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04話『ヘスティアの祝福』

 夜通し二人は語り合った。

 クエスはこの世界を理解するために必死だったし、一桜はクエスの世界に興味津々だった。


 ようやく一息ついた頃には、空が白んできた程で。

 話の終わりを告げる鐘は、クエスの腹の音。


「そういえば、ご飯まだだったね」


 一桜はそういうと、盛大に腹を鳴らせて赤くなっているクエスの手を引き、立ち上がった。


「キッチンに行きましょ」


 クエスにとって食事を作る場所が母屋にあるのは少し驚いたが、清潔で静かな場所であった。


「これだけ広い邸宅に、召し使いは一人も居ないのだから驚きなのだ」


「広いっていうけど、昔のお家はみんなこんな感じだよ」


 一桜の家は昔ながらの和風建築で、母屋と別に剣術道場が併設されている。

 昔は門下生の一部を下宿させていた事もあり、もう一棟あったらしいが、不況のおり狭くしたのだった。


 今は、一桜とその父親の二人暮らしなので、俗にいう一階平屋4LDKはもて余し気味ではある。


 一桜が冷蔵庫を開けると、中を物色し始める。


 クエスはそこから冷気が漏れでるのを感じ、目を丸くしたが、これが一桜の話に出てきた冷蔵庫かと呟き、心を落ち着けた。


 先ほど飲んだコーラという液体はここで冷やされていたのだろう、冷えているのは魔法のような効果なのだと。自分の中で納得することにした。


「うーん何もないよね」


 一桜は少し困った顔をしながら冷蔵庫を閉めた。


「実はちょっと前からあまり出歩いちゃいけないって言われて、買い物に行けていないんだよね」



 ────日本という国はとても平和だ。

 なにせ、紙の扉一枚で隔てた家に住んでいるのだから、そんなのはクエスにすら見て取れる。


 しかし、その平和が昨今揺らいでいた。

 何が不満か街に暴徒の一団が出て、多くの死傷者が発生したということで、近隣の者は戸締まりをし避難しろと言われたそうだ。


「まぁまだ3日くらいだし、なんとかなるけど……早く収まってくれないかなぁ」


 ふてくされる一桜は、恨めしそうに最後の一本になったコーラを飲むか迷って、諦めて戻した。


「じゃぁカップ麺にしますか」


 そう言うと、水屋の中からカップラーメンを取り出した。


 クエスに仕組みを解説しながらお湯を注ぐと、三分後には出来上がる。


 もちろんクエスにその説明はちんぷんかんぷんだったが、とりあえず女神ヘスティアの加護が掛かっているのだろうと、これも独自ルールで解決した。


 生まれて初めて食べるカップ麺に感動しながらも、平静を装うクエスを横目に、一桜は楽しそうにそれを見ていたが。


「ところで、その危険な状況でなぜ私を拾ってきたのだ?」


 クエスの当然の質問に、箸を置いて話し始めた。



 ────緊急事態宣言発令と同時に、地元警察の剣術指南役である一桜の父は、警察署に呼ばれて出ていった。


 しかし、一桜は「家の中で待っていろ」という父の言い付けを守らず、木刀を持つと街へと飛び出したのだった。


 日本でデモやストライキがあっても、一桜の知る限りでは死傷者が出ることは殆どない。

 妙な胸騒ぎを感じたというのもあったが、犠牲になる一般市民や、力の弱いものの助けになりたかった。


 これが彼女、(かんぬき)一桜(いちお)性分(しょうぶん)というやつだ。


 実際に彼女がお節介を焼いたことで、ビルの谷間でクエスを見つけ、家に連れて帰ることが出来たのだから、それも無駄とは言えない。


 不思議だったのは、一桜がそこに到着したときには暴徒らしきものの姿は見えず、人だけが居ない閑散とした街があっただけだった。

 緊急事態宣言が出ているからだろうと納得してみたが、それにしては暴れているものも見えないのは少し不思議に思えた。



 それから3日、クエスが起きるのを待った。

 通常なら病院に連れていくのが普通なのだろうが、うわ言で話す言葉も理解できる内容ではなかったし、服装も何やら訳ありだ。

 それにしては外傷、内臓の損傷も見受けられなかった事から、様子を見ていたのだ。


 父が帰ってくればもっとちゃんとした対応が出来るだろうとたかをくくっていたが、待てど暮らせど、帰ってこなかった。



 そんなこんなで起きたクエスと話すうちに、やはり病院に連れていかなくて良かったと一桜には思えた。


 魔法だ、トランドール王国だ、と話す半裸の少女が居ればすぐに精神科だろう。

 身元も分からなければ、下手すれば一生そこから出られない可能性もある。



「そんな訳で、クエスは暫くここに住んだら良いんじゃないかって思うのよね」


「一桜は中流階級だと自分を言うが、どう見ても領主の我が儘(わがまま)娘の発言だな」


「そうなの?」


「まぁ、私の世界の価値観だが……皆そうなのか?」


 みんな同じ対応を取るのかと言われると、一桜にも首を縦に降る事は出来ずに、はにかんでごまかした。


「ほらみろ、身の丈にあった振る舞いをしないと、今に不利益を被るのだ」


 ため息を付きながらクエスは一桜を(たしな)める。

 しかし彼女も今は一桜に頼って生きなければならない身、強く言える立場ではなかった。


「感謝はしている。一桜の勇気ある行動で、私は路頭に迷うこと無くこうやって食事にありつけているのだからな」


「感謝なんてそんな……私のモットーはね、幸せの一番最初になることなの!」


「それはどういう意味だ?」


「誰かを幸せにするって、余裕がなくちゃ出来ないでしょ?

 でも皆困ってたり、一生懸命だったりすると、余裕無くしちゃうんだよ。だったら私がそれを助けてあげれば、その人がきっと誰かを幸せにするし。幸せにされた人はまた別の人を幸せにするじゃない? だったら私がその一番最初のきっかけをいっぱい作ってあげたいの!」


 信念を語る一桜に、クエスはため息で返す。


「ええっ!? 響かない?」


「言ってる事は分かるのだ。だが回りの者が善人であるのが前提の考え方なのだ」


 生涯、悪意に(さら)されてきたクエスには子供の戯れ言にしか聞こえなかった。


「みんな本当はいい人だよ、ただ心に余裕がないだけ」


 この豊かな日本という国では(まか)り通る考え方かもしれないが、実際は人間は欲の塊だ。

 戦争や、強大な敵の前では本性を現す。

 それはクエスが実際に見てきた世界のそのものだ。

 だからこそ賛同することは出来なかった。


「でも、私はその信念を曲げるつもりはないからね!」


 そう言うと、置いた箸を再び取り直し、残ったカップラーメンを一気に平らげた。


「女子がみっともない食べ方をするものだな、育ちがちぐはぐで、教育を疑うのだ……」


 そう言葉を発していたクエスは、残ったカップ麺を見て驚いている。


「どうしたの?」


「麺が……増えているのだっ!」


 確かに半分ほど食べたはずの麺が、また元の量に戻っていた。


「食料に困らないわけだ……ヘスティア様の加護がこれ程とはな!!」


「いやそれ……伸びただけだよ」


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