23話『星空の死闘』
まだ夜は明ける素振りを見せない。
夜空には満天の星……一等星だけでなく、三等星まで見えている。
街が明かりを灯していないからだ。
ため息が出るほど綺麗な星空が広がっていた。
その星空を黒く切り取るかのように、血の匂いをさせた殺戮者が立っていなければ、感動のひとつも出来たかもしれない。
クエスは先に立った二人の後方に並ぶ。
「藤代隊員は建物の中から掩護射撃、自分と滝隊員で閂君のサポートに回る」
古沢は指示を出しながら、片手にナイフ、もう片方に9mm拳銃を構え、一松を中心に円を描くように右に展開する。
同じようにナイフと拳銃を構えた滝、そして今にも飛びかかろうかという姿勢を取る一桜。
何かタイミングさえあれば、弾けるように戦いが始まるのだろうという緊張感が辺りを包んでいるなか、クエスがアップテンポの魔法をトランドール語で唱えた。
それが機になった。
闇夜の中、低く滑るようにアスファルトギリギリを走る一桜と、それを追いかける滝。
先に間合いに入った一桜が、勢いのままに木刀を振った!
真っ正面から走って近付き、間合いで急に右下に向かってスライディングするような動きをしながら初撃を放つ。
「凪っ!!」
それは閂流抜刀術のなかでは基本の型。
ただ単純に横に刀を振るうだけの斬撃。
しかし、その体勢如何では変幻自在に振るわれる、基本動作だからこそ練度の高い必殺技だ。
元来、普通の剣術は下方向からの攻撃に対して防御が得意ではない。
目線から一番遠い事もあるが、いざそれを受ける際に刀を下げなくてはならなく、剣士はそれを嫌う事が多いからだ。
しかし、一松はその攻撃を足の裏で受けた。
スピードが乗りきる前に木刀を足で押し返したのだ。
通りすぎた一桜は体を反転させながら勢いを殺すと、ゴムボールが跳ね返るかのように次の攻撃に移った。
その挙動を追うように一松は体を反転させ、刀を構え直す。
しかし、それは囮。
示し合わせた訳ではなかったが、一桜は大袈裟な動きをすることで注意を引いたのだ。
滝が追い付き、静かにナイフを一松の背中に突き刺す。
確かに滝は一桜の後ろから走ってきたが、それを忘れるほど気配を極限まで薄めて居た。
いかなる人間でも背中には目がない……とは言うものの、ある一定の求道者になれば、背後の気配くらい感じ取れるものだ。
しかし、振り向いた瞬間だけは、目の前の状況を把握するため、センサーが緩む。
滝はそこを突いたのだ。
滝の手には確かに、肉を切り裂く感覚があった。
しかし、全く動揺する素振りを見せずに、一松は刀を脇から回して滝へと振り抜く。
反撃は予想の範囲内だとはいえ、全く動揺も痛がりもしない敵と戦うのに慣れているわけではない。
滝は、間一髪で避けることに成功したものの、ナイフを背中に置き去りにしてしまった。
引き際に左手で持っていた拳銃を放つが、あっけなく避けられてしまう。
しかし、それは当てる必要もない射撃。
その瞬間を一桜が見逃さない訳がなく、銃撃を避ける先に2撃、3撃と木刀を振り抜いていく。
一松の身体は銃弾を避けながら、刀は木刀をさばく。
その様を、古沢は苦笑いしながら見ていた。
「ついて行けないぞ、まったく」
支給された9mm拳銃はその照準を一松に合わせはしているものの、常に入れ替わる二人の立ち位置に、引き金を引くことが出来ないでいた。
同じ状況である藤代はとっくの昔に銃撃を諦めてはいたが、銃撃しながら後退した滝へ向かって、自分のナイフを投擲する。
「滝さん、これ使って」
滝は藤代が放って寄越したナイフを、油断なく拾って前線復帰。
