2.異世界のギルド
シャワーを浴びていたらいろいろ思い出してきた。
―以下回想。
「今うちの世界では初心者が不足してるんだ」
スーツマンは異世界のスカウトだった。
このおでんの具材はぜんぶ異世界の食材で、かの地では強さがインフレ気味で簡単なクエストを受ける冒険者が足りないらしい。
そこで異世界から冒険者を調達することになった。
こっちの世界に持ち込める報酬を用意するのは難しいが食べ物をごちそうしたりは出来るので、テーマパーク感覚で楽しんで欲しいとの事だった。
一応あっちの世界に荷物を置く程度の場所はあって、持ち出さなければアイテムのコレクションは可能だけど、報酬の使い道なら食事がいいだろうという事であの屋台の食べ物を美味しく食べた人だけ誘っていたそうだ。
転移先はお札に書けばある程度なんとか出来るらしい。
言語は偶然日本語と同じ。
その為スカウトマンが日本を中心に活動しているのだという。
理屈はよくわからないけど死んだら元の世界に強制送還され、二度と異世界には入れない。
ケガは遡って24時間以内であれば干渉しない。
例えばケガをしてすぐにダンジョンから元の世界に戻ればケガをしていない状態で帰れるけど、1日かけて自力で脱出したら傷ついた状態で帰らなければならないそうだ。
病気の場合程度によっては転送魔法が発動しない場合もあるらしい。
他にも色々屋台で説明を受けて私は異世界で冒険者の登録をしたのだ。
…回想終わり。
とりあえず髪が乾いたら今度はちゃんと準備してから異世界に出掛けよう。
私は動きやすい服と靴を選んで玄関のドアにお札を貼った。
幸い家族は出かけて誰もいない。
お札を貼ったら鍵がかかったままでも何故かドアは開く。
窓でも同様で、大事なのはギミックだと聞いた気がする。
ドアをくぐった瞬間、シャボン玉の中に入ったように透明な膜に包まれて、ドアを閉めると同時にシャボン玉が割れて私の姿も変わっていた。
そういえば最初にここを通った時は素っ裸だったことを思い出す。
確かフラフープをくぐったら更衣室に繋がっていたのだ。
そこで服を選んだんだった。
荒唐無稽すぎてこの部分は夢だと思っていた。
そしてその後、ギルドで説明を受けてドアから自分の部屋に戻ってからの寝落ち。
扉は特に何も書かなければお札は前回繋がった場所に繋がる。
異世界の壁は決まった物しか持ち出せない。
お札は手にもっていたので大丈夫だったがギルドカードは床に落ちていた。
私は慌ててカードを拾うと辺りを見回した。
ギルドだ。ル〇ーダの酒場だ
食事や打ち合せが出来るテーブル席。
依頼や情報が貼ってある掲示板。
依頼の受付の窓口。
フードカウンター。
見たことあるようなないような光景が広がっていた。
居るのは所謂ゲームでよく見る姿の冒険者たちだけど公用語は日本語と同じなので何を言っているかもわかるし、書いてある文字も読める。
世界一ユルい異世界ではないかと思う。
「おう。お前、異世界の冒険者か」
ウサギ頭の冒険者がバカにしたような口調で話しかけてきた。
「そうですけど何か?」
「くぷぷ。本当にレベル1の冒険者なんているもんなんだな。カードの管理には気を付けろよ?ぷぷっ」
私がさっき落としたカードを見て一言言わずにはいられなかったようだ。
「おかげで当番クエストがなくなったんだからいいじゃないか。悪かったな異界人さんよ」
耳だけ獣のお兄さんがウサギ野郎を注意してくれた。
「当番クエスト?」
「あまりにも低層階クエストをこなす冒険者がいなかったから当番制になってたんだよ。スライム退治とか薬草取りとか、最近は小遣い稼ぎの子供すらいなくって…」
「それで、ギルド側が定期的に登録している冒険者を強制的に指名してやらせてたんだ。報酬は出るけど安いから不評だったけど」
「お前は規則違反の強制労働だったろうが…」
つまり、異世界の冒険者は安くこき使われるってことなのかしら…
2人の話に私は不安になった。
「あっ嫌な話をしてごめん。まあ命の危険もないし、誰かにやってもらわなきゃいけないクエストではあるから僕は大歓迎するよ」
