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41話『迷いの戦士』

 二人の力は拮抗していた。

 魔法制御に覚えの深いライザックではあったが、一桜の見慣れない剣術に対して攻めきれないでいた。


────閂流抜刀術。

 それはただ剣を振るのではなく重心を捉えることに重きを置く剣術だ。


 例えばこの大降りの剣。

 その切っ先は凄まじいスピードで振るわれる。

 それはもう目に見えない程に。


 だが元を辿れば、すべて人間の腕から派生しているのだ。

 腕を振るうと同時に手首の返しで剣先を操っている、その剣にも重心がある。

 そこに刃物を当てることで、最小の力でそれを押し止めることが出来る。

 またその重心を横に払うことで、剣自体がぶれないまま横にずらすことも出来る。

 切っ先を逸らされるだけであれば、振り抜く途中で修正も出来るが、重さの乗った一撃を、今と90度に振り抜くなどという芸当は、当然無理がある。

 一歩遅れるか、または体重が乗らない軽い一撃を放ってしまうことになるだろう。


 また防御面でもそれは発揮されている。

 剣同士の戦いでは、単に敵を切り捨てる攻防だけでなく、相手の刀を弾いて防御を崩す陣取り合戦のような駆け引きもある。

 だが受けた刀の重心を、敵の刃の重心からわざとずらせば、暖簾に腕押ししたようにふわりと流れていく。

 まるで手押し相撲のように、相手の動きを操る技だ。


「っはは。私がここまで手こずるとは思いませんでしたよ」


 一旦攻撃の手を止めたライザックは、肩で息をしながらそう呟く。


 そして一桜も、二人の攻防のなかであるものを感じていた。

 同じトランドール出身であるノズルと比べ、ライザックの剣には迷いがない。だからこそ、心に隙が生まれず、決定打を与えられない。


 しかし、その強固な信念から、やはり対話などは完全に無駄だと悟った。


「ノズルさんの方が強かったですよ」


 彼との戦いは、本当に一瞬で終わった。

 しかし、彼が慢心せず、悩みも抱えていない状態であれば、一桜は勝てる気がしない。

 しかし、この目の前の男はただ黙々と剣を交えてさえいれば、いつか勝てると確信があった。


「ライザックさんの剣は、驚くほど素直なんですね」


 それは彼女のちょっとした驚きでもあり、最大限の褒め言葉でもあった。

 何故こんなに素直な人物が、クエスを殺し……また利用しようとするのだろう。

 それが不思議に思えるくらいだ。


「その冷たい目がなければ、私の心の方が揺らいでしまいそうです」


「ははは、私の王国への忠義は揺らがないよ」


 その心は、忠義という言葉に隠れて、きっと重いものを背負っているのだろうと容易に想像できるから。

 それを感じさせない彼の冷たい目が有り難かった。



 そのやり取りを黙って見ている二人がいる。

 もちろんその人間離れしたやり取りに、彼らが付け入る隙がないのは確かなのだが、こちらはこちらでお互いに動きを読み合っていた。


 一騎討ちを邪魔することは王国騎士にとって侮辱に当たることは知っているエリンだが、劣勢に見えるその状況に内心ハラハラしていた。


 同時に、滝も目の前の魔法使いが一桜や自分を狙って攻撃を仕掛けてくる事を危惧して目を離せないでいた。



 そんな外野二人の心情を知ってか知らずか、剣を交えていた二人は構え直す。

 一桜は刀を鞘に戻し、ライザックは身体のバネを最大限に使うかのように、よりいっそう深く腰を落とす。


 瞬間、お互いの身体が入れ替わった。

 いや、その一瞬の攻防は二人にしか分からなかったかもしれない。


 ライザックは一桜が飛び込んでくるのにあわせて、自身も地面を蹴った。

 しかし、一桜はその場から動いていない!


