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36話『剣を振るう意味』

 剣士長ノズルと一桜は、激しく斬り合う中でも、お互いの目を逸らしはしない。

 戦いにはは強者同士の「会話」のようなものがなされており。その一挙手一投足から、それぞれの性格や趣向までもが浮かび上がるというのだ。

 

 強者であるという高慢からか、ノズルは剣を振るうのに躊躇いはなく、防御を考えて居ないかのように強気に攻め続けてくる。

 一方の一桜もそれをうまく避けては、反撃の余地を探しているように見える。

 

 残念ながらクエスにはこれだけの身体能力はないため、手出しあぐねいていたが、ノズルの余裕の笑みに一桜の劣勢を感じると、クエスは背筋が凍るような気持ちにさせられた。


「素直な太刀筋だな、訓練所で剣技を磨いたタイプか」


 目の前の敵を分析しながら、それを口にするだけの余裕。


「だが正直すぎる。俺達は実践で、腕が6本ある化け物や、飛びながら攻撃してくる魔物と戦ってたんだ。攻撃の手段がその棒切れ一本しかない女ごときに、遅れを取るわけがないだろうが」


 その高慢な物言いに反する事無く、ノズルは剣速をさらに上げた。一桜がそれを左に払った勢いを乗せて、右足で彼女の足を蹴る。

 簡単に言えばローキックという奴だが、金属の脛当を付けた太い足が、一桜のスカートから伸びる細い足を狙っているわけだ。もちろん当たればただでは済まないだろう。


 一桜は左足を上げながら、重心を右肩に持っていく。

 その上げた足の裏をノズルの迫り来る脛当に乗せるようにすると、勢いを体全体に流してくるりと側転して見せた。

 もちろん、側転の頂点である真っ逆さまな状態でも、木刀を振るうその胆力は一朝一夕で身に付くものではない。

 木の葉のように軽く、それでいて石のように重い一撃に、ノズルは興奮を抑えきれなくなり叫ぶ。


(たぎ)る、滾るぞ!」


 放たれた一撃を刀で受け止めるノズル。

 同時に、一桜がスッと静まる水面のように集中を高めた。


「閂流抜刀術~天下一閃(てんかいっせん)~」


 そう口にした瞬間に、練度の高い袈裟斬りがノズルを襲う。

 それは側転した一桜の着地する瞬間を狙っていたノズルにとって、防御に転じてギリギリの反応になった。

 しかし、一撃を止めたとほぼ同時に、苦痛の色を顔ににじませることになる。


「ぐっあ!」


 完成された「型」の一つであるその攻撃は、袈裟に切り下ろすと即座に反転し、V字型に叩き上げる動きで、鎧の薄い股関節を内側から打ち払った。


「一撃目はブラフか!」


 刀に力を込めすぎると、次の攻撃がどうしても遅くなる。ましてや運動エネルギーが逆になれば尚更だ。

 なので一桜は初撃は速さに振り、ノズルの刀を上げさせた。

 木刀は地面に当たるとしなり跳ね返る、その反動を利用して力強く振り抜いた。

 剣士は下からの攻撃が苦手だ、特に甲冑を着ていれば尚更、胴や垂れで隠れてしまうために、簡単には防げない。


 ノズルは一旦距離を取ったようだが、そのまま攻撃を受けた足側の膝を付いた。


 彼は甘く見すぎていた。

 実践の無い修練で身に付けた剣技など、児戯に等しいと。女が振るう剣、しかも木刀で鎧を抜くことはできないと、たかをくくっていた。また木刀でしかなし得ない、地面でタメを作る攻撃など、今だかつて見たことすらなかった。


