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桜ケ丘の丘の上で  作者: ひなた
5/8

美結の恋

私が恋をしたのは小学生のころだった。

姉の様子が少しずつ変わりはじめて、私にもうっすらと一線を入れ始めた時期。私が小学校5年生のころだった。

勉強も一段と難しくて、姉に頼り切りで勉強を教えてもらいながらも、今までとは違う距離感に寂しさを覚えて、でもなんとなく姉の気持ちも分かる気がして言い出せなかった。

前みたいに大好きだよって全面的に気持ちを押し出していけない時がきても、誰が何と言おうと私の大好きなお姉ちゃんだよ、と。

そんなとき、算数で分からない問題が出てしまい、分かるまで居残りになった。

姉はいない。帰れない。私しかいない。

しんとするクラスに取り残されて、私は焦燥感で頭が真っ白になったし、ことさらに問題を難しく感じるようになった。


その時だった。


そこに彼が忍び込んで来て、私にヒントを書いた紙をくれたのだ。


「内緒だよ。これじっくり読めば、きっと解ける。」


そう言って、彼は音もなく帰っていった。

私は、そんな彼が残したメモと悪戯を思いついたような笑顔が固まっていた心を解いてくれたことに気づいた。

そのメモを見ると、私がどうしても理解できなかった要点がまとめられていて、それまで難しいとしか思えなかった問題が不思議と容易いものに思えるようになった。

そして、彼の言ったとおり、その問題を自分で解けるようになった。


様子を見に来た先生から丸をもらい、やっと帰宅が許された。

靴を履いて、校門を出るとそこに彼が立っていた。


「どうだった?」


「うん、すっごく分かりやすかった。ありがとう。」


「よかった。じゃあね」


そう言って彼は走って帰っていった

夕陽が赤く染める街で、彼の走る背中のランドセルをぼんやりと見ていて私は気づいた。


今まで、話したこともないクラスメイトの男の子。

でもその人に特別な気持ちが生まれたことに。


ずっと好きで。

やっと友達になって、毎日彼の姿を見て、声を聞くことが幸せで。

友達にも内緒で密かに想う日々。


でも、彼は私の友達に恋をしていた。

そのことに気づいたのは、廊下ですれ違うたび、ある一定の人がいるときだけ顔を赤くして、ぎこちない態度になるのに妙に嬉しそう。

だから私は気づいた。


中学校に上がってから数か月後、友達も彼を密かに想っていることに気づいた。

けれど引っ込み思案なふたりは、なかなか想いを伝えられず、いつしか友達には違う男子がアプローチして付き合い出すようになった。


彼は酷く落ち込んで、私とも距離を取り始めた。

そんなの気づかないふりをして、いつもどおり接するうちに再び接点を持ち始めた。

はた目から見ても、彼はまだ彼女のことを想ってる。


だけど、だけど。


私だって、あなたのことをずっと大好きだったんだから。


ほんの一ミリで良いから、私を見てよ。


私の気持ちに気づいていても、受け容れられないからこうしているの?


それとも、私のことなんて興味もない?


正直それまでの間、私にも男子からのアプローチはあった。

でも、彼じゃない男子に心は揺らがなかった。どうして一番好きな人に、好きになってもらえないんだろう。告白してくれた男子に対して失礼なことまで考えて、ひとり虚しくなっていた。


それからまた二年が経って、耐えきれなくて、私は告白することにしたのだ。

「ずっと、好きでした。」

でも、彼は言った。

「ごめん。他に好きな子がいるから…知ってるでしょ?」


「うん…。そうだよね。ごめん。知ってるのに、変な事言っちゃって、ごめん。」


まだ彼は、あの子を想ってる。

どうして私、こんなに一途な人を好きなのかな。だからこそ、好きなんだっけ。

でも、もう私。どうしたらいいのか、分からない。


分からない。




::::::::::::::::::


