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17話『父』

 敵対するその影は、余裕でこちらへと歩みを進める。


「一桜よ、本当にあれがそなたの父なのか?」


 顔面蒼白で、(にご)った目をこちらへ向けている。

 それ以外でゾンビとわかるような特徴は無かったが、正常な状態ではないことは(あきら)かだった。


「一桜だよ、お父さん!」


 娘の呼び掛けにピクリともせずにそのまま近づいてくる。


「一桜よ、残念だがあれはもう相手の術中にあるようだ、先の兵隊を襲った件といい、話が通じるような状態ではなさそうなのだ」


 頭では分かっている。

 しかし、男手一つで育ててくれた唯一の肉親に、敵意を向けることは到底できなかった。


 ────このご時世「剣術道場」などで生計が立つこと自体簡単ではなかったはずだ。


 長く通ってくれている門下生は居たが、それも数名だ。

 警察学校の剣術指南から、高校の剣道部の特別講師まで色々な仕事をこなしてきた父を、すぐ近くで見てきた。


 一桜も父が安心して道場を空けれるようにと、必死で剣術を学んだ。


 高校生になり、体が出来てきたことで、道場に通う誰よりも強くなり、ようやく免許皆伝を貰ったときは泣くほどに嬉しかったものだ。


「これでお父さんをお手伝いできる」と。


 あぶく銭をかき集めるような生活で、贅沢は殆ど出来なかったが、それでも一桜は家族で居れることに幸せを感じていたのだった。




「お父さん!」


 悲痛なその叫びは、この父親には届かない。

 その気持ちを理解できる者はそこには居なかった。


 ただ、目の前の父は、人でない者に代わり、一桜が感じたこともない殺気を放っていた。


「まずいのだ、一桜」


 百戦錬磨のクエスは、殺気が一段階強まったのを肌で感じた。


「ホッパー!」


 一桜の足元目掛けて魔法を唱えると、一桜の体が3m程左側に弾かれる。


 一瞬判断が遅ければ真っ二つになっていただろう。

 クエスには目で追えない一撃が、一桜が居たはずの地面に食い込んでいた。


 弾かれた一桜は猫のようにしなやかに着地したが、まだ戦いの目になっていない。


「ダウンアンデット!」


 真横に居る一松(いっしょう)に魔法を唱えるが、瞬時にそれを察知し後方へ逃げる。


「一桜! しっかりするのだ!」


 まるでコモンラングルが効いていないかのように。

 その言葉を理解できない様子の一桜に、クエスが腹をくくった。


「ホッパー」


 むしろ一松の方に一気に詰め寄ると、掌に集中した魔法で、直接ダウンアンデットを叩き込む。

 確かに、遠距離の相手に魔法弾を飛ばすより、魔力の消費量が圧倒的に少なくてすむ。


 簡単には勝たせては貰えないと、経験がそう判断させたのだろう。


 一松はその手を避けながら下がっていく。


「当たりさえすれば良いのだ!」


 かするだけでもクエスの勝ちだが、何度腕を振っても当たることはなかった。


「くそっ!」


 悪態をつきながらも、他の方法を考えるクエス。


 しかし、その隙を与える一松ではなかった。


 集中を欠き、甘く振るってしまった腕を刀でいなしながら回り込み、クエスの背中に強烈な一撃を加えたのだ。


 クエスも反応し、足元にホッパーを放ったが間に合わず、浮いた体を思いっきり切られたことで、必要以上に遠くまで体が運ばれ地面に叩きつけられた。


 非情な一撃に、クエスは息ができず、苦痛に叫ぶことすら出来なかった。


 そこに一松の渾身の一撃が振り下ろされる!



 ────しかし、その刃はアスファルトを穿(うが)ちはしたが、クエスには当たらなかった。


「私の友達に剣を振るなんて、いくらお父さんでも許さないよ」


 一桜の木刀が、横合いからその刀を逸らしたのだ。


 ブンと横に振られる木刀の風を切る音に、一瞬気が飛んでいたクエスが目を覚ます。

 一松はそれを避けて距離を取ったようだ。


 木刀を構えて、父親に対する一桜。


 さすがの一松も軽々しく打ち込んでは来れずに、様子をみている。


「クエスちゃん大丈夫?」


 見る限りでは出血はしていないようだ。

 クエスが背負っていたリュックサックが緩衝材になったのだろう。


「ああ、なんとか……」

 そういいながら自分に回復の魔法をかける。

 といっても、治癒能力の活性化程度の効果だ、時間をかけないとダメージは回復しないため、戦闘中には気休めみたいなものだ。


「一桜は……やれるのか?」


 クエスは応援したいわけではない()()()()()と聞いたのだ。実の父を殺すことが出来るのかと。


「ちょっち難しいかも」


 しかし、一桜はその実力差を語る。

 父は死してなお、あり得ないほどの身体能力を発揮していた。

 普段でも五分五分だというのに、この状況で負傷したクエスを守りながら戦うのは無謀だと感じていた。


「アップテンポ」


 クエスは苦痛に顔を歪めながらも、一桜に魔法をかけた。


「少しだが動きが速くなる魔法を掛けた、なんとか逃げきれるかもしれん」


 だが、一桜は下がるどころか前ににじり寄っていく。


「一桜! 逃げるのだ!」


「私は逃げないよ」


 そう言うと木刀を腰に当て、抜刀の構えに移行する。


「……私はもう逃げないって決めたんだ」


 一桜は口の端ににやっと不適な笑みを浮かべたと思った瞬間、滑るように低い姿勢で一松へと接近、そのまま下方から払い上げる。


 一松はその斬撃に対して、真っ向から刀を振り下ろす。


 木刀に対して、真剣では()が悪い。

 黒檀(こくたん)で作られた固い木刀に刃が食い込む寸前、一桜は手首の力を抜く。

 そのまま木刀の切っ先を払い下げられるに任せて、木刀本体が切れてしまうのを防ぎつつ、刃が離れた瞬間振り上げる反動を利用して更に追撃する。


 抜刀術の応用だ。

 動く前に溜めを作ることで、次の攻撃に瞬発力を乗せる。


 だが、一松もそれを予想していたのだろう、刀の柄を引き上げて、刃の付け根でそれを受け止める。



 瞬時の達人同士の攻防に、クエスは割り込む隙も無かった。


 ギリギリと鍔迫(つばぜ)り合いになる二人だが、体格で勝っている父親に押されている。


 一松はしゃがむと同時に刀を(ひるがえ)し、下方から押し上げ、木刀と共に一桜の体を宙に浮かせた。

 もはや人間のパワーではない。


「まずい!」


 空中では刀をいなすのが難しい。

 真正面から受けても、木刀ごと真っ二つにされるだろう。


 ぞわっと死の予感が一桜をつつみこむ。


「ダウンアンデット!」


 必殺の一撃を狙う一松にクエスが魔法を唱えたことで、攻撃を止めて下がらせることが出来た。


「大丈夫か一桜!」


 着地と同時に隙の無い構えを取る一桜だったが、その顔には冷や汗が流れていた。


「クエスちゃん、あいつ何か言ってる」


「どういう事だ?」


「鍔迫り合いになったときに分かったんだけど、何かずっとしゃべってる、何語か分かんないけど」


 こちらに目を合わせずにそう伝えながら、距離を置いて隙を見せない一桜。


「コモンラングル!」


 クエスは一桜にかけていた魔法を、一松にかけ直した。


「ようやく話す気になったか(あるじ)よ」


 一松の声ではあったが、それは紛れもなくノーライフキングの言葉だった。


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