27話『折衷案』
「うわぁぁぁああああ!!」
男の叫び声と銃声が、部屋中にこだまする。
放たれた銃弾は、男の頭2cm程度を掠めて、床に着弾していた。
「あ、やべ、思ったより近かった」
若干、古沢が慌てる様子を見せたが、男は気絶していて、見てはいなかった。
「おい、なんだよ今の銃声は!!」
「剛の声じゃね?」
「なんだよ、中にゾンビでもいたんか? おい剛!!」
ゾンビ撃ちごっこを終えて寛いでいたごろつきが騒ぎ始めるが、もちろん気絶している剛の返事はない。
「おいおい、やべー事になってんじゃねーのか?」
「行くぞ!」
騒ぎながら、バタバタと階段を上がってくる音がする。
彼らが部屋に到着し、仰向けに倒れる剛を確認すると、目の前には古沢が立っていた。
「てめぇ、何しやがった!」
先頭を走ってきたリーダー格の男が、古沢に向け銃を構えるが。
後ろの二人が、左右から滝と藤代に殴り倒されるのに気を取られ、後ろを確認した瞬間に、一瞬で間合いを詰めた古沢に銃を持ってる腕を蹴りあげられる。
「痛って!」
蹴りあげられた左手を庇うように、反射的に右手で押さえててしまい、がら空きになった顔に鉄拳制裁を食らって地面に転がった。
「相手は素人だ、適当でいいぞ」
「や、先輩が一番酷いっす」
そう答える藤代は、相手を地面に押し付けてホールドし、手際よく縄で手を縛っている。
滝は首筋にナイフを突き立て、銃を奪うとその男に、のされたリーダー格の男を運ばせ、部屋の隅に4人を固めた。
一桜にとって暴力は不本意だったが、自分の信じる道もエゴだと知っていた。
だからこそ、大人に判断を任せることにして黙っていた。
「さぁ、起きるんだ」
全員が目覚めたのを確認して、腕組をした自衛隊三人が男どもを囲む。
「君達はこんなところで何をしてるんだ?」
古沢の問いにリーダー格の男がふて腐れて答える。
「ゾンビ減らしてんだよ、世の中の役に立ってるだろ?」
「自衛隊から奪った銃でか?」
「そうだよ、悪りぃかよ!」
足で地面を蹴りながら叫ぶ。
「いや、悪いに決まってんでしょ」
藤代がその足を横合いから軽く蹴っ飛ばす。
「いいか、銃を奪われた隊員は危険な目に遭ったかもしれない、君はそれも善行だと考えているのかな?」
男は黙って横を向いている。
「そんな君達でも、いざ危なくなったら私たちは助けに来なきゃならない。他のたくさんの人の命も危険に晒してるんだ」
古沢は説教が得意というわけではない。
部下に慕われているのも、説教で規律を守らせるより、自分が模範となって道を示すタイプだからだ。
「銃の弾がなくなったらどうゾンビと戦うつもりだ? また自衛隊の銃を奪うのか、あん?」
「先輩、抑えて抑えて」
「弾があってもだ、油断して仲間が死ぬかもしれん、一人減れば、他の連中も危険になる」
仲間が死ぬと言われて、ごろつきはお互いに顔を見合わせた。
「俺達と来れば、安全な地域まで一緒に移動できる。そこはもう君達が求める無法地帯ではないが、友を失う心配も少ない筈だ。……もうそろそろお遊びは終わりで良いんじゃないか?」
最後は穏やかに締め、彼らの返答を待つ。
リーダー格の男は、他の三人の顔を見てから、こちらに目を合わせずにこう言った。
「こいつらと話し合って決めたい。もう夜になるから出発は明日の朝だろ? それまでには答えを出すよ」
年上に対しての言葉使いではなかったが、古沢は彼らの気持ちを尊重し、声が聞こえない別の部屋で夜を明かす事を約束した。
「彼らどうする気でしょう?」
藤代は心配そうに古沢に尋ねる。
「さぁ、好きにするんじゃないか?」
投げやりに答えてから、一桜の方を向く。
「多少荒っぽかったが、あれでどうだろう?」
「どうって?」
「折衷案をとったつもりだよ、君とクエス君との」
一桜はほんの少しだが後悔していた。
考え方の違い、信念、エゴ……各々が違うのは当たり前の事だ。
