32『魔法の練習』
「一桜、滝、こっちへ来てくれ」
クエスが二人を呼びつける。
一行はショッピングモールを離れ、見晴らしがよく人の少ない河川敷へと移動していた。
クエスの呼び掛けに、どうしたのだろうと一桜達が寄ると、クエスは500円程度の小さな水晶を二人に手渡した。
簡単な魔法の練習をするらしい。
水晶を握った手を川に向けて付き出させると、反対の手をクエスが握った。
「いいか、私がいまから魔力を流す。その流れを感じるのだ」
そう言ったクエスの手が少し温かくなったような気がした。
それは掌から、手首、肘……と、だんだんと上がってきて、肩を越えた所で体全体でその存在を感じることが出来た。
「よし、では石のある腕に魔力を送るぞ」
さらにその感覚は水晶を持った方の肩から、二の腕へとだんだんと下がり、ついには手首にまで到達した。
「よし、今の感覚を覚えるのだ。もう一回いくのだ」
端から見ると、微動だにしない三人が手を繋いで川に向かって腕を突き出しているだけの状況。
魔法の練習だと知っている古沢達でさえ、奇っ怪に思える。
「UFOでも呼んでるみたいっすね」
笑う藤代の頭を小突きながら、古沢は一人で食料調達に向かった。
さすがに携帯していた食料も殆ど底をついている。少しでも余裕を持つためにも、ここは現場調達が望ましいだろう。
しかしゾンビが現れて、すでに10日近く経っている。コンビニの弁当やおにぎりといったナマモノはすでに賞味期限が切れているだろう。パンなども怪しくなって来る時期だ。
食料調達も、安易ではなくなりつつある状況に、もう寄り道の余裕は無さそうだと皆が考えていた。
特に、自衛隊は仲間と合流しさえすれば食事にもありつけるのだが、一桜とクエスはここに残ると言うのだ。日持ちがする自衛隊の携帯食料を彼女たちに少しでも残しておいてあげたいと配慮したのだろう。
かくして、この日は人の少ない個人店舗から、飲み物とカップ麺を拝借して夕食にしたのだった。
寄り道はしたものの、この川を下れば明日には前線へと到着する予定だ。
昼に訪れたショッピングモールの看板が、遠くに煌々と明かりを灯している。
「やだなー折角仲良くなったのに、別れるの」
昼の興奮が冷めやらぬのか、水晶玉をなで回すクエスに、見張りの藤代が呟いた。
「戦場では死なない限りまた出逢うものだ」
「そういえば、クエスちゃんて、あっちの世界では勇者だったんだよね」
普段なら触れて欲しくない話題なのかもしれないが、藤代はこういうところに気が利かない。しかし、今日のクエスは機嫌が良かった。
「ああ、そう呼ばれていたが、私は掃除係だ」
実際、圧倒的な火力で敵を薙ぎ倒すのは魔法使い、剣士達はその中を突っ切り、敵の大将首を落とす役割。
クエスの出番は、指示系統を失った烏合の衆を、戦場に転がった死体を用いて、徹底的に蹂躙するという役割だ。
「うへぇ、そりゃまた……」
藤代の脳裏には、昼間に見たショッピングモールのゾンビの大群が思い描かれていた。
「ばかもの、そんな単位ではないわ。場合によっては1万のゾンビの大軍を敵にぶつけたこともあるのだ」
えへんと、まっ平らな胸を張るクエス。
「もっとウゲェってなるってば」
敵でなくて良かったと思う藤代は、ついでといった雰囲気で禁断の質問をする。
「でも、ゾンビとクエスちゃんがこの世界に来たのって関係性あるんだよね?」
誰もが分かっていながら口にしなかった言葉を平気な顔で言うのだから、上機嫌なクエスですら苦笑いを隠せない。
「あ、これ言っちゃダメだったやつっすか? 忘れてください」
さすがにその表情からなにかを察知した藤代は、ナシナシ! と両手を振って無かったことにしようとする。
「いや、恨みを買うべきは私なのだ、責任転嫁するつもりはない」
そういうと、事の顛末を簡単に語って聞かせた。
────裏切られたこと、その怒りに身を任せ魔神と契約したこと。
しかし、その魔物と一緒にこの世界に転送されたこと。
その話を最後まで話終える前に、藤代は声を上げて泣き始める。
「そんなのひどい! クエスちゃんは騙されてばっかりじゃん!」
「そうだな、騙されてばっかりだ」
────この世界にいると、トランドールで過ごした日々が、いかに不毛だったかを感じる。
利用価値があるから勇者と呼ばれたが。
それが無くなればお払い箱になるのは至極当然の流れだろう。
そんな関係性を「信用」していたなんて、自分の阿呆さ加減に腹が立つ。
この世界に来て、自分のための涙を見るのは2回目だが。
この一滴だけで、元の世界で自分の信じていたもの全てより尊く感じる。
元の世界にもあっただろう。
親が子に流す涙。
友が友に流す涙……
愛するものの為に流す涙が。
しかし、そこではクエスのために流される涙など、一滴も流れなかったのだ。
「藤代殿、泣き止んでおくれ、私は貴女が涙するに価する人物ではないのだ」
有り余る感情に、返す物が思い浮かばず、とにかく彼女には早く泣き止んでほしかった。
「私の不注意で、もっと多くの涙が流れてしまった……悲しい涙が。私は、絶対にノーライフキングを倒さねばならんのだ」
決意ともとれるその呟きに、藤代が顔を上げる。
その時。
あんなに光輝いていたショッピングモールの電気が全て消えた。
段階を追って、どんどんと電気が落ちて行く。
「何事だ!」
クエスが立ち上がると、その声に驚いたのか、古沢達も起きてきた。
「こりゃぁまずいな」
状況を把握する。
「ついに発電所が落ちたか……」
お互いの顔も分からぬ暗闇のなかで、焦る気持ちに心臓の鳴る音だけが響いているようだった。