 現実、立っているのは一桜だ。

 そしてその木刀を、腰のカーディガンに戻した。

 だがそれは剣の戦いの終わりを意味するものではないというのは、彼女の闘気で理解する事が出来た。


「閂流抜刀術……」


「一桜! 止めるのだ!」


 悲痛な声がそれを止める。

 クエスにとって相手は確かに自分を死地へ追いやった憎き敵ではあったが、今の自分にそれを罰する資格など無い。

 彼らが剣を交える間、ずっと自問自答を繰り返していた。


「ノズルよ……何故こんな場所におるのだ」


 クエスはもう一度聞いた。

 彼は確かに人格に問題のある人間ではあったが、偏屈な求道者というものは少なくはない。

 自分を見殺しにした事以外では、頼り概のある人物であった時間の方が圧倒的に長い。


「この足で、そこの女性と互角に闘えるとはもはや思えぬ。俺の完敗だ」


 トランドール語でそう言うと、静かにその場に腰を下ろした。

 同時に次の一撃で命を奪おうとするかのような一桜の殺気も軽くなる。

 それに多少安堵したのか、ノズルは語り始めた。


「俺達は凱旋したんだが、魔神の首もクエスの首も持ち帰らなかった事を元老院に咎められた。そこでもう一度山登りだ」


 ノズルはやれやれといったジェスチャーと共に、苦笑を浮かべていた。

 彼らもまた王国の道具にしか過ぎないのだ。


「俺達があの場所へたどり着いた時、お前の姿は無かった。魔神の封印は掛かったままだったが、何処に行ったと尋ねたら遠くへ飛ばしたと言うもんだからな、エリンが怯えちまって大変だった」


 大魔法使いエリンといえば、クエスを背後から撃ち抜いた張本人だが、去り際にもクエスからの復讐に対して怯えていた姿が思い出される。


「ミラックのやつが、後を追って首を持ち帰ろうと言い出しやがって、それが願いになったのか、このザマだ」


「では、他の3人もこちらへ来ているというのか!?」


「ああ、ノーライフキングと共闘すれば、お前の首を持って元の世界へ戻してやると言われてな。今ごろは山の反対側で、人間狩りでもやってるんじゃないか?」


 確かに、彼女らが使う魔法は召還を必要としない。

 つまり元の世界に戻る術は持たない。

 そこをつけこまれているということか。


「ノズル殿、最後に一つだけ聞きたいのだ」


「どうしたクエスよ」


「私を殺すと聞かされた時、どう思った」


 ノズルにも、この返答次第で自分の命がどうなるかが決まるということくらいわかるだろう。

 同時に、木刀を握り続ける一桜の殺気が戻って来たことで、緊張感が戻ってくる。


「どうもこうも……俺は一つを捨てることで多くが助かるのであれば、自分の命も捧げるつもりだったからな」


 それは、クエスを殺すことに肯定的だったという返事。


 彼は不器用だが実直でもある。

 一番大事なときに、守るべき物かそうでないのかを、私情を挟まずに判断できるだけなのだ。

 その天秤にはには自分の命すら迷わず乗せる男だ。

 それがたまたまクエスの命だったということなのだろう。


「そうか、わかったのだ」


 そう言うと日本語で一桜に、短く言葉を発した。

 ノズルは微動だにせず、ただ目をつぶったが、すぐに見開いた。

 一桜からの殺気が完全に消えたからだ。


「おい……良いのか?」


 この期に及んで余裕綽々に見えていたノズルに明らかに狼狽が見て取れた。

 自分は恨まれて当然だと思っているのだろうが。


「許す許さないの問題ではないのだ。ただ私がやるべき事の邪魔だけはして欲しくないのだ」


 そう言い捨てると、あずけられた荷物を一桜に押し付け返すと、林道を歩き始める。



 クエスの中には大きな変化が起こっていた。


 今まで怨みの感情だけで一方的に殺したいと思っていたが、仲間殺しをする側も、普通の状況とは言えなかっただろう。

 なぜそこに至ったのか。信念なのか、合理性なのか、はたまたただの憎悪なのか。

 それを理解せずに、怒りのままに処断する事は出来なかった。


 クエスもまた、怨まれるべき行いをしてしまった張本人なのだから。

 しかも、そこにはノズルのような信念も自己犠牲もなく、ただ復讐心からくる淀んだ理由しかないのだから。


「私は、この世界の脅威を滅ぼす。それまでは自分の私怨などに囚われている暇など無いのだ」


 背中にノズルを置いて、ただ山道を上がる。


 その背中が見えなくなるまで、ノズルは目で追いかけたのだった。

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