38話『合流』
日が少し上り始めた頃、発電所が見え始めた。
先程まで闇に隠れて見えなかったが、薄い煙がたち登っていて、火災などの被害が出ていることを予想させた。
「停電してるってことは、あの場所はもう……」
一桜が懸念している通り、あの場所で生きている人間はもう居ないだろう。
「ノズルが、山の向こうで人間狩りをして居ると言っていたのだ、もしかしたら自衛隊は反対側から攻めているのかも知れないのだ」
普通のゾンビに対して、自衛隊が遅れをとるとは思えなかったが、ライザック率いる勇者パーティが相手では、その限りではないだろう。
軽く見積もって、この山ごとエリンの魔法で吹き飛んでないのが不思議なくらいだ。
もちろん彼女の膨大な魔力にも限界はあるが、初手でそれだけの戦力差を見せつけるのは、相手の士気を下げる効果もあって順当な手段のひとつだが。
そうするに値しないと考えているだけかもしれない。
思案に暮れる最中。
遠くで銃声が聞こえた。
それはほぼ同時に爆発音を孕んで、山のこちら側まで届いたのだ。
「日が昇って、自衛隊が制圧を開始したのかもしれんのだ」
「急ごうクエスちゃん」
二人は発電所を迂回して、森の中を突っ切った。
火力発電所の敷地内のおかげで、雑木林は管理されていて下草が少ないため、走破するのは容易だった。それでも小一時間は走る事になった。
息の上がる二人が見たものは、地獄絵図といっても過言ではない状況だった。
町中のゾンビを集めたのだろう、転がる死体の山は何重にも折り重なっている。
それを踏みつけるようにして新たなゾンビが自衛隊を襲う構図になっている。
もちろん、自衛隊だったものの死体も沢山あって、戦場はむせ返るような血とタンパク質の焦げる匂い、爆発で巻き上がる粉塵と火薬の匂いで充満していた。
クエスこそ、こんな惨状には慣れっこだったが、一桜は気が狂ってしまいそうになり、防衛本能からか意識が遮断されそうになる。
そんな一桜の震える手をクエスがそっと握ると、惨状から目をそらすように視線をクエスと合わせた。
「辛いか、一桜」
当然だとは思う。
しかし、実の父親をその手で屠ると決めた彼女の精神力の強さを、クエスは知っている。
「酷いね、なんでこんな……」
頬を涙が伝うのを見ながら、クエスは唇を噛む。
本来ならば穏やかな生活を送っていたであろう、一桜やその世界の住人を、こんな目に合わせているのは自分なのだと。
それなのに、一桜に無理をさせている状況に、クエスは自分の不甲斐なさを感じていた。
そして、それでもそばに居て欲しいと思っている、自分の身勝手さに辟易してもいた。
「一桜は無理なら、少し離れていても良いのだぞ?」
クエスが彼女を想って出た言葉なのだろう。
しかし、一桜はそれを否定した。
「私は、私の信念を貫くためにここに来たんだもん。引き返すわけにはいかないよ」
その目にはまだ涙を湛えていたが、力強くその光景を睨む姿に、クエスまでもが背中を押されるような気分になる。
「一桜には頼みたいことがあるのだ」
クエスはこの惨状から、ひとつの提案を一桜に持ち掛けたのだった────。
それから10分後、一桜は一人で自衛隊の前線へと赴いていた。
「民間人一名確認!」
新人らしい自衛隊員は、一桜がゾンビでないかを確認しながらも、生存者の存在に喜びの涙を見せる。
死体ばかりを見すぎて、生きていると言うだけで感極まる程に、精神が磨耗しているのだろう。
「この作戦に古沢三等陸尉は参加されていますか?」
「自衛隊に知り合いが居るのですか?」
一桜の突然の問いかけに驚き、問いで返してしまう自衛隊員だったが、無線ですぐに確認を入れてくれた。
「昨晩付けで、作戦指揮に加わった者に、古沢崇一等陸尉というものがおりますが」
「あっ、はい。崇さんです!」
