40話『二つの二人組』
もちろんその爆発を見ていたのは、一桜達だけではなかった。
クエスもまた、それが開戦の狼煙であることは容易に想像できた。
だがまだ姿を表す時ではない。
元来ネクロマンサーの仕事は姿を見せる必要などない。
しかし、他の者が標的になってしまっては本末転倒だ。
いつでも飛び出せるように構えながらも、気を張り状況を見極め続ける。
「ノーライフキングが姿を見せないのが、解せないのだ」
彼も自分と同じ、人前に姿を表す必要はないのだが。
それでもあの性格だ、どこかでこの惨状を眺めてほくそえんでいると思ったのだが。
それにこの状況だ。彼の手駒を私が横取りしたというのに、なんの反応もないのは不思議だ。
「あやつはここにいないのか?」
疑問は残るが、彼もまたこの戦場が大きく動くのを待っているだけかもしれない。
ノーライフキングの動向だけが、この作戦の不安要素でもあった。
爆発炎上した現場にいち早くたどり着いたのは、一桜と滝。
爆心地の外縁はまだ火が残っているようだが、中心地の近くは爆風によって木々が薙ぎ倒されていた。
「魔法すごっ……どう対処すればいいか聞いてくるんだったなぁ」
その惨状を目の当たりにした一桜は、冷や汗を滴しながら無策に躍り出たことを多少後悔していたが。
そんな一桜に対し、滝は落ち着いた雰囲気で一桜の肩を叩くと、軽く頷いた。
「えっ? 何か策があるんです?」
言葉は発さず無表情で親指をたてる滝に、この上ない安心感があった。
そんな二人は薙ぎ倒された木々に隠れること無く、姿を見せている。
どうせ敵はすごい魔法の使い手らしいから、魔力で相手の居場所を感じることができるはず。隠れても無駄だ。
案の定そんな二人の目の前に二人の男女が現れた。
全身を銀色の甲冑で武装した、身長180cm程度の男性は。短く整えられた金髪に、整った顔立ち、姿勢が良く非の打ち所がない。
しかしその目は冷ややかで目の前の一桜達の事を、心ある生き物だとすら思っていないように感じられた。
対する隣の女性は、緋色の髪を目深まで伸ばし、赤いローブを着ている。彼とは正反対に、視線はあちこちに泳ぎ、一向に定まる気配がない。
しかし侮るわけにはいかない。この女性こそ魔法の使い手。その一撃はここにいる全てを凌駕する破壊力を持っているのだから。
相対する二組は、お互いに値踏みするかのように、頭から爪先までを確認する。
そしておもむろに、金髪の男が口を開く。
「我が名はトランドール王国騎士ライザック、貴殿らはクエス・ラビリスという者を存じないか?」
いつの間にか発動していたのだろう、コモンラングルを使った質問が二人に届いた。
「もちろん知ってますよ、ライザックさん、エリンさん」
一桜は怯えた様子も無くそう返す。
その様子に目を細めたライザックだったが、多少嬉しそうにも見える。
「これはこれは、知り合いというならば話が早い。私たちが何故彼女を探しているのかも知っているのであろう?」
「魔神が約束を守ると思うの?」
いくつかの会話を飛ばして、一桜は核心を突いた。
さすがのライザックも平静を装うことは出来なかった様子だが、さっきよりむしろ嬉しそうに感じる。
この異質な反応、一桜には理解しがたかった。
「だが、利害は一致している。魔神は約束を破らぬものだ」
断言するその言葉使いに、他の選択肢を考えるつもりはないと伝わってくるようだ。
それはコモンラングルによる効果ではなく、この男の高慢不遜、そして揺るがない目的意識がそう語っているのだ。
「貴方とは話しても無駄なようですね」
一桜はため息をつくと、目線をエリンへと向けた。
「クエスは怒っていないわ、彼女なら貴女を元の世界へ連れ戻すことが出来る」
その言葉は彼女にとっては意外だったのだろう。
定まらなかった視線を、一桜の方に向けた。