そこを擦り合わせて、模索するのが正しい道だと思っていたのに、クエスに対して真っ向から敵対する姿勢をとってしまった。
あれでは、解り合える訳がない。
結果、古沢に大人の対応を取られ、責任も取って貰い、クエスとは解り合えないまま、気まずい雰囲気を作ってしまった。
「ありがとうございます」
そう古沢に告げると、一人で部屋を出ていった。
「待つのだ一桜!」
クエスが後を追う。
さっきまでおぶられていたのだ、よろよろとした足取りで部屋を出ていく。
さらにその後を追いかけようとした藤代の手を古沢が掴む。
「やめとけ」
「っ、でもさっきまであの二人……」
「いいんだよ、あとは俺達が関わる問題じゃないさ」
藤代は仕方なく引き下がると、二人が出ていった方を見続ける。
古沢は、煙草を口に咥えた。
そこに滝がジッポを投げて寄越してきた。
「禁煙してたんじゃなかったんですっけ、先輩?」
「ん、まぁな。ライターは持たないようにしてたんだが……滝、気が利くな」
滝は無言で投げ返されたジッポを懐に入れる。
「願掛けだよ、こいつは」
長く息を吸うと、しばらく溜めたあとに、一気に吐き出した。
「うまく行くようにさ───、一桜君の父親と戦う時に吸おうと思って持ってきてたが、タイミングも無かったしな」
「そんなこと言って、ただ吸いたいだけなんじゃないですか?」
にやっと表情を崩すがそれには答えなかった。
「若いって、良いじゃないか」
そう言うと、煙の柱を作っりながら、煙草を堪能して、二人を待つのだった。
────8階建てのビルの屋上で、二人は静かに沈む太陽を眺めていた。
山合の夕日は、時間よりも早く姿が隠れていく。
二人は一言も話さずそれを見ていた。
しかし太陽の姿が見えなくなり、夜の帳がゆっくりと降りてくるのを感じると、急かされているように、何か話さなければという気になってきたようだ。
「あの……」
一声は一桜からだった。
「さっきはごめん、自分の考えを押し付けちゃって」
「それはお互い様なのだ」
クエスも何か思うところがある様子で、歯切れが悪い。
「私も、まだ自分の世界の理をひきずっている。もう帰ることも無いかもしれんというのにだ」
もう姿が見えない夕日のように、遠く、そして見えなくなってしまった故郷を思うクエス。
あんなに憎んだ筈なのに、あの世界へ戻りたいと思ってしまう瞬間がふと訪れることがあった。
「それでも、クエスちゃんの言ってることも正しかったのに、話そうとしてなかった」
「あの無礼者に銃を向けられている状況で、呑気に会話もできはしないのだ」
クエスはクスクスと笑った。
「それはそうなんだけど……そんな笑い方、珍しいね」
そういえば、声をあげて笑うという行為を見たことがなかった気がする。
大笑いはもちろんだが、なんというか、トゲが取れたというのだろうか? そんな風に一桜は感じていた。
「……そうだな、少し吹っ切れたのかもしれんのだ」
「何が?」
一桜の問いには答えず、屋上の柵に背中を預けると、今度は夕日と反対の空を見上げたクエス。
一番星が見え、この時間は月も上がっている。
深い青に、心のもやもやが吸い込まれるような、晴れた気持ちになって行く。
「なぁ一桜よ。お前の戦う理由はなんなのだ?」
唐突にだが、クエスはずっと疑問だったその言葉を口にする。
出会ったとき既に感じていた。
なぜこの娘は、平和な世界でのうのうと暮らしていたにも関わらず、この状況で誰かを守るために、父親すら打ち倒すだけの精神力を持ち合わせているのかと。
「教えてくれ、一桜の強さはどこからきているのだ?」
クエスを真似るように、柵に背をもたれ掛かると、一桜も同じ景色を見ながら静かに心を澄ませた。
クエスもそれを邪魔することはせず、ただ返答を待った。
「綺麗だね」
「綺麗なのだ」
「……子供のころ、私には救いたい友達がいたんだよ」
語り出す幼少の思い出。
彼女の生き方の始まりの出来事。
それは、空を染めゆく青色の速度のように、ゆっくりと紡ぎ出されていく。