 気配だけを先に送り、さも自分が飛び込んだかのように錯覚させたのだ。

 実際これは一桜の必殺技でもなんでもない。

 自分の体を流れる魔力を一旦前方へ放出しただけに過ぎない。


 しかし、戦闘の中で成長し、そんな事をするとは露程も思っていなかったライザックは、大事な場面で引っ掛かってしまった。

 横に振り抜くブロードソードを、追いかけるように一桜の日本刀が切り進む。

 そのまま一桜も遅れて前に進んだ。


 日本刀はライザックの肩当てを滑り、鎧の留め具である革紐ごと、肩甲骨辺りまでを切り裂いた。

 ライザックは刀の制動を捨て、体をよじった事でその程度で済んだようだ。


 立ち位置が入れ替わった瞬間ライザックは振り向き、一桜の追撃に備える。

 紐の切れた右肘の鎧の一部が、力無くぶら下がっているのが邪魔だと、少しイラつく。


「閂流抜刀術──凪──」


 呟くようにそう言う一桜も、油断無く残心をとり向き合っていた。


 ライザックは、用をなさない肘当ての残った革紐を左手で引きちぎると、もう一度剣を構えなおした。


「まだ、私は負けるわけにはいかない」


 闘志溢れる言葉を吐くが。

 明白に不利に傾いているのは誰の目にも明らかだ。


 しかし先程と同様に、剣を構えて腰を落とすライザック。

 一桜にはその切っ先が小刻みに揺れているのが分かった。


「次が最後ですね」


 一桜もそう返し、真正面でライザックを迎え撃つ。



 瞬時、風が駆け抜ける。

 今度はその一合を、お互いの刀で受け合う形になった。

 互いの武器の刃がこぼれ、小さく飛び散った。


「ダメぇ!」


 半狂乱な叫び声と共に、一桜は大きく飛び退いた。

 スカートの裾を赤い熱線が焼くと、目標を失ったその力は、そのまま向こうの崖にぶつかって激しく爆発する。


「エリン!」


 ライザックはその状況をいち早く飲み込んだが、彼女を責めるでもなく、むしろ心配するような声色でそう叫んだ。


 そこに大きな銃口を向けている滝の姿が写ったときには、エリンにはもう遅かった。

 滝が放ったその攻撃に目をつぶると、ボンとあまり大きくない爆発音と共に、何か銀色の雪のような物体を浴びせられる。

 まるで誕生日のクラッカーや、アイドルのライブの紙吹雪。


 一瞬世界が硬直する。

 エリンは体になんら痛みも外傷もないことを理解すると同時に、目をつり上げて叫んだ。


「バカにしてぇ!」


 相手にされていないと思われたのか、驚いてしまった事への羞恥か。エリンは金切り声を上げて滝へと向かって腕を伸ばした。


「死んで、死んでよぉ!」


 その殺意は、無表情で撃ち終わったバズーカをわきに捨て、余裕綽々な滝へと向いたが。

 一向にあの破壊は訪れなかった。


「……何で?」


 何度も魔法を行使しようとしても、切っ掛けになる魔力が手の先で分散して形にならない。

 焦るエリンに、無表情で近付く滝。


 ついには魔法を使うのを諦め、恐怖に尻餅をついて後ずさりを始めた。

 だが滝はそのまま近付くと、静かにしゃがみ、彼女を抱き締めた。


「戦わなくても、ちゃんと帰れる」


 それは滝にしては文字数の多い言葉で紡がれたが、慈愛に満ちていて、包み込む腕からもそれが伝わったのか、緊張している腕から力が抜けた。


「何言ってるかわかんなぁい!」


 考えてみればコモンラングルは二人とも一桜にかけていたため、エリンには滝の言葉は通じなかったようだが。

 混乱し戦意を喪失したというのが現状だろうか。

 もしかしたら、滝の能面のような表情から何かを読み取ったのかもしれないが。

 それはもはや別の魔法でも使わないと無理なのではないかと、一桜は思った。


「あ、ライザック様!」


 思い出したようにエリンは彼を探す。

 呼ばれた当の本人は、地に膝をつき、剣を支えに項垂れている。


 先程、エリンが大砲に狙われた瞬間。

 ライザックは大きな隙を見せた。


 一桜はエリンからの魔法攻撃が無いと知っていたのか、そちらを全く気にかけず、ライザックの背後から右の膝裏を蹴った。

 そのまま、膝をついてしまったライザックのふくらはぎの部分を、すね当てごと貫通させていた。


 地面に滴る血が、剣士の戦いが続行不可能なことを告げている。


「殺すがいい」


 ライザックの吐き捨てるような台詞に、一桜は刀を地面から引き抜いて答える。


「ここからは私達のやり方で決着を付けます」


 刀を引き抜かれた痛みに呻き声を堪えるライザックに、一桜は手を伸ばす。


「私達は貴方達をもとの世界に帰してあげたいと思っています」


 その言葉に、ライザックは苦笑いした。


「どうやら、私の忠誠心は、君の頑固さに負けたようだ」


 少し恥ずかしそうに口許を緩ませた形で、一桜の手を取る。

 そこにあの冷たい目はもう無かった。

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