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桜ケ丘の丘の上で  作者: ひなた
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会いたい

真衣が俺を避けるようになってから一週間が経った。

俺の看病をしてくれたときには、少し様子がおかしかったくらいで治るまでお見舞いに来て口酸っぱく寝てろと面倒をみてくれていたはず。


それが良くなかったのか?

なにか気に障ることを言ったか、やってしまったのだろうか。


長く付き合いのある彼女の怒りポイントは把握しているつもりだったが、今回だけは分からない。

怒っているのかどうかもわからない。学校でたまたま顔を合わせれば普通の態度だからだ。

朝一緒に行く確立の高い彼女の妹に探りを入れても分からない様子だった。


毎日会うのが当たり前だった彼女の顔を見ることができない。

そんなことがこれほど苛立って、苦しいことだとは思ってもみなかった。


俺はずっと、勘違いしていた。

どうしてそんな勘違いができたのか。それを考えると、さすがに自分でも恥ずかしい。


頭の中で二人の女の子がいて、一人が一生懸命喋って自分を励まして手を取ってくれた。もう一人はにこにこして見守っている。

双子のような見た目で、でも決定的に違う。

いつすり替わった?俺の記憶の中で。

どうして俺の手を取って、強い言葉をくれたのは真衣じゃなく美結だと思ったんだ。

どうして、にこにこ見守っていたほうが、いつも自分を気に掛けて声を掛けてくる女の子だと思ったんだ。

あまりに似ていて、「みゆ」「まいねぇ」の呼び合いがどちらなのか区別がついていなかったのか。


それほど俺はあのとき、心がいっぱいいっぱいだったのか。

母さんが死んで、父さんが憔悴して声もなくして、俺は自分を抱きしめてくれる温かい腕を失った。

今日も明日も、酷く遠いものに感じた。永遠にこの苦しみが自分を覆い尽くして消えることもできない生き地獄を味わうのだろうか。

言葉にすればこんな感情だったが、子供のころはその苦しみの表しかたが分からなくて、公園で待っていれば、母がちょっと怒りながら迎えに来てくれるんじゃないかと足を抱えて待っていた。

でも来るはずがなくて。人気がなくなって、ブランコに座る。

ギィと錆びた金属の音が妙に寂しかった。


「ねえ、きみ。おむかえさんの子だよね?かいくんって言うんでしょ?」


俯いていた俺の顔を覗き込んで話しかけてきた女の子。


「ゆうひだよ。おうちにかえろう?」


俺は黙っていた。


「おうちにかえらないと、おばけがきてつれていっちゃんだよ?」


「いい。おばけがむかえに来てくれるなら、おばけでいい。…だってぼくのことむかえに来てくれる人なんていないもん!ほっといてよ!」


そう叫んでまた俯く。


「…まいねぇ」


その声で俺に話しかけてきた女の子の横にもう一人いるのが見えた。


「みゆ、だいじょーぶ。」

そう言うと、彼女は俺の手を掴んでベンチに強い力で引っ張って行った。女の子にしてはなんて強引なんだろうと俺は驚いて、その時はなすがままになった。

「いい?かいくん。これから私がだいすきなえほんのお話しをするね?」


そう言って、お父さんを失ったお母さんが悲しみに暮れひとりぼっちになった男の子の物語を聞かせてきた。正直言って、無理のある話だな。なんて冷めたことを思ったものだ。

でも、彼女があまりに感動して話して聞かせるから、つい自分も感動したのだ。


「だからね、もししてほしいこととか、言ってほしいことがあるなら、まずは自分から大事な人につたえることがだいじなのよ!だからね、わたしはいもうとが大好きだから、ぎゅっとするの。こうやって」

彼女は横で自分の服を掴んで離れない妹のことをぎゅっとする。

すると抱きしめられた女の子は嬉しそうに頬を赤くし微笑んで、そして、同じように抱きしめ返した。

「ね、ぎゅってしてほしいから、ぎゅっとしたら、ぎゅっがかえってきたの!」


「でも、ぼくにはそんなお願いないもん。」


お母さんを返してください。ぼくのお母さんに会わせて下さい。

そんな願いを叶えてくれる魔法なんて、ないと知っていたから。


「おむかえにきてくれる人なんていないもん。」


父さんは憔悴しながら仕事に行って、俺の存在は眼中になかった。

多分、家にいなくても気づかないかもしれない。それほど母さんを愛していたし、失った悲しみに飲み込まれていたのだ。分かっている。

でも、俺は両親を失ったような絶望が襲ったんだ。


女の子はちょっと困った顔をして、でもすぐにキッと決意に満ちた表情でこう言った。


「むかえにきてくれるひとがいないなら、私がむかえにくる!!ゆうひがおむかえにきたら、私がかいをおむかえにくる!」


夕陽はお月様を連れて夜を迎えにくる。

だから夕陽が赤く染め上げる間に家に帰らないと、本当にお化けが知らない世界に連れていって食べられちゃうかもしれないんだよ。

だから一緒に帰ろう。これからずっと。だってかいがいなくなったら嫌だもん。


頑なに拒む俺の手を強く引いて、最後は半ば泣きそうな顔でそう言った。

俺はいつの間にか掴まれた手を掴み返して、手を握っていた。

これほど心配してくれる子の手の温かさに、安らぎを感じたから。


そうだ。あの時は、どちらが真衣なのか美結なのか知らなかった。

子供の不思議だ。名前をしっかり覚えていなくても、遊べてしまうのだから。


だがこの事はしっかり俺の中に残っていて、いつしか恋心へと発展させた。

どちらがあの言葉の発信者なのか、分かっていないのに。


そして一緒に遊んでいるなかで


「夕陽が迎えに来たよ!帰ろう!」


その一言を発した美結のことを、俺の手を引っ張ったあの子だと認識したのだ。


けれど恋心に反して、仲良くなるのは真衣のほうだった。

なにかと気に掛けては話しかけてきて、俺や美結の顔を見ては馬鹿なこと言って、それでこちらが笑うと安心したように笑む。

そして俺がふとしたときにナーバスになると、彼女はすぐに気づいて、一生懸命笑わそうとするんだ。


近所のおばちゃんが俺たちにお菓子をくれる日も、俺が美味しいと笑むと、何故か彼女は酷く安心したように笑って嬉しそうにお菓子をほおばる。

俺が笑うと、真衣は嬉しそうに笑う。俺が悲しんでいると、真衣は辛そうな顔で道化師を演じてみせる。

いつしか同じような感情を彼女にも抱くようになっていた。

彼女が幸せだったら、自分も嬉しい。彼女が悲しそうだったら、自分まで苦しい。どうにかしてやりたいと思う。


なのに、恋は美結に抱いているものだから、真衣への感情は大事な友人に向けたものだと錯覚していた。


中学生のころ。

真衣は俺に好きだと言った。

俺は断った。他に好きな子がいるからと。


すると彼女は目を見開いて、嘘だよ!冗談に決まってるでしょ!と笑いながら本気にしないでよと俺を叩く。

俺は本当に冗談だったんだと思って、怒った。

そんな嘘で人を困惑させて笑うなんてひどい趣味だ。いい加減にしろ。

彼女は真剣な顔で、うん、ごめん。考えなしだった。ただちょっと私が告白したら、どんな顔するのかって気になって、ほんと、ごめん。ごめんね。と辛そうな顔で謝っていた。

俺はもう二度としないことを約束させて、その後は彼女も普段通りに接していたので、あっという間に元通り。


もし、あれが冗談じゃなかったら。

もし嘘でもなんでもなく彼女が俺に向けて放った本気の言葉だったら。

勘違い野郎の認識を持ったうえで、自惚れ野郎の烙印までほしいままにしたくはない。


真衣のことを好きなのか?俺は。

分からない。


長く一緒にいて、大切な大きな存在であることだけは分かる。

でも、それが恋愛感情なのかどうなのか、はっきりしない。


ただ一つ、はっきりしていることがある。


会いたい。


いつものように、毎日一緒に登下校してくだらない話で笑って、今日のこと明日したいことを話しあって、失敗した話や嬉しかった話しをして、たまに喧嘩して、それでも一緒にいるのが当たり前で。


そんなふうに。


どうしてだ。

恋心を抱いているはずの女の子から恋愛相談されたときも、これほど苦しくはなかった。

ついに告白するみたいだよ、なんて噂を聞いても、そんな話が噂になって結果までも学校中に知れ渡るなんて、辛いだろうなと呑気に考えていた。

失恋の痛みに立ち竦む彼女を見て、自分も君を女の子として見てると伝えようとしたときも、ふと胸の奥でつかえるものを感じて言葉が続かなかった。

その前に彼女が、自分の勘違いを正してくれた。


真衣にラインを送って探りを入れて、美結が言っていたことが正しかったことで自分の中の違和感が更に大きく膨れ上がった。そのモヤモヤの正体が分からなかった。一番大切なことなのに、一番遠い。苛々する。


彼女のいない帰り道を歩いて、隣には彼女の妹。

いつもいるはずのところに、一番いてほしい人がいない。


……一番いてほしい人?


そして過った。過去すべてのシーンが。


一番、自分を支えてくれていた小さな手の持ち主が。

いつも自分の横で笑っていて、自分の幸せを見て喜んでくれる。

揶揄われるのが目に見えるのに先生相手に大声で啖呵切ってまで休ませようとしたり。

一生懸命看病して、良くなっていく姿を見て安心して微笑んでくれる。


真衣。


おまえ、今なに考えてんだよ。どうして避けるんだよ。どうしていつもみたいに笑ってくれないんだ。


会いたいよ。





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