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20話『コーヒー』

 会話の合間に滝隊員がコーヒーを持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


「……どうも」


 身長は高いけれど、痩せ気味のこの男性とは、そういえば自己紹介もしていなかったなと一桜は思った。


「自己紹介ができてませんでしたね、もうご存じだと思いますが(かんぬき)一桜(いちお)と言います、よろしくお願いします」


「……どうも、(たき)です」


 軽く会釈をすると、椅子に座ってしまった。


「あ、えっと、コーヒーなんて持ってたんですか?」


 あまりの会話の弾まなさに、なんとなく疑問を投げ掛けてみる。

 答えるという行為で、言葉のキャッチボールを計ろうとしたのだが、それも無駄に終わる。


 滝は無言で部屋の奥のほうを指差しただけだった。


「一桜ちゃん、この人は滝龍登(りゅうと)、私の後輩なのよ。無口だけど気が利くし、いいやつだから」


 代わりに藤代がフォローに入る。


「コーヒーは……向こうに給湯室が有るんじゃないかな?」


 滝が指差したほうを同じように指差しながら答える。



 改めて見回すと、この広い空間は、企業のテラスのような場所だった。


 白い天板のテーブルがいくつも並べられ、クッションの張られた背もたれのない四角い椅子がそこにいくつも置かれている。


 そのひとつを利用して、一桜と古沢と藤代が座っている。

 滝はその隣のテーブルに腰掛け、コーヒーを飲んでいた。



「コーヒーで、少し頭がスッキリしたな」


 古沢は一気にそれを飲み干したのか、空になってしまったコップを端に避けて語った。


「一桜ちゃんの情報で、だいぶ事情がはっきりしてきたよ、ありがとう」


「いえ、情報は共有しないと意味がありませんから」


「まったく。その通りだな。……そうなると、こちらも自衛隊で判っている情報を公開しておこうと思う」


 色々説明を受けたのだが、情報は専門的なもので、一桜には判らないこともあったが、あとでクエスへ語って聞かせるために、真剣に聞くことにした。


「私たちの使っている弾は、通常のものと少し違ってて、ホローポイント弾というのを使ってるの」


 藤代が、拳銃から弾を一個抜いて見せてくれる。


「こんな感じの弾ね」


 よくみると、弾丸の先に穴が空いていて、空洞がある。


「どう違うんですか?」


 もちろん、銃など撃つことも触ることもない一桜は、それはそれで興味津々だ。


 藤代は反対の手で、少し形の違う弾を持って比べながら説明してくれた。


「こっちの弾は、人やゾンビを撃ったとき、貫通しやすいんだけど、それだとなかなかゾンビが止まらなくって……」


 といって、穴の空いた弾を見せながら。


「こっちの弾だと、貫通しにくいぶん、内蔵へのダメージが大きかったり、骨折したりするんだけど……ゾンビにはそれが効果的みたいで、今はこっちが全部隊に支給されてるんだよ」


 藤代はそう言うと、手際よく弾をマガジンに込め直した。


 実際、ホローポイント弾は貫通しにくい性質から、他の民間人への二次被害を抑えるために使われることも多い。


 人体のような柔らかいものに当たった場合でも、切れ目のある弾頭が避けて潰れるため、体内で停止しやすい構造になっている。


「それでも足りないぶんは滝君がやってるみたいに、弾の頭の部分を平たくしてるんだよ」


 視線の先では、弾を並べた滝隊員が、丁寧に弾丸の頭をヤスリで削っていた。


 弾丸の事を「鉛弾」と言うように、固い薬莢に包まれた部分以外は、わりと加工がしやすい金属でできている。


 実際、精密機械だと思われている銃だが、弾丸の頭を削ったり、多少銃身が曲がっていても弾は飛ぶのだ。

 もちろん命中精度が下がったり、弾詰まりを起こす可能性は高くなるため、いざというときの間に合わせのような作業なのだろう。


「支給されていた弾は、結構使ってしまったからな……」


 窓の外をうかがう古沢も話に参加してくる。


「ゾンビがどれだけ居るか判らんが、弾は節約しないといけない。戦い方も考えなくてはな」


「さぁ、温存するのは弾だけじゃないよ?」


 そう優しく藤代が言いながら、毛布を広げてくれた。


「体力も温存しておかないとね」


「ありがとうございます」


「あたしたちが交代で見張りをするから、安心して休んでて良いよ」


 机に据えてあった、クッション付きのオットマンのような椅子を集めてきて、即席のベッドのようなものを用意してくれた。


「すみません、では少し休憩させていただきます」



 一桜は横になると、体がベッドに吸い込まれそうになるような感覚を覚えた。


 気を張っていた時にはわからない疲労感、そして喪失感等が一気に一桜の上に乗って来たように感じていた。


 寝れるような精神状態だろうか? そう思っていたのだが、逆に脳が思考をストップさせたのか、気絶するように眠ってしまった。




「────辛い思いをさせてしまうな」


 一桜が眠ったのを見届けた藤代がテーブルに戻ると、古沢がポツリと言った。


「でも、彼女は責任感のある強い子ですよ」


 藤代は彼女を一人の戦士として、尊敬する部分があった。

 相手が父だと判ってなお、その名誉を尊重し、自分の手で戦う決心をした姿に感銘を受けていた。


 もちろんそれはそれで古沢も同じだ。

 そうでなければ、この計画に彼女を巻き込むことはなかっただろう。


 だが。


「彼女は子供だ……責任や尻拭いは、本来大人がやる仕事だ」


 古沢は遠くを見つめながら、先ほど空にしたはずの紙コップを持ち上げ、一気に口にひっくり返した。


 完全に冷え、そこに貯まっていた一滴だけが、乾いた唇を濡らすのが判る。


「彼女の気高い決心に比べて、俺たちと来たら、真っ黒な復讐心だけに突き動かされてる……手本にならなきゃならん立場だというのに、まったくもって恥ずかしい話だな」


 そのままクシャっと紙コップを潰しながら、なんとも言えない感情に、軽い苛立ちを覚えていた。


「っても先輩。それが偽善でも、善でもどっちでもいいじゃないですか。結果誰かが助かるんなら」


 こちらはすでに割り切っているのか、藤代は(わだかま)る様子も見せない。


「まぁな、真理だ。だが、大人ってのはしがらみも多くてな、ハハッ」


 そう言って乾いた笑いを発する。

 しかし、心はいくぶんか軽くなった気がする。


「あまり難しく考えちゃだめっすよ先輩」


 いつもの笑顔を見せる藤代が居るから、復讐の狂気に飲まれることはないのだと、心のなかで感謝しつつ。


「先輩はやめろ。小隊長、班長、もしくは上官殿だ! いつまで学生気分で居るんだお前は」


「えっ? 急!!」


 本当はずっと注意しようと思っていたが、タイミングがなかっただけなのだ。

 驚く藤代を見てると自然と笑みがこぼれた。


「よし対応と作戦を練るぞ。滝もこっちにこい」


 ひとつのテーブルに呼び集めると、滝がおかわりのコーヒーを持ってきてくれていた。


「気が利くなぁ」


 無言で頷く滝を加えて、三人は会議を開始するのだった。


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