ネルト視点・1
「もう疲れてしまいました。サーベル様を愛していたのは本当です。でも、愛されないのにこれ以上……頑張れません」
今でも、メルフィー嬢の最期の日を思い出す。ワシが会ったのは、陛下の……甥の執務室で、だった。悲しげに、そして年を取ったワシよりも疲れた顔をして、笑った。
まだ10代の少女が浮かべる笑顔では無かった。
あんな笑顔を浮かべさせてはいけなかった。
そうなる前に何故、早く手を差し伸べてあげられなかったか。それが今でも悔やまれる。
「学園長」
「なんだね」
「いえ、ネルト前王弟殿下。私のような厄介者を引き受けて下さろうと心を砕いて頂いたこと、本当に感謝致します。ですが、ネルト前王弟殿下の優しい手を振り払う愚を犯す私をお許し下さいませ」
「良いよい。気にするでないよ。少しばかりメルフィー嬢が先に行くだけじゃ。この年寄りもそのうち行く。我が妻と茶でも呑んで待っててくれるかの」
「畏まりましたわ」
「その際は、そなたの母君とも茶を呑もうな」
「……はい。陛下、学園長。お世話になりました」
綺麗に笑い、綺麗なカーテシーを見せた可愛い生徒。この結末を予想していたのか、王妃陛下は既に嘆いて倒れてしまっている。
「何か、最期に願いは」
甥の沈痛した顔に綺麗な笑顔を浮かべるメルフィー嬢は、いくつか願った。
「サーベル殿下は婚約者がいらっしゃらない状態ですが、初めての恋に少し冷静さを欠いてしまっただけでございます。冷静さを取り戻せば国王の座に相応しいお方ですわ。近隣諸国の王女殿下方で年齢の釣り合う方は難しいですが、第三王子殿下くらいのご年齢の方でしたら何人か婚約者がおられない。そちらからお迎えになられれば宜しいか、と。
ゾネスは自分も王位継承権がある事を忘れているようですが、まぁかなり低いものですからそれはさておき。ゾネスの婚約者を探して頂きたく存じます。また、ブルトン様のご実家の商会は此度の件で失脚するのはあまりにも。どうか寛大なお心でお願い致します。ゴレット様は宰相様が鍛え直して下されば、きっと大丈夫でございましょう。どちらのお方も婚約者様方は素敵な女性でございますし。
陛下が遣わして下さった護衛の侍女・セリとお父様に最期を看取って頂きたく思いますが、可能でございましょうか」
「良かろう」
「ありがとうございます」
「他には」
「ああ、そうそう。ウィリティナ様を逃した護衛のお方はあまり厳しいお咎めは無しにして下さいませ。王妃陛下があまりにもお疲れだから気を利かせたのでございましょう?」
「そこまで見通していたか」
「王妃陛下はサーベル殿下の事でずっとお疲れのご様子でした。ウィリティナ様は一連の教育から逃げたかった。だから気を利かせたのでしょう。王妃陛下のために」
「その結果が、そなたを失う事に繋がったというのに」
「それは……護衛の方にそこまで考えよ、というのは酷でございましょう」
「そうか」
「恐れながら、そう思いますわ。それから……ウィリティナ様とデイル様を娶せてあげて下さいませ。デイル様はウィリティナ様をお好きなようでしたから。ウィリティナ様もきっとデイル様の良さに気付かれる事でしょう」
「そなたがそこまで気を遣うことも有るまいに……」
メルフィー嬢は、死にいくというのに他人の事ばかり。
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