やっぱり美結のことが好きなの?
私の家は桜ケ丘の丘を整備した住宅地に建っていて、家の前は坂道になっている。
「真衣ねえ、この髪型どう?」
そして私は緑川真衣。髪型を気にしているのは私の妹、美結。
姉妹で同じ高校に通っている。現在私は高二で、妹は高一。
「すっごく、かわいいですよー」
「もう、全然見てないじゃない!」と手袋を投げつけてくる様子もまた可愛い。
美結は姉の私に似ず、とても美少女だ。同級生男子の眼差しを独り占めだけでなく、学校全域で噂になる美少女。これでも小さいころは似ていたんだけど、成長するにつれて置いてけぼりになった。それを悔しいと思ったことはなくて、寧ろ妹のことはとても可愛く思っている。
それに、我が校に誇る美少女は妹だけではない。
私の友人、戸坂麗華もその一人。彼女とは何の縁か、こんな地味な私と友人になって五年目になる。なかなか洞察力に長けた侮れない美人な友人に私はいつもドキドキしている。
何の引き寄せが働いているのか、我が校は美少女と美少年の宝庫だ。私には関係ない世界だけれど。
「真衣ねえ、先に出て!追いかけるから!」
どうも髪型が決まったあとに忘れ物を想い出したらしい。
お言葉に甘えて先に出ることにした。
冷え込む冬の登校。いい加減、寒い時期の防寒対策を許可してほしいものだ。せめてタイツくらい。
一歩外に出ると、吐く息が白くなった。今日も皮肉なくらい良い感じに冷えてる。
「おーっす」
気の抜けた挨拶が聞こえて、私はいつものようにそちらに顔を向ける。
「おーっす、海!今日も元気に冷え込んでるねー」
「なんだ、それ。けど、ほんと。こうも寒いと気が滅入る。」
彼は私の幼馴染。藍沢海。道を挟んだお向いに住んでいる。彼とは幼稚園からの付き合いで、高校も同じ。
「海は海って名前だけあって冬苦手だもんね。」
「名前関係ねぇし。つか、妹はどうした。いつも一緒だろ。」
「んー?忘れもの探しで遅れるから先にって。追いかけるって言ってたからそのうち来ると思うよ。」
「ふーん。」
足が寒いのに、胸の前で腕を組んでしまうのは何て言う防衛反応だろう。
でも、寒いとあまり海の顔を見なくて済むから良い。
彼は我が校を誇る美少年の一人だ。
青みがかった黒い髪はサラサラで、整った目鼻立ち。瞳の色がわずかに薄く、白い肌にまっすぐ伸びた鼻梁と厚みのある唇、まるでハーフのよう。当然のように、女子にもモテる。
そんな彼の顔をあまり直視したくないのは、数年前の出来事に理由がある。
中学生のとき、私は彼に告白して見事に玉砕している。
そう、私はずっと海のことが好き。
そして最近、妹も海のことが好きなのかなと思う節がある。
妹は、そのことについて私に相談してはこない。もしかしたら、私の気持ちに気づいているのかもしれない。だから、私からも切り出すことはしていない。
海も、どこか妹を気にしているように感じる。
ああ、二度目の玉砕は間近なのかなと思う度、私は泣くに泣けない環境に身を置いてることを恨めしく思うのだ。
せめて、なにがあっても友人ポジションを貫いたほうが私にはいいのだろうか。
妹は、妹なのだから。でも彼は、関わり合いがなくなってしまったらおしまいだ。
あれは中学二年の夏。
優しくて、誰にでも同じ態度で見目の美しさだけで人を判断しない彼に惹かれたのは小学生のころ。
同じ歳の男の子は、かわいいだのブスだので態度を変えるのに、彼はまったくそんなことをしないし言わない。
そんな彼に言ったのだ。
「私、海のこと男の子として好き。」
こんなシンプルな台詞も、恐かった。言ってしまえば、その関係が一変するのは分かり切っていた。でも、そのころの私は思い余って、どうしても彼に伝えたかった。
彼の返事はこう。
「俺は、真衣のこと女の子として見てない。ごめん。それに、俺好きな子いるから。」
だから、瞬間的に繕っていた。
私はパシンと彼の肩を叩いて、
「何本気で返事してんのー!冗談に決まってるじゃん!ビビったわ、本気になるなんて!」
彼は怒って、怒って、でも。
安堵としていた。
それでも最初はぎこちなかった。でも、喧嘩してたってことにして仲直りして変わらず幼馴染でいる。
それが悲しいのか嬉しいのか分からない。でも、私は今も彼が好き。
ちらりと横を歩く海を見ると、彼は寒さに頬や鼻頭を赤くさせまっすぐ前を見ている。
この横顔から、前を真っ直ぐ見つめる彼の眼差しを見つめると胸が締め付けられるように高鳴る。
清廉として、芯の強さを窺わせる彼の眼差し。
でも、彼は私のことなど眼中にない。その事実を毎日思い知ることが最近辛い。
学校に着くまで、ついに妹は合流しなかった。
その理由は忘れ物を無事に手にした瞬間、やっぱり髪型が気に入らなかったから手直しして時間がかかったためだった。
いつにも増して、念を入れた髪のセットに私はふと妹は誰かに告白するつもりなのかなと感じ取った。