隣で海君が歩いている。

「今日、真衣は?」


「調子よくないから先にって。」


「…具合悪いのか?」


「んー、最近なんだか顔色良くないかも。大丈夫って言ってるけどね。」


姉の様子が妙におかしくなりだしたのは、海君が風邪を引いて早退した日からだ。

その日、姉は海君のお見舞いに行って、食事の用意や看病を率先してやっていた。

それから帰ってからどうも様子がおかしいから、風邪がうつったのかと心配していたのだ。

さっきも準備万端で一緒に出るのかと思いきや、「もう少し休んでから出るから」と先に行かせたのだ。

いつもの時間だから既に海君も家から出て、自動的に一緒に並んで歩いている。

海君は紳士だと思う。

自分のペースで歩けば、あっという間に駅に着くだろうに。


私は常々思っていた。


いつ姉と海君は恋人関係になるんだろうと。

海君が一緒に登下校する仲なのは姉だけだ。その姉のペースに合わせるのが当たり前だからこうして姉の不在でもペースを抑えて歩いているのだろう。

私と海君は、姉を介して良く会うくらいで仲が良いとは言えない。幼馴染の枠に入るのかもしれないが、姉がいなければこうして会話する機会はなかったかもしれない。

彼は私に会えばいつも心配してくれて、気を配ってくれていた。私は勝手に妹分のようにかわいがってくれているのだと感じている。

あの時も紳士だった。

私が振られた日。


呆然として、涙もでなくて。

ただ震えて立ち竦んでいたとき、たまたま通りがかった海君が声を掛けてきたのだ。

「美結、どうした。」


「……私じゃ、だめだって。私、どうしたら」


声が震える。その言葉を口にすることによって急に涙が零れてきた。

それを見た海君は驚いて、すぐ近くのベンチに私を連れていった。

「…座って」


大人しく座ると、その横に海君が座って話しを聞いてくれた。


「相談してたでしょ。私、好きな人がいるって。今日告白したの。でも、振られちゃった」


「……うん」


「やっぱり今もあの子のこと好きみたい。…一途だよね。あの子は他の子と付き合ってるのに。…でもね、私って良い子じゃないから、好きになってもらえないって分かってるんだ。ふたりの気持ち気づいてるのに、教えないで。隙を狙って自分の気持ち伝えるなんて。」


「いや。君の友達は、どうして彼が好きなのに他の男と付き合ったの?」


「すごくシャイな子で、言い出せないでいる間にすごい積極的な男子に言い寄られて、中々上手くいかない恋より自分を好きだって言ってくれる人と付き合ったほうが辛くない、自分はなかなか言えないから真逆の人のほうが引っ張ってくれそうだからって。」


「それか君の友達の答えだった。違うか?それとも、今君の友達はその人と付き合っていて不幸そうなのか?本当はあの人のことが好きなのにって。」


「…ううん。私の目には、そう映ってはいない。大人しい子だったけど、彼と付き合うようになってよく喋るようになって、楽しそう。」


「俺からすると、そろそろ前を向くべきなのは彼のほうに思えるね。」


「でも、それなら私だってそう。最初から分かってるのに、諦められない。彼の場合は違う。あの子にもなんとなく気があるんじゃないかって期待があった分、もう少しで手に入るかもしれなかった人だと思えば執着してしまうことだって…」


すると海君が私の頭に手を回して、自分の肩のほうへと引き寄せた。

肩に乗せた頭をポンポンと優しく撫でていく。

長い付き合いの中でこんなのは初めてだ。


「悪い。俺だって同じなのに、知ったようなこと言った。俺、昔…覚えてるか?」


「え?」


「昔、美結は俺に言ったよな。『赤い夕陽が迎えに来たら、私があなたを迎えにいく』って。俺、あの時から…その……」


「違うわ。」


「ん?」


「それってお姉ちゃんが公園で海君に初めて声をかけた日のことでしょ?」


「うん、そうだけど」


「迎えに来るお母さんなんてもういない。って泣いて、でも強がってる海君にお姉ちゃんが大好きな絵本の話しを教えて聞かせたのよ。それで、最後にお姉ちゃんが言ったの。『迎えにくる人がいないなら、私が迎えに来る!赤い夕陽が迎えに来たら、私が迎えに来るから!』って。お姉ちゃん、このまま放っておけば夜になっておばけに海君が攫われるって本気で心配してたから。」


「えっと…」


「あれ?やだ、初めて声かけたのお姉ちゃんだし、その台詞を言ったのもお姉ちゃん。私じゃないよ。もう、それならどうしてお姉ちゃんと仲良くしてたのよ。それならそんなかっこいい台詞言ったのに、私全然海君のこと迎えに行ってないじゃない。誤解してるよ。あの時私たち見た目が双子くらいに似てたから、間違えて記憶してたのかな。ほんと、そっくりだったの。」


「そ、そっくりだった?」


「…成長するにつれ違ってくるようになって、親戚の人とか近所の人とか、心ないこと言われてお姉ちゃん傷ついてた。でも私のことはすごく可愛がってくれたの。大事にしてくれた。でも、やっぱり多感な時期に容姿について大人が酷いこと言うものだから、私との間に軽く一線を引くようになったのよね。…多分、酷いこと言われて我慢してるときに、私が気まずそうにしてるの気づいてるんだと思う。」


「……美結じゃない…。真衣だった?」


「そうよ。もう、そんな大事な日の記憶を間違えてるなんて、海君もおっちょこちょいね!」


と笑うと、困ったように頭を掻いていた。

私は笑いながらその姿を見て思ったんだ。


ああ、どうしてふたりがこれほど大事に想い合ってるのに、微妙にすれ違ってるのか、分かった。

海君に私に言おうとしていたことも、想像できる。

きっとあの日から「好きだった」って、言おうとしてたんだ。

でも、それは違う。


人違いしていても、海君が一番大切に想ってるのは今も昔もお姉ちゃん。

海君にとって大事な言葉になった台詞を言ったのもお姉ちゃん。


多分、お姉ちゃんもずっと海君のことを大切に想ってる。


今こうして二人で歩いていても、海君はぼうっと姉のことを心配してる。

無意識なのか意識的なのか、姉のことを目で探してること私はずっと前から気づいてたよ。

どうして、本人は気づかないんだろうね。


私のことが好きなんだと思い込みが邪魔をして、ずっと姉を想っていたのにその答えへの道を塞がれていたんだ。

私が教えるより、ちゃんと自分で気づいてほしいな。お姉ちゃんのためにも。

早く、大事なことに気付けたらいいね。










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