42話『無邪気という武器』
ライザックは、エリンに目配せをする。
エリンも彼の表情に変化を感じたのか、滝に促されて、動けないライザックの近くへと集まった。
「エリンさん、回復魔法は使えますか?」
一桜がそう聞くと、エリンはビクッと体を震わせた。
「エリン、彼女には何の裏もないよ」
優しい笑みを湛えたライザックの言葉に、エリンは表情を少し緩め、彼の足に両手を添えて魔法を行使した。
みるみる血が止まり、肉が塞がる。
一桜達が知っている、クエスの回復魔法とは明らかに速度が違った。
「えっ、エリンさんすごい! もう治っちゃうの?」
単純に驚く一桜。
エリンはさっきまで敵だったとは思えないその反応に、どう接して良いのかわからない様子だ。
そのまま、ライザックの肩を治すと。
エリンは魔法が使えることに今更ながらに驚いた。
「なんで、さっきは使えなかったのに」
「こっちも魔法を使わせてもらったのよ」
一桜はそういいながら「秘密」とばかりに口に人差し指を当てておどけている。
「完全に私達の敗けだ、とりあえず貴殿の話を聞かせてくれないか?」
そのやり取りを遮るようにライザックが声をあげる。
多少の焦りを感じた一桜は、改めて彼らに向き直った。
「先程言いましたが、クエスちゃんはもう貴方達に贖罪を求めていません。きっと貴方達を元の世界に戻してくれます」
「にわかには信じがたい話だが……」
「負けたんですから信じてください」
「しかし、戻ったとて、私は彼女の首を国に持って帰らねばならん」
困ったというように唸るライザック。
しかし、一桜はその目を見つめながら、感じたことを口にした。
「ライザックさんは何のために戦うのですか?」
彼の実直さは、忠義ではない。
その奥にある大きな信念のために動いていると確信があった。
それは戦いという会話のなかで語られ、それを知られたことも、ライザックは理解したのだろう。
「ははは、参ったな」
彼は頭を掻くと、チラッとエリンの方を見てから話し始めた。
「トランドール王国を自分の物にするためだ」
エリンは驚いたが、こっちの世界の二人は驚くことはなかった。
「クエスちゃんから、今のトランドール王国の話は聞いています」
「今のトランドールは、魔神との戦いのために多くの人員を戦場へと引きずり出した。男手の居なくなった国民は生活もままならない苦難を強いられている」
「ですが、大義名分の元に出兵した訳ですから、国民は非難の声もあげることが出来ない、と?」
まるで戦時中の日本のようだと、一桜は感じた。
「体裁だけで、中味がスカスカなあの国を、私が建て直せればと……」
エリンは今初めてライザックの真意を聞いたのだろう。
驚いたように目を丸くさせている。
「私は、この魔神討伐の暁には、国王の娘と婚約をする話になっているんだ」
「魔神討伐の勇者を、王家に迎え入れるとなれば、もう誰も逆らう国民は居ないでしょうね」
一桜の言葉に、ライザックは頷いて続けた。
「だがすでに私の味方をする派閥も多い、凱旋した暁には、私が正式に国王を名乗る日も遠くはないはずだ。それからでも国の再建は可能だ。……もうエリンやクエスのような戦いに縛られた子供を戦場に駆り出すような世の中にはしないつもりだ!」
だんだんと強くなっていく語気に、エリンは気づいた。
彼は、冷たい青い炎のような男性であると思っていた。
だが今までそれに触れてみようとは思わず、いざそれに近付くと、とてつもない高温の炎であると気づいたのだ。
そして自然と涙が溢れていた。
「だが、その道半ば、こんな異世界に来てしまい。……いや、仲間を手にかけたその時には想いは狂ってしまったのかもしれないな」
呟きながら項垂れるライザックに、涙目のエリンが飛びついた。
「ですが、そんなに甘くはないんでしょう?」
一桜は静かにそう言う。
「討伐対に出る前に、クエスちゃんは国の神官からこう言われたそうです……戻る前にライザックを呪い殺せと」
ライザックは顔を上げた。
「仲間も多いが、私は敵も多かった。そんな事を言う人間の一人や二人は居たかもしれない」
「それが神官長だったとしてもですか?」
クエスの話では、神官長はトランドール王国の国教を司る最高司祭の事だ。
もちろん一人しかおらず、国王ですらその意見は一目置かざるお得ない相手だ。
その人物であると知ったとたんにライザックの顔色が変わる。
「まさか、あの人は……私の後ろ楯になると言ってくださったのに」
「だと思いましたよ。そこでクエスちゃんが断ったから、今度はクエスちゃんの口封じをライザックさん達に持ち掛けたんじゃないですか?」
ライザックは、ギリッと奥歯を噛んだ。
所詮自分も彼らの駒にしか過ぎないと。
「約束を破る分、魔神より人間の方がたちが悪いですね」
一桜は呆れた風にそう呟く。
何故呆れたかと言うと、クエスの一言一句そのままに話が進んでいるからだ。
どうしてこうもトランドールの人たちは分かりやすいんだろう。
「で、クエスちゃんが言うには。皆で帰っていっそ国を乗っ取ったらどうかって」
にこやかにそう告げる一桜に、顔を上げるライザックは抗議する。
「まさか! そんな事をしたらどれだけの血が流れると……」
「貴方達とは関係ないこの世界の人間にこれだけ血を流させておいて、それ言います? 私の父も巻き込まれました。内輪揉めは帰ってやって欲しいです」
にこやかではあるが、その言葉の端が揺らいだ。
悲しみの刃が彼らの心に刺さる。
「それに、度重なる出兵や、増税で国民にも不満がたまっているんですよね? 帰ってきた兵隊さんも、不満ひとつ無いと思いますか?」
彼女が言わんとする事は察したのだろう。
ライザックは思案するように下を向いていたが、暫くすると目を輝かせて顔を上げた。
「まさか異国で自分が負け、諭される日が来るとはな」
今までの彼とは表情が違う。
エリンは彼に赤い炎を見た気がした。
「済まなかったな、一桜殿。これ以上貴殿の国の人々に危害を加えるつもりはない。クエスと合流して、さっさとあちらに戻るとしよう」
そうあっさりと言い張ると、エリンの頭を撫でて立ち上がった。
「でも、クエスちゃんが私達を許してるってのが嘘だったら?」
エリンは恐怖に染まった目で、ライザックを見上げたが、彼はにこやかにそれに答えた。
「怨みが残っていれば甘んじて受けよう。それが彼女へしてあげれる最大限の償いだ」
憑き物が取れたようなライザックに戸惑いはあったが、エリンは素直にこう思った。
こっちのライザック様の方がいい。
そのやり取りを見て、ひとつ片がついたなと、一桜は息を吐く。
だが、瞬間空気が変わった事に気が付き。
その場の全員が空を見上げる。
「ミラック……彼女だけは、話して通じる相手ではない」
天から光が降り注ぎ、雲の切れ目から光が差し込んでいる。レンブラント光線、もしくは天使の梯子と言われるあの現象だ。
神秘的で美しいその光景を、ライザックは苦々しげに睨み付けた。
「あの光に当たってはいけない、脳を破壊されるぞ!」
「まだ、仲間が居る」
滝が苦虫を噛むようにそう言う、彼にとっては家族同然の者達だ。
「ミラックはどこに!」
「光の中心だろう、あの魔法は彼女を中心に形成される」
一桜の問いにライザックが答えた瞬間、滝と一桜は走り始めた。
その姿を見送るライザックは自分の立ち位置から、どう動くべきかを思案する。
信じるものを失った今、彼らのようにすぐに走り出せるのが羨ましくすら感じる。
「守るべきものがあるものの強さ、か」
呟いたライザックは、袖をエリンにくいくいっと引っ張られて目線を落とす。
エリンは静かに彼の目を直視して、こくりとひとつ頷いた。
「ああ、私もそう思っていたところだよ」
ライザックはエリンの歩幅に合わせて走り出す。
彼は嬉しくなった。
人の目を見れず、全てを疑い、怯えて生きてきたエリンが、今自分で動こうとしている。
しっかりと見つめあった彼女の瞳が、透き通るような赤色であることを初めて知ったライザックだった。