その目からは、怯えや疑いを感じる。
これもコモンラングルの効果ではない、この人物もまたわかりやすい性格をしているだけなのだろう。
「嘘、私……クエスちゃんを、殺しちゃったんだよ?」
おいそれと許されるはずがない。
しかも、あれから一週間程度しか経っていないのだから。
「クエスちゃんは、今までずっと理不尽な世界で生きてきた。だからこそ殺されるって理不尽も、受け入れることが出来た。すぐには無理だったけどね」
そういう一桜の目から、エリンは何を受け取ったのだろう。
一桜もまた分かりやすい性格だ。
「惑わされてはいけませんよエリンさん、この世界の人間は私達とは違う生き物です」
戸惑うエリンを押し潰すかのような威圧感と共に、声が降りかかる。
彼女がハッと目線をそちらに向けると、ライザックの人を人とも思わないような冷たい目線に貫かれた。
その途端、より大きな恐怖に弾かれたようにエリンが喚いた。
「私は信じないっ! あんなことして簡単に許せるはず無いもん!」
完全な拒絶にも一桜は諦めない。
「大丈夫。ちゃんと会って話せばきっと分かるから」
その声は優しく包み込むように発せられ、エリンは頭を抱えながらも一桜の目を見た。
だがその瞬間、一桜に大きな銀色の塊が飛びかかる。
ライザックが一足の元にその距離を詰め、腰に下げた刀を引き抜いたのだ。
「人心を乱すのは悪魔の所業、貴殿らもあの邪神と同じ生き物なのだな」
断定的な敵意。
その狂刃を捌いたのは、一桜が手にした一振の剣だった。
ギィンと金属がぶつかる音がして、ライザックの剣がいなされる。
その対応の早さに、ライザックは相手の力量を認めて、剣の間合いの外まで下がる。
「見事な腕前だ。そんな細い片刃の剣で、よく私の一撃を捌いたな」
一桜の手に握られているのはいつもの木刀ではなく真剣だった。
父である一松が自分達へ振るった刀で、彼を火葬した際に滝に預けていたものだったが、この戦いのために使えと渡されていたものだ。
これこそ、閂家の家宝である名刀【閂門一閃】。
父がよく門下生に話して聞かせていたおとぎ話。
閂家のご先祖様が、敵の城に攻め込む際に門の向こう側の閂を、一撃のうちに切り落とし開門させたという。
その時の刀が、いま一桜の手に握られていた。
彼女の体は無意識のうちに身体強化されており、あんなに重かったはずの真剣も、今では木刀よりも軽く感じる。
「閂流抜刀術師範代、閂一桜……参ります」
その言葉と共に、一桜が上段に構えると、そのまま振り下ろす。
だが、先程ライザックは剣の間合いの外に逃れていた、そのまま振り下ろしても当たるはずがなかったが、一桜の体はその構えの体制のまま、一瞬で間合いを詰めてきていた。
剣道でいうところの摺り足だ。
これが袴であれば、後ろ足が完全に隠れ、本当に一瞬で滑ってくるように見えたのだろう。
しかしライザックも歴戦の猛者だ。
左足の筋肉が動いたのを察すると、ほぼ同時に後方へ下がった。
「なんという動きだ、躱すのでギリギリだった」
その剣筋はライザックの鼻筋を掠めるように振り下ろされると、次の瞬間には何事もなかったかのように、一桜の取る残心に収まっていた。
「だが妖力じみた動きといえど、一度見てしまえば同じ手には乗らない」
ライザックは隙無く体を低くし、腕をねじってやや右半身で剣を構える。
これはノズルが使っていたものとほぼ同じ大きさのブロードソードで、大きさも相まって、相手の鎧ごと叩き潰せるほどの一撃を繰り出せる。
もちろん、何の武装もしていない、制服姿の一桜が受ければひとたまりもないだろう。
しかし一切怯むこともなく、一桜は相対する。
「ライザックさんは私達の流儀では話が通じなさそうですね、仕方ないので貴方達の流儀で語らせて頂きます」
一桜の目は一端の求道者の目をしていた。




