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桜ケ丘の丘の上で  作者: ひなた
8/8

喧嘩

ふたりとも無言だった。

良い言い訳を見つけられず、腕を掴まれたまま頷いて学校から出る。

しばらく掴んでいた手を、ようやく離したのは学校近くの公園。

学校から出たらすぐに駅に向かって帰る生活の中で、来ることはない。


険しい顔の海に、私はいつも通りの反応をして見せることもできず、黙り込んでいた。


「さっそくだけど。」

海が口火を切る。

「う、うん。」


「俺の事避けてたよね。」


海の静かな瞳に、怒りが滲んでいる。

その瞳に射竦められたように、身体が勝手に震える。


「…そんなことないよ。」と言いつつ、下を向く。


「なら、どうして俺のことをまもとに見ようとしないんだ。」


「何言ってんの。いつも通りでしょ。」


なんて言うのに、声が震えてるから様にならない。


「もうひと月以上経つ。そろそろ訳を聞かせてくれよ。俺が何か悪いことしたなら、謝るし。」


「海は何も悪くないし、避けてない。それに、今までがいつも一緒に居過ぎたんだよ。」


これからは一緒に帰ろう。…今まで、どうして言えたんだろう。

海のことをまともに見ることができない。


「……まあな。幼馴染ってだけで、ここまでべったりだったのは間違っていたと思うよ。」


いやだ。離れていかないで。


「お前さ、……最近、柊木と仲良いよな。あれとなんか関係あるの?」


「柊木君?どうして?」


「普通、好きな子の周囲に不必要に近い男がいたら不愉快だろ。」


と言う海の声が最後、小さくなった。

そして怒りが滲んでいたはずの瞳が、何か考えるかのように揺れる。


「だから柊木君のために避けたのかって?何言ってるの?柊木君はそんなこと言わないよ。それに…」


「へぇ、随分柊木のこと分かってるようで。だがお前が考えている以上に男は独占欲が強いんだ。急に色気づいて色んな男と喋るようになったからって知ったような気になるんじゃない。お前は気づいていないだけで、柊木は下心満載でお前に近寄ってるんだよ。下心のためにならいくらでも猫被れるもんなの!」


「…何が色気づいてよ!!何も知らないくせに、他の男と喋ったくらいで尻軽呼ばわれる筋合いないわ!!柊木君に下心があろうがなかろうがあなたに関係ないじゃない!!」


「へぇへぇ、そうですよ!!関係ありませんよ!心配して言ってやってるの!」


あれ?どうしてこんなことで喧嘩してるんだろう。と心では疑問に思っていても口から零れてくる言葉を止められない。


「そうよ!関係ない!だいたい海は私の妹が好きなくせに、告白もしないで私と仲良くなって…。海だって、下心があったから私と仲良くしてたんじゃないの!?妹の近くにいれる、あわよくばって!」


言いたくないことまで、零れていく。思ってもいないことを。

海が目を見開いて、顔色を変えた。


「なっ」


「知らないだろうって思ってた?知ってたわよ!いつ言ってくるんだろうって思ってた。私が海に告白する真似したから実はそれが本当だったら気の毒だから言えなかったの?同情してた?でも、海は小さいころから美結のことが好きだったじゃない。それなら私じゃなくて、妹に言って!私が誰と喋ろうと海に関係ない!」


気づいたら走っていた。

海の声が私の名前を呼んで制止していることに気づいていたけど、走り出した足が止まることはなかった。

ああ、どうしよう。取返しのつかないことを言ってしまった。

色気づいてとか、酷いことを言われたような気がするけど、今は自分が言ってしまった言葉の衝撃が目の前を霞ませていく。

喧嘩なんて本当はしたくない。すぐにでも謝って元に戻れるのなら、戻りたい。ああ、駄目だ。

私は知っていたはず。

一度口から出たものは、例えそれが今までの関係性を守るための嘘でも相手を傷つけた瞬間、完全な元には戻れないのだ。


気づくと駅前までたどり着いていた。幸いなことに、海は追いかけてこなかった。

そのことが妙な侘しさを感じさせて、私はいつの間にか泣いていた。そう言えば、走っている最中もやたら視界が悪くて息も苦しかったのは、泣いていたせいだったのか。


「緑川さん?」


咄嗟に振り向く。


「ああ、やっぱり。どうしたの?泣いて…」


柊木君がきょとんとした顔で私の顔を覗き込む。

その優しい声に、私はどこかで何かが弾けた。


「……柊木君。…私。私…どうしよう」


柊木君が急ぎ足で近寄ってくるのが見えたが、溢れ出した涙で視界が狭まって行く。

彼はハンカチを持っていないと詫びて、自分の袖で私の涙を拭っている。


「取りあえず、座れて静かなところに行こうか。」


彼の言葉にうんと頷く。

すると柊木君が私の手を握ってきた。


「ごめんね。視界が悪いだろうから手を繋ぐね。」


そして私はまた泣いた。

思い出したくないのに、思い出すのは海との思い出ばかりだったから。


ああ、海の手を繋いでいたのはいつも私からだ。

海から繋がれたことなんてなかった。


海意外の男の子と手を繋いだことなんてなかった。

できればずっとそうであってほしいと思っていた。

でも、一番近かったはずの一番好きな人は、一番遠いのだ。


:::::::::


