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4/10

Inning4 バカの評価は

「ゼェッゼェッゼェッゼェッ・・・・いっっってえ・・・」


「え、え、なにこれ・・・痛い変なとこ痛いなにこれ」


背中を中心に体の奥の筋肉が痛い、という感覚は初めてだった。

タツミも俺も畳に仰向けに倒れている。





エビ、逆エビ、脇締め、プッシュアップ、ロールアップ、ローリング、ブリッジ、シングルレッグストレッチ。

柔道部はこれらのメニューをサーキットのように短い回数を繰り返し行う。

体幹を鍛えることを目的としたトレーニングメニューだ。

俺たちは始めは軽めのメニューだな、と思いながら嬉々としてこなしていた。もっと言えば初心者に合わせてくれたのかな、くらいに思っていた。

しかし体幹のトレーニングは見た目は地味だがやってみて5分もすれば地獄への門が見えてくる。

普段から体幹を意識して鍛えていない俺たちは30分もすると文字通り足腰が立たなくなった。

この時、腰って本当に体の中心なんだな、って体で理解できた。

タツミも俺よりは頑張っていたが、肉体の痛みが精神を凌駕したようだ。

2人して絶賛ぶっ倒れ中である。


「大丈夫か?少し休んどけ」

藤村さんが端の方で倒れてる俺たちを心配して声を掛けてくれた。

他の部員たちはサーキットトレーニングを終え、打ち込みを始めている。

まだあの中へは戻れそうにはない。


「毎日このメニューなんですか?」


「そうだな。日によるが大体ここまでの流れは毎日同じだ」


タツミの質問に藤村さんが答えてくれる。


「このメニューはな。今井さんが考えてくれたそうだ。以前はストレッチなんかもいい加減なものだったらしい」


今井嘉宏。普遍大学4年柔道部。

去年夏の大会で個人の部準優勝に輝くと柔道界に現れた期待の新星と話題になり、今や社会人からの誘いも引く手数多だ。

何よりこんな無名の大学で、しかも大学4年で開花するという遅咲きの逸材は珍しい。

この部は今井さんが来る前ははっきり言って弱小チームで、彼が上級生になると練習メニューを見直し改革したそうだ。


「腰と腹が痛いだろう。俺も始めはきつかった。普段使わない筋肉を動かしたからな。体幹トレーニングってのはそんなもんだ」


「・・・・どれくらいでこのメニューに慣れますか?」


「はっきりとは答えられんな。しかし毎日繰り返すことで筋肉は太くなり強くなる。これに限らず練習ってのはそういうものなんだよ」


ほう、とタツミが痛みに顔を顰めながらも感心した表情をみせる。


「すごいっすね。これ全部今井さんが考えたんですか?」


「ああ今井さんはな、高校時代は名門校に在籍されてたそうなんだが怪我に苦しんだらしいんだ」

藤村さんは今井さんのほうを振り返った。

乱取り稽古の相手方へ今井さんの見事な内股が決まる。


「詳しい事は今井さんに聞くといい」


タツミは腰を押さえて立ち上がった。


「ちょっと今井さんに稽古付けて貰ってきます」


おい無理すんな、と止める間もなく止まらない男はスタスタと歩いていく。

俺も立とうとするがあまりの腰の張りと痛みに「ギャア!!」と思わず情けない声が出る。

「もう少し休んどけ。今日はもういい」

藤村さんが優しい言葉を掛けてくれる。お言葉に甘えさせて頂きます。


汗を拭いペットボトルの水を飲む。

久しぶりの強めの運動はただの水を極上の飲み物へと変える。

「君は彼に巻き込まれたクチか?彼ほど気合い入ってるように見えんが」

やはり分かりますよね。

「ええ、その通りです。俺は奴の安全弁のつもりです」

今日の俺はタツミがやり過ぎたり、奇行に走らないように暴走を止めるための抑止装置のつもりで付き添ってきた。

早速あのバカは今井さんに頭を下げながら乱取り稽古のお願いをしている。

無謀なヤツだ。

「そうか、いい友達だな君たちは。うらやましいよ」

藤村さんが目を細めて笑う。

「ただの腐れ縁ですけどね。ルーチンワークです」

そう、ただのルーチンワークだ。

俺は頬を掻きながら答える。

「ほんとバカなんですアイツ」

ハハハッと藤村さんは笑い、乱取り稽古を始めようとする2人の方に視線を向ける。

「しかしな、ああいうクレイジーな奴が何かを動かすのかもしれん。」

いやただのバカですよアイツは。





背負い投げ、払腰、体落とし、大内刈り、支釣込腰――

俺の予想通りクレイジーな男はガッツリ投げ飛ばされた。言わんこっちゃない。

もう起き上がれないようだ。


「なかなかやるな彼は。5回も今井さんの投げに耐えるとは」

しかし意外にも藤村さんの口から出たのは賛辞の言葉だった。

「けちょんけちょんでしたが、いいんですか?」

俺は不思議に思い尋ねる。

「結果は重要じゃないよ。まず彼は本職じゃないだろう?」


今井さんが笑顔でタツミを抱え起す。

二言三言交わし、タツミは端の方に運ばれ休息モードに入った。

周りではまだまだ乱取り稽古は続いている。流石に今井嘉宏の鍛えた柔道部だ。


「タツミィ、大丈夫か?」

バカヤローは息を切らしながら手でOKサインを作る。どう見ても限界だなこれは。


「どうでした?道免くんは。面白い逸材でしょう?」

藤村さんが今井さんに感想を求めている。過大評価なんだよなあ・・・・


「筋はいいね。何よりその姿勢と目が気に入ったよ」

今井さんが笑顔で答える。だから過大評価ですって。

うんうん、と柔道部の幹部2人が嬉しそうに何やら相談している。

俺は倒れてるアホヅラを見ながら考えた。

初日でこんなザマで大丈夫かこいつ。ほんとアホヅラだなあこいつ。


話が終わったのか2人が俺たちの方に歩いてきた。いっそ見限ってくれたほうが面倒がなくていいのになあ。

今井さんが倒れてるタツミの目線に合わせてしゃがみ話しかける。

「話は藤村くんに聞いたよ。俺で良かったら卒業までの一ヶ月。練習を少し見てあげることは出来る。ただし週3日、月曜日と水曜日と金曜日。君にまだその気があるなら、だけど」


バカの答えは一つしかなかった。俺でなくても予想できる。

「もちろん。是非お願いします!!」

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