

 考えてみれば、一桜の父である一松と戦う前後では既に夜目が効いていた。

 彼は無意識に魔法を行使していたのが幸いして、その上達も早かったのだろう。


 水晶に小さな電気を流すことで振動する話や、人間も自然も魔力を持ち得る話から、一種の電気信号やパルスのようなもので、力を引き出している。もしくは現象を起こしているのではないかと考えたようだ。


 彼の撃ったチャフは彼の手製で、アルミホイルをハサミで小さく切り裂いたものだ。

 この程度のものとはいえ、異世界でその真実に辿り着くものも、こういった知識があるものも居なかったのが幸いして奇襲が成功したということだろう。



「さぁ、この調子でノーライフキングを止めにいく。彼になら遠慮は要らないだろう。純粋な悪であり、死人なのだからな!」


 ライザックが先陣を切るようにそう声をかける。

 その言葉の奥にはどこかホッとした響きがあった。

 こんな人物でも長く苦楽を共にして来た仲間であるミラックが、殺されずに居たことに安堵を覚えていたのだ。

 全員でトランドールへと戻ることができるというのが、彼にとっての一番の終わりかたであったからだろう。


 そんなことを知るよしもなく、全員が最後の砦になってしまった発電所を見上げる。

 そこは変圧器や伸びる鉄塔を要し、シルエットはまさに魔王の城と言わんばかりの様相だった。


「もうすぐ終わる」


 そう呟いたのは誰からでもない、ここにいる全員の思いだった。

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