「それで、何で泣いていたのか言えそうなら教えて。」


彼は駅の近くにあった喫茶店に入り、あまり客のいないところに私を連れていき座らせた。

私の目の前に座ると、彼はコーヒーを二つ頼み、私が泣き終わるのを待っていたのだ。


「…私、……ずっと好きな人がいたの。でも一番仲の良い友達でもあった。中学生のときにね、告白したんだけど、他に好きな子がいるからって断られて。だから私咄嗟に嘘だったってことにした。怒られたけど、友達のままではいられた。でも、最近辛いの。その人が誰を好きなのか知っちゃったから、特に。」


「…うん。」


「…それで避けるようになって。それで今日、喧嘩しちゃって。ヤな事も言われたけど、それ以上に言いたくないこと言っちゃったことのほうがショックだった。」


「好きだって言ったとか?」


「ううん、そうじゃない。最近、男子が私に話しかけるのは下心があるからだって言うから、それならあなただって私と仲良くしていたのは、好きな子に近づけるからっていう下心があったんでしょって。」


「…そう。」

彼はふうとため息を零し、「なるほど、そういうことか」と微笑んだ。


私は彼の反応の意味が分からず、疑問符をつけたまま彼を見つめた。


「うん、いやね。君が言っている好きな人って、藍沢のことでしょ。」


「…えっ?」


「良いよ。隠さないでも。君に気がある男は全員、君は藍沢と付き合ってると誤解してるくらいなんだし。」


「気がある?」


「気づいてなかったの?藍沢が言ってる『下心がある』って、実は本当だよ。」


「それって、柊木君は?」


「もちろん、僕も。そして藍沢が彼氏なんだと誤解していた一人でもある。」


そう言って彼はハハッと笑った。


「でも、下心なんてそんなの私には感じなかった。」


「彼の言う下心って、きっと君への恋心もすべて含めているんじゃないかな。恋愛感情に対しての意識も、男女の差があるのかもしれないね。もちろん違う男もいるけど、その多くは、恋をすると彼女のすべてが欲しい。それって、つまり身体ごとって意味。どういうことか分かるよね?」


瞬間、顔が沸騰した。

振り子人形みたいにコクンコクンと頷く。


「それで大事にするならいざ知らず、色んな男がいるからね。本気で恋愛感情を抱いている奴ばかりとは言えない。身体だけが目当てで、それさえ手に入れば後はどうでもいいなんて奴もいる。きっと、藍沢は心配だったんだろうね、君の事。あ、僕は違うからね。」


と言って、手をヒラヒラと振って見せる。

私は彼の違うはきっと本当だと思った。彼に身体目当ての下心があるなら、今こそ付け入るチャンスだ。でも、彼は海の心配を代弁して、私に冷静になるよう誘導している。


「うん、信じるよ。」


そう言うと、彼は安心したように笑った。


「それに、君と喋るようになってから藍沢からしきりに睨まれること多くなった。彼、極めて温厚な性格だし、どちらかというとクールなほうでしょ。だから君と喋るようになった男たちは、彼の不機嫌オーラをもろにくらってるよ。余程、君を傷つけられたくないらしい。」


「それ、もしかしたら自分を避けるようにしたのは柊木君だと勘違いしてるかもしれないの。」


「どういうこと?」


「私たちが付き合っていて、それで他の男を避けるようにって柊木君が私に命令したんだろって。」


そう言うと、柊木君は笑った。


「それいいね!僕だって、できるもんならそうしたいよ。」


そう言うと、彼はとても優しい瞳で私を見つめた。


「でもフェアじゃない。そんな闘い方はしたくないからね。…僕は緑川さんのこと好きだよ。だからこそ、君の気持ちを大切にしたい。だから、頑張れよ。…藍沢に自分の気持ち、素直に言いなよ。じゃないと、何も変わらないし、進むこともできない。」


そう言って彼はコーヒーを飲みきった。

私が飲みきるのを待って、喫茶店から出る。払おうとした私を止めて、柊木君が払ってくれた。


「柊木君、色々ありがとう。」


「うん。…それじゃ、もう平気?帰れそう?」


「うん、大丈夫。じゃあ、また」


そうして柊木君と別れて、電車に乗り込む。


――自分の気持ち、素直に言いなよ。


この言葉が、頭の中でこだましている。





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