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桜ケ丘の丘の上で  作者: ひなた
7/8

開いていく距離

麗華に手伝ってもらいながら、海と距離を取ることひと月。

離れれば離れるほど、楽になれる、冷静になれるかと言ったら逆だった。それでもそばにいるときの辛さより、遥かにマシだと言い聞かせて、何かと理由をつけては普段通りの態度で海を避けている。


彼はずっと前から私が避けていることに気づいている。

それでも彼は何も言ってこない。ただ、じっと私を見つめて心の中を見透かそうとしている。

そんな気がするのだ。


麗華には「なんでそうなる?」と疑問を呈されたけれど、少し離れたほうがどうしたらいいのか冷静になれるかもしれないと説得すると協力してくれることになった。

海が私のクラスに来て私を呼び出して用事を訊かれても、私は麗華と用事があるからと断れるように。

時に麗華が指導役に立つ茶道部にお邪魔してお茶を頂いたり、習ってみたり。

麗華の家のパーティーに招待してもらったり。ただ街で遊んだり。またお泊まりしたり。

麗華の家はとても裕福だから、本当は送迎の専用車があるのに普通の高校生として生活がしたい麗華の望みを汲んで自転車通学をしている。

だからパーティーなんて至って普通のようだが、私からすると別世界のようにキラキラしている。

でも、麗華の家族たちは一般庶民の私のことを快く歓迎してくれるから、私も麗華のそばを離れないようにして楽しんではいるが、……だけど。


そんなときでも、私の頭や心を過って強烈な感情を引き起こさせるのはいつも海なのだ。


離れれば離れるほど冷静になれる?

よく言えたなと思う。

多分、麗華も納得しているふりをしてくれているだけ。友達の優しさにつけこんで、大好きな人の困惑した顔を何度も見て、自分のことも騙し続けてる。


でも、私はあのとき。中学生のとき。

海に告白する権利を失ったような気がして、恐い。

二度とするなと海は怒った。見たこともない、怒りに満ちた顔と声で。

当たり前だ。人を酷く戸惑わせておいて、嘘でしたって。いくら誤魔化すためだって、きっと海からしたら試されたと思っただろうし、馬鹿にされたとも思ったかもしれない。

今まで通りそばにいたかった、私の弱さ、卑怯さのせいで海を傷つけた。


今更、やっぱりあれは本当で、ずっと好きだったなんて言えないよ。

妹のことが好きだと分かったのだから、尚の事。


麗華はパーティーに出る前、私に必ず言う。

「良いなと思う男がいたら、私に言って。そいつがまさにいい男なら、紹介する。藍沢君より良い男なんて、いっぱいいるわよ。…とんでもないクズもいるけど…。固執しない!心をデカく、視野もデカく!良い?」と。

そんなとき、麗華はいつも悪戯に満ちたキラキラな目で微笑んでくる。

彼女は何をしても、何を言っても美しい。

どうしてこんなに美人な学校でも指折りの美少女が、私なんかと友達になってくれたんだろう。

疑問に思わずにいられないけど、彼女といると私はとても楽しい。


そうしているうちに、不思議なことに私に声をかけてくる男子が現れるようになった。

そういう子はいつも必ずこういう。

「藍沢とは、別れたの?」

私は驚いて、でも笑いながらこう答える。

「別れるも何も、付き合ってもいないのに」と。

彼らは一様にして驚いて、なら今度遊ぼうと電話番号を聞いてくるのだ。

私はどうしたらいいのか分からず戸惑う。今まで、男子と言ったら海くらいしかいなかったからだ。

でもその中で、ふと気になる男子がいた。

どこか、柊木昇ひいらぎ のぼる君と名前のどこか海に似ている雰囲気の、優しそうな男の子。

私は自然と、彼を目にすると声をかけるようになった。お早う、また明日。挨拶程度だった声かけが、少しずつ普通の会話になって、仲良くなっていく。


するとたまたま通りかかった海が、私を見つけて声を掛けようとするけど、他の男子と喋ってると気づくと奇妙な表情を残して去って行く。

それを何回か繰り返した。


柊木君はやっぱり喋ってても感じの良い、優しい人だった。


彼を男の子として好きになれたらどれほどいいだろう。そんなことを頭に過らせて、慌てて打ち消す。柊木君にも海にも自分にも失礼な考えに、私の心は冷え込んでいく。


私は困っていた。


他の男の子と喋るようになるたび、脳裏には海の顔が浮かぶ。


ふとした瞬間。今、何してるんだろう?と海のことを思う。朝も昼も夜も。寝る間際も。

どんどん悪化してるような気がする。


海のそばにいられない時がくるなら、いっそ自分から離れようと思ったのに。


今となれば、妹の想い人が海ではないことは分かった。

美結に確かめようにも、なんとなく気が引けて、私は恥を忍んで麗華に聞いた。

妹の好きな人が誰なのか知ってるかと。

麗華は、溜め息を零して言った。

「知ってるって言ってたの、やっぱり知らなかったのね。言っとくけど、藍沢君じゃないわよ。同じ一年生の男の子。工藤くんっていう子。まったく、あんなに仲の良い姉妹関係だからこそ、藍沢君の名前が出るのを恐れて聞けない気持ちも分かるけどね。」

そして麗華は私をじっと見つめて、微笑んで付け足した。

「はやく、気づくと良いわね。」


彼女はやっぱり良く分からないことを言うけれど。


「真衣ー!今日急に家の用事で帰ることになったから、約束また今度にしていい?」

放課後のことだった。

廊下から麗華が叫び、私は「分かったー!」と返した。

麗華はありがとうと走って帰っていった。

窓の外を見ていると、黒い高級車が麗華を乗せて走りだす。

それをぼんやりと見送って、私は自分も帰ろうと荷物をまとめて席を立った。


教室から出ると、足早に各々の部活部屋や帰宅を急ぐ生徒の波にのまれそうになった。

隙間を狙って玄関へ急ごう。

すると、後ろから私の腕を誰かが掴んだ。


「話しがある。」


海の声だった。




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