16話『強敵との邂逅』
一通り静かになったところで、突き進んでいた6班と7班は駐車場へ引き返してきた。
帰りしな、通行の邪魔になりそうな死体や瓦礫を片付けながら。
しかし誰も作戦の成功を喜んではいなかった。
今回の掃討で小木を含む2人の犠牲者が出てしまったからだ。
駐車場では、古沢三等陸尉が避難者をトラックへと誘導していた。
「一台につき15名乗ってください、狭いですが我慢して」
芦原もそれを手助けするように手際よく作業を進めている。
「古沢小隊長、任務完了致しました」
その言葉の暗さに古沢は状況を察した。
「被害状況の報告」
「はい。備品被害なし、ただし小野三曹、橘三曹が殉職致しましたっ!」
言い終わるやいなや、報告した隊員は涙を堪えきれずに顔を手で覆った。
「報告ご苦労。……良い奴だったのにな」
古沢は彼らが眠っているであろう方向に敬礼をすると、自分の仕事に戻っていった。
クエスは一連の光景を見て、懐かしさを覚えるのだった。
────彼女の回りでは毎日同じことが繰り返されていた。
トランドール王国を出発した際には、討伐軍は5万を数える大群。
緒戦にあたるウィルナ平原での戦いで、その半数が戦死した時は、さすがにショックも大きかった。
近隣諸国へ呼び掛け増援が来ると、軍は一気に膨れ上がり6万となったが、魔神軍も同じように駒を揃えており、次のカリーバ山脈での戦いでは苦戦を強いられる事になる。
4万の戦死者を出し辛くも勝利したトランドール軍。
その勝利を喜ぶものは、現場には誰一人としていなかった。
しかし、仲間の死に対しても鈍感になっていった。
と、そんなことをふと思い出す。
それに引き換え、この自衛隊はたかだか2人死んだくらいで戦意喪失している、その事に腹が立ってきた。
100体を越えるゾンビに対し、10人程度で挑み、二人しか死ななかったのだ。
これは最大級の戦果と言えるだろう。
自分の世界にこの装備があれば、もっと沢山の兵士が救えただろう。
もちろん考えても無意味なのは分かっているが、故郷で死んでいった沢山の兵士を思うとやるせなさすら感じる。
「この世界は平和だったの。ほんの一週間前まで、隣にいる人が死んでしまうなんて考えなくて良いくらい」
何かを察したのか、一桜がそう呟く。
「分かっている、だがどうも私には慣れない感覚なのだ」
彼女でさえ、この状況を作り出してしまったのが自分自身の不注意だと言うことを、時折忘れることがある。
それはもちろん、全ての元凶は魔神でありノーライフキングであると、責任転嫁してもよい状況だということもある。
しかし、目の前で無関係な者の死を見るたび、その重さが自分に覆い被さり、身動きがとれなくなる感覚に襲われる。それを、意識的に回避しているのだった。
クエスは苛立ちを発散させるように、トラックの最後尾へと歩き出す。
「閂さん、クエスさん、君たちで最後だ」
ちょうど、最後の避難者を乗せたところで、芦原が声をかける。
「点呼は終わったから、出発するよ」
芦原がそう言いながら、古沢に向かって頷くと、向こうも頷いて他の隊員に出発の指示を出しているようだ。
「これで頼りない自警団生活もおさらばだ、感染区域から抜けて、安心して終息を待つことができるぞ」
芦原は心底嬉しそうにそう言うと、一桜達のあと、一番最後にトラックに乗り込んだ。
改めて、彼は彼なりにその立場に重責を感じていたのだなと気付く。
「撤収!」
自衛隊員の声がひびくと、トラックのエンジンに火が灯り、ゆっくりと走り始めた。
車は30キロ程度で走っていく。
病人や老人を、制限一杯まで詰め込んだトラックだ。それでなくとも障害物を避けながら進まざるを得ない。
一桜は改めて回りを見渡すと、トラックには糖尿病の向井さんを含む4人の避難者と、芦原、中村、ハオランが乗り合わせている。
最後のトラックというのもあって、人数の端数で少し隙間ができたようだ。
自衛隊員も含めて10人の乗り合いだ。
それでもこのトラックには、機銃が取り付けられており、やたらと狭く感じた。
「そう言えば、本来8台でいらっしゃる予定でしたよね、ゾンビに遭遇したらしいですけど」
芦原が乗り合わせた自営隊員に話しかける。
「はい、捜索の途中でゾンビの大群に襲われてしまいまして、3班程対処に留まりましたので」
たしかに、先程のようなゾンビの群れが迫った際に、トラックに足手まといを乗せた上で戦闘するのは得策ではない。
先に片付けるのは定石だろう。
クエスはそう考え、同じ規模の勢力なら100体いても制圧は簡単だろうと察した。
現に、自衛隊では火力を詰んだトラックを、前方に3台、後方に2台用意しており、そのうちの前3台を現場に残していた。
同じ規模であれば掃討も可能だろう。
それに無理だと判断すれば、避難民の乗っていないトラックで退避するのも難しくはない筈だ。
「彼らとは、現地で落ち合う予定になっております」
そう答えた隊員は、遠くホロの外を眺めていた。
ガタゴトと揺れる車内では、その後口を開くものはなかった。
先程犠牲になった小木隊員はこの車のメンバーだったのようで、暗い雰囲気が漂っていたからだ。
しばらく行くと急に車が停止した。
突然の失速に、皆前方の方に体勢を崩してしまうほどだった。
急いで自衛隊員が車を降りると、先頭車両目掛けて走っていく。
「バードウォッチャー」
クエスはまたもや盗み聞きするつもりなのだろう。
しかし、この魔法はコモンラングルと同じく、発光したりすることがないので、一桜意外それと気付くものはいなかった。
先頭車両付近では、血まみれの隊員が必死の形相で何かを伝えている。
「只事ではなさそうだぞ」
一人、こっそり盗聴していたクエスが、一桜にそう伝えると、ちょうど8班の隊員が戻ってきた。
「緊急事態が起こり、合流を諦め退避します」
そう伝えたかと思ったら、すぐに車は発進した。
さっきまでと比べ、明らかに荒い運転。
乗っている避難者達ですら、何か良くないことが起こったのだと理解できるほどだった。
「おぅ、ウンゼンアンテンでお願いします」
ハオランが揺れで、ホロを支える鉄骨に頭をぶつけて不満を漏らす中、真相を知っている自衛隊だけが青い顔を隠せなかった。
「何かあったんですよね」
そんな状況を見かねて、芦原が問い詰める。
正義感なのか、有事には動けるための情報収集をしたいのか、ズバッと切り込む姿勢は芦原の良いところでもあり、悪いところでもあった。
「詳しくは分かりませんが、1班から3班までが戦闘で前線を放棄したそうです」
「つまり、合流ができなくなったと?」
「簡単に言うとそう言うことです」
隊員の蒼白な表情からそれだけとは思えなかったが、それ以上突っ込むと、聞かない方が良かった言葉を聞いてしまいそうで、芦原は本能的に引いた。
しかし、その表情はすぐに驚きのものに変わった。
トラックの後部から、何かが近づいてきていたのを見つけたのだ。
「人か?」
それは人の姿のように見えたが、芦原は頭を振ってその考えを否定した。
先程とは違い、時速50キロ程で走っている車に追い付ける人間など居ないからだ。
芦原の目線の先を、最後尾である8班の全員が見つめる頃には、それが人の形をしているとわかる程の大きさになっていた。
自衛隊員は立ち上がると、
「敵襲!!」
と叫び、無線で先頭車両へ指示を請うている。
「あいつがそうなのか」
何かを知っているかのようにクエスが呟くと、一桜がそれに反応する。
「さっきなにか聞いたの?」
「ああ、前線で戦っていた兵士が一匹のゾンビに皆殺しにされたそうだ」
それは衝撃的な言葉だった。
一桜はめまいがするような恐怖に襲われた。
20名前後の隊員が、一匹のゾンビに殺される。
しかも、そのゾンビがまさに自分の車を追ってきている。
確かに、このスピードについてこれるなど、人間の身体能力ではあり得ない。
普通に敵う相手ではないだろう。
一桜が下手な思考を巡らしている間に、無線の返事が帰ってくる。
「ザザ、避難民を守れ、機銃発砲を許可する、オーバー」
その指示に、一人の自衛隊員が後部に取り付けられた機銃を握って立つと。
「皆さん、頭を低くして耳を塞いでください」
と叫んで、機銃の引き金を引いた。
ガガがガガがガガ!
狭いホロのなかに轟音が響く。
あまりの音に、全員が目をつぶり頭を下げて耳を塞いだ。
機銃は設置されているといったが、この遠征自体が緊急措置だったのだろう、ワイヤーで何ヵ所かをトラックに縛り付けているだけの状態で、明かに急場凌ぎといった風合いだったが。
その威力はすさまじく、トラック全体が振動しているように感じるほどだった。
その振動が急に止んだ。
手で押さえていても物凄い轟音だったため、止まったにも拘らず、耳は音を拾おうとはしなかった。
そんな無音の一瞬。
トラックの後部に男が一人立っており、機銃を撃っていた自衛隊員の胸に、刀を突き刺している。
目を瞑っていた乗客は、ホロの中からその状況を見ようとしたが、逆光で良く分からない。
ただ一人、それに反応した人物が居た。
一桜だ。
腰に挿した木刀を握ると同時に、その影へとひと払いした。
その人物は自衛隊員の体から、刀を引き抜きながらもそれを峰で受ける。
「どうして……」
消え入るような一桜の声に、その意味を理解できるものは居なかったが、コモンラングルを使っているクエスだけはその続きを理解した。
「ダウンアンデット!!」
すかさず魔法を唱えるクエス、状況的に考える暇はなかった。
しかし、その光る魔法を避けるように、後ろ向きに翻えって車を飛び降りる影。
「行くぞ一桜!」
クエスは何の躊躇もなく、トラックを飛び降りた。
着地の瞬間、移動方向と逆方向に「ホッパー」の呪文で飛ぶことで衝撃を中和する。
一桜も続くと、その身体能力で受け身をとる。
対する、ゾンビも刀を構えており、落下の衝撃など無かったかのように、平然と立っている。
クエスは先程聞こえた一桜の言葉を思い出していた。
「どうして……父さんが……」
そこには生きた人間の目をしていない、変わり果てた閂一松の姿があった。




