01話『裏切り』
────殺してやるのだ!
お前ら全部……城ごと……いや国ごと!!
そんな怨みがましい言葉を発そうとするも、穴の空いた肺から溢れ出した血が喉に溜まって言葉にならない。
この女性、クエスの命はもはや風前の灯。
他人を恨み続けた人生ではあったが、今際の際でなお、それを強く思うことになるとは……
彼女より溢れ出しているのは、闇夜よりもどす黒い感情だった。
「お前のそれは、我らよりももっと邪悪な匂いがするな」
地面にのたうつ未成熟な肢体にふりかかる、嘲り笑うような声。
充血した白目をぎょっろっと声の方に向けると、忌むべき化け物が、魔方陣に銀の杭と鎖で繋がれていた。
彼のほうも体のあちこちに穴が空いていたり、切られていたり、まさに満身創痍という言葉通りに見える。
しかし、そのどれもが動きを止めるだけの意味合いでしかなく、致命傷には至っていない。
「だんまりとは寂しいな、さっきまで仲良く遊んでいた間柄じゃないか」
と、またもやふざけた雰囲気で、息も絶え絶えなクエスに向かって話しかける。
もちろん遊んでいた訳ではない。
彼女達は敵同士、つい先程クエスは命を賭してこの魔神を封印したのだから。
その戦いがクエスの脳裏に甦る────。
彼女たち魔神討伐隊は、幾年もの間この相手を追いかけてきた。
トランドール王国、王国聖騎士を筆頭に、大魔法使い、剣士長、神官……
そして、ネクロマンサーのクエス・ラビリス。
この『勇者パーティー』と呼ばれる一団に、更に国の戦士達が数万。その屍を踏みつけて、ようやくこの直接対決へと事が運んだ。
剣士が魔神の機動力を削り、魔法使いがダメージを与え、神官がそれをサポートする。
クエスは踏みつけた屍を、更に踏みにじるように歩かせ、戦わせた。
自慢の白い肌が赤く染まるほどに血を浴びた頃、魔王がその動きを止める。
クエスはすかさず黒魔術の禁呪で、魔神を封じることに成功したのだった。
それはつまり、この世界に平穏が訪れた事を意味する。
彼女は暗く長い18年の人生、全てをかけた大仕事が終わった事で、全身の力が抜け、そのままへたり込んだ。
「やった……ようやく……」
その瞬間、魔法の矢がクエスの胸を貫く。
完全に油断していた。
────いや、油断ではない。信用していた。
その矢は仲間の魔法使いから放たれた矢だったのだから。
「どうし……て、なのだ」
地面に倒れたクエスを、赤い髪の魔法使いが怯えた目で見ている。
「そうだよ、それでいい」
落ち着いた声が響く。リーダーの聖騎士が、魔法使いを落ち着かせるように話しかける。
「魔神の封印はかけたものしか解けない……。だが鍵があるかぎり、錠前は開くかもしれない」
「すまんな、これは王都の議会で決まった事だ、国に命を捧げたお前ならわかってくれるよな」
続けて剣士長も言う。
はじめからこのつもりだったのか! 瞬時にそう理解する。
死なない魔神を永遠に封印するために、クエスを利用しただけだったのだと。
「ねぇ、私本当に大丈夫なんだよね?」
魔法使いの声は震えている。
「呪い殺されたりしないわよね……」
「それは大丈夫でしょう、もし万が一自分で自分を甦らせる術を持ってたとしても、ここで封印しておきますから」
どすの効いた声で女神官はそう言うと、倒れたクエスの体を術で縛り付けた。
魔神を永久に縛り付けるほどの術ではないが、人間が寿命を迎える程度の効果はあるかもしれない。
「すまんなクエス、平和の礎とならんことを」
聖騎士は、王にする時のような最大限の敬服を示す姿勢を取ったのち、倒れている元仲間に背を向けた。
「ごめんねクエスちゃん、ごめんね」
震える声で赤い髪の魔法使いも逃げるように去ってゆき、剣士長も黙ってそのあとを着いていく。
「私さぁ、ネクロマンサーって認めてないんだよね」
見下すようににやにやしながら、最後まで残り語るのは女神官。
「貴女みたいな人間が今後現れないように祈るわ」
そう言いながらクエスの顔を思いっきり蹴りあげる。
一緒に旅をしている時は、軍隊のアイドルとして祭り上げられていたというのに……あいつらにこの女の本性を暴露してやりたいと、クエスは折れた歯を食いしばる。
とは思うものの、体は動かないし、声も出せない。
嘲笑する笑い声とともに、神官も去っていく。
足音すら聞こえなくなった、石造りの魔王城の部屋には、クエスが辛うじて息をし続ける「ヒュー、ヒュー」という掠れた呼吸音だけが聞こえる。
────殺してやるのだ!
お前ら全部……城ごと……いや国ごと!
「お前のその願い、私が叶えてやろうか」
魔神というやつはいつもこうだ。
人が弱って居るときに声をかけてくる。
だが……
「コモンラングル」
声は出なかったが、なんとか魔法が発動した。
「……今なら、魔神に魂を売るやつの気持ちもわかるのだ」
「我らは別に、人間が弱った時だけ声をかけているのではない、弱った時だけ人間が我らを頼るのだ」
「言い得て妙なのだ」
実際にはクエスの喉は血で溢れて言葉になっていなかったが、コモンラングルの魔法は、意思を伝える魔法だ。そう聞こえるように変換されている。
「お前の願いを言ってみろ」
「その代わり、衰弱した力を少しでも取り戻すために、私の命を使うって事なのか?」
「お前一人ごときの魂でどうにかなる封印でもないんだろう?」
確かにそんなに簡単に破れるものではない。
そんな状況でも余裕ぶって話す魔神に、焦れったさを感じていた。
グダグダと核心に迫らない会話で、今にも消えそうな命の灯火を費やす気はなく、つい語気が荒くなってしまう。
「では何が望みなのだ!」
「お前お陰で、これから永劫の時間をここで過ごす事になってしまいそうでな、だったらお前に力を与えて暇潰しにしようと思ったんだが」
「ははっ、それは面白い試みなのだ」
「もちろん代償が無いわけではない」
「命でもなんでも持ってゆけばいいのだ」
「いい返事だ……代わりにお前は何を望む?」
クエスは考えた。
ただ彼らが死ぬだけではダメだ!
恐怖を与えつつも、私の怨念が彼らの命を脅かしているのを理解して貰う必要があった。
「……最強の不死者を召喚する、私の命と引き換えにだ!」
「ふはははははは!! 良い執念だ」
そう言うと魔神は封印されているにも関わらずニヤリと笑い、人知を越えた魔法の光を放った。
その光はクエスを包み込み、視界さえも白く染めてゆく。
────クエスの命と引き換えに生まれる最強の不死者は、トランドール王国を必ず滅亡に導くだろう。
後味の良い人生ではなかったが、これ以上無いほど華々しい散り際だとクエスには思えた。
そうして、その魂は終わりを迎える。