どうやら、無事に古沢の部隊も味方と合流したらしい。
その事実に少し顔を綻ばせる一桜。
古沢達はクエスのお陰で、新しい情報を隊に提供することが出来ただろう。
それが功を奏してか、より高い指揮官としての地位を与えられたようだ。
「古沢さんに、閂一桜が会いたいと言ってると、緊急だと伝えてください!」
彼らの影響力が高くなっている現状は、クエスの作戦の成功率をさらに上げるだろう。
若き自衛官が無線でその趣旨を伝えると、快い返事がかえって来た。
「クエスちゃん。あとはお願いね……」
祈りに似たその言葉は届かずとも、クエスの決心はとうに固まっていた。
────発電所はもはやその体を成していなかった。
建物は倒壊しかけ、そこらじゅうに人の死体が転がっている。
昨日の晩までは、近くの駐屯地からここを守るために派兵されていた。二個小隊……つまり約100人の自衛隊員が守っていた事になる。
そこに突然の爆発音と共に、ゾンビが200体以上闇の中を進軍してきたのだ。
ゾンビは夜目が人と同じ程度しか効かないのは認知されており、前線部隊は明かりをつけずに暗視ゴーグルで迎え撃った。
しかし、その前線部隊を急襲したのはノズルを除くトランドール勇者パーティメンバーの三人だ。
ゾンビを狙う部隊を横合いから斬り進むライザック。
すぐに対応した自衛隊の銃撃も、彼の大きな盾に阻まれる。
予想外の状況に、前方だけを守るわけにいかなくなった部隊は、ひとまとまりになって一時撤退を目論んだが。
そこに魔法使いエリンの火球が降り注ぐ。
大きな火柱に、前線部隊の全滅を悟った頃。
発電所敷地内にあった夜営地は精神攻撃を受けていた。
これは神官ミラックの得意技で、魔力を流す事で人間に不安や憎悪などの負の感情を増幅させる事が出来る。
兵隊といえど、魔力による精神攻撃に対応できるものは少なく……。
そこに前線を抜けた200匹あまりのゾンビに、呆気なく蹂躙されたのだった。
発電所の殲滅を受け、自衛隊はそこに増援を送った。
本来ならば空爆でも仕掛けて一網打尽にしてしまえばいいと考えそうなものだが、そこにまだ生存者がいるかもしれないと、許可が下りなかった。
もちろんそんな建前のせいで、さらに何人もの自衛隊員が犠牲になっているというバカらしい状況でもあるのだが。
一方その頃、クエスは見晴らしのいい場所に来ていた。
服装がこの世界に飛ばされてきた時に来ていたものに着替えられている。
ネクロマンサーの正装であり、亡き祖父から貰った、彼女の唯一の宝物でもある。
これを着るということは、彼女にとって決意の現れでもあった。
高台から見下ろすと、木々の合間に夥しい死体はあるものの、自衛隊は一度撤退したのか銃撃も迫撃砲の音もは聞こえない。
その状況に、一桜に託した作戦が上手く行っているのだろうと察することができた。
「あいつらは忘れておるのだ、こんな戦場こそ、私の戦場なのだ!」
クエスは懐からショッピングモールで見つけた大きな水晶玉を取り出す。
力の入る手に、魔力を集約する。
「ダウンアンデット!」
その叫びにも似た詠唱と共に、仄かに白い衝撃波のようなものが斜面を疾った。
その光りに触れた瞬間、数百は居たであろう動く屍は、次々と前のめりになって伏していく。
その光景を見る事もなく、クエスは更に詠唱を重ねた。
「ライズアンデット!」
同じような光が、死体が転がるその場所を撫でる。
先程倒れた屍がもう一度起き上がる。
さらに、そのゾンビに殺されたであろう自衛隊の死体や、損傷が少ないが動かなくなっていたゾンビも立ち上がる。
その様子は圧巻の一言であり、まさに地獄絵図でもあった。
「反撃の時間なのだ!」
そう叫んだクエスの目は、決意に燃えていた。
まるで、一桜が自分を守ると誓ってくれたあの日の瞳のように。