さっきの攻撃は、一松の背骨を狙ったものだったがうまく躱され、刺さったのは肺の裏からだった。
人間なら致命傷になるのだが、ゾンビは息をしないためか、無関係に動き回っている。
また同じ攻撃は通じないだろうということは滝にも分かっていたが、元来ナイフワークというのは大きな傷を残す戦いかたではなく、ゾンビ相手には些か効果が薄すぎる。
その滝の隣に、攻撃を弾かれた一桜がふわりと着地して、大きく息を吐き、吸った。
はじめの一合から、一桜はずっと息を止めていた。
それは呼吸による身体のブレや、力みの消える瞬間を隙として狙われる事を回避するためのものではあったが、息をしないゾンビはそれを絶え間なく続けることができるが、生きた人間はそうはいかない。
「厳しいですね」
対するゾンビはもちろん息を一切切らしておらず、ふわりと浮き上がるような足捌きで、二人に向かって突進を始めた。
そこに、古沢が射撃を開始。
腹と胸に一発づつ、そして左腕に一発当たったが、その勢いは止まることはなかった。
目の前の脅威を排除するために畳み掛ける。
古沢やその弾丸は眼中にない様子だ。
実際そのまま突っ切ると、鍔鳴りを響かせ凶刃を振り抜く。
二人の どちらを切ってもいいように、一松が放ったのはまさに「閂流抜刀術 凪」。
剣速は見えないほどに研ぎ澄まされており、殺気や、視線、筋肉の動き等で予想するしか避ける術はない。
一桜にとってそれは見慣れた技だ。
剣線が通るであろう軌跡までもが、その目に浮かぶようだった。
しかし、一松が古沢の銃撃を受けた際に、若干のタイミングのズレが生じてしまっていた。
「キャッ!」
辛うじて本人に当たらなかったものの、装着していたナイトビジョンを切り飛ばし、一瞬だが一桜の視界を奪う形になった。
それを好機と見たのか、一松は一度振り抜いた刀を翻し、右手一本でその頭を目掛けて刀を振り下ろす。
目が見えない一桜にそれを受ける術は無い!
だだし、一瞬の出来事に反応したものは二人いた。
滝が一桜を庇うように飛び込み、背中でその刃を受け止める。
低い呻き声が一桜の耳に飛び込む。
致命の一撃を放つ瞬間というのは、同時に放つ者への最大の隙でもある。
その一瞬の隙をついて、クエスが回り込んでいた。
だが、そんな隙を当然武芸者が理解していない訳はない。
一松は右手で振り抜いた刀をそのまま右手だけで振り下ろしていたため、左手は鞘を握っていた。
その鞘でさえ、刀のように扱えば骨のひとつやふたつ、簡単に壊すことができるものだ。
射程距離に入ったクエスは一松と目が合う。
そして一松はその小さな女子へと殺意を放った。
だが、不思議なことにクエスに攻撃は来なかった。
絶対に気付かれていたし、奇襲にすらならなかったのにだ。
それを不思議に思う一松の左腕は、彼も知らぬうちに鞘から放れぶら下がっていた。
先ほどの古沢の銃弾が、彼の腕の骨を砕いていたのだろう。
痛みを感じることがないゾンビゆえに、自分の身体が壊されていた事に気付けなかったのだ。
「ダウンアンデット!」
接触したクエスの叫びと共に、一松は動きを止めた。
電池が切れたおもちゃのように、右の腕もだらりと下げ、刀が溢れ落ちる。
それは現れた時と同じく、満天の星空を黒く切り取ったように、動かず立ち尽くしていた。
スケルトンの呪いが解け、ただの死体に戻ってしまってなお、今にも動きそうな恐怖を感じる。
一秒、二秒……
誰もがまだ緊張を持ったまま、一言も喋らない。
ただ静寂の中に、息を切らせた一桜の深い呼吸の音だけが聞こえていた。