ウサギ野郎に比べればマシだけどこのお兄さんからもどことなく異世界の冒険者を下に見ている雰囲気がある。
この世界ではそれが一般的な価値観なのかもしれない。
言葉の内容から察するに庭の草むしりとか歩道のゴミ拾いとかそういうレベルの誰かがやらなきゃ困るけど気持ち程度の報酬までしか出せない所謂ボランティアってヤツかな?と私は納得した。
「それじゃっ」
ウサギ野郎を引っ張るようにして獣耳男は去っていった。
私はカードとお札の束をポケットに入れるとギルドの初心者受付に移動した。
「いらっしゃいませ。本日のご用は?」
「昨日カードを作った者なんですけど…」
私は受付の人にカードを渡した。
受付の人はカードを機械でスキャンすると席を立つ。
「夜間受付で仮登録された方ですね。ご案内します」
受付の人が案内係の人を連れて戻ってきた。
無駄にイケメンだ。
「どうも。異世界冒険者課、担当のジンジャーです」
声もイケボだ。察するに本当に初心者クエストを攻略する人が足りてないので、美男美女を揃えているのではないかと推測する。
ジンジャーさんは異世界冒険者のルールを教えてくれて最後に冒険者手帳を私にくれた。
学校の生徒手帳みたいなサイズでカバーにはギルドカードが入れられる。
ICカードみたいなタイプなのでカードはカバーに入れたままでも問題ないそうだ。
「手帳は持ち出せませんが重要事項はギルドカードの裏にも書いてありますのでよろしくお願いします」
ギルドカードは手で持って出ない限り元の世界では財布に入った状態のままらしい。
元の世界へはカードと転移札以外は持ち込めないし、お札を貼ってもギルドカードを持っていなければ転移魔法は発動しないと言われた。
持ち込めない物にはアクセサリーや食べかけの食べ物も含まれる。
汚い話だと食べながら元の世界に戻ったら口の中の食べ物が床に落ちる。
飲み込んだ場合は装備品としてカウントされるのでタイミングによっては次回訪問時にまだ満腹感が残っているらしい。
珍しいアイテムを体内に隠して転送しても元の世界には持ち込めないのだ。
私は絶対やりたくないけど。
「ピアス穴は新しいとヒールで穴が消える場合があります。申告いただければ必要分の装備チケットを追加で発行しますよ」
「開けてないので大丈夫です」
ピアスやタトゥーは1ヶ月くらいヒール魔法の影響を受けるそうだ。
前から開けようかと迷ってたので気を付けよう。
「それでは通常枚数のチケットをお渡しします。ヘアアクセサリー用のチケットをサービスします。ギルド内のショップか提携店舗で利用可能です」
なんだかものすごくゲームっぽいなーと思いつつ装備チケットと提携店舗一覧を貰った。
「買うのに迷った時はギルドでレンタルも可能です。初級装備なら無料でレンタル出来ます」
慎重な人は何回かクエストを受けてから購入しているが、適当に買っても特に問題ないそうだ。
中にはずっとレンタル装備の人もいるらしい。
買い物が不安な場合はギルド職員も同行してくれるそうだ。
「最後にこの世界での拠点となる部屋を案内しますね」
そう言って案内されたのは3階建ての大きな建物だった。
「異世界冒険者の寮になります」
そういえば荷物置き場を貰えると聞いていた。
建物に入るとまず受付があり、老婦人がカウンターに座っていた。千里眼の魔具を持ち、かつては豪傑の称号を持つ冒険者だったので下手なことはしない方がいいそうだ。
仲良くしておけば冒険のコツを聞けるとも言われた。
「アタシが若い頃の昔話だけどね。本当にこの世界は変わっちまったよ…」
老婆は遠い目をした。
「PCとかゲーム機みたいだと異世界の人はよく言われますよ。ここ30年くらいでばーっと冒険者の強さ基準が変わってしまいまして」
「強さ基準…そういえばステータスは見れないんですか?」
「それ、よく聞かれるんですけどゲームみたいなステータスはありません。」
ゲームの世界じゃないんだから。
そう当たり前と言えば当たり前のことを言われた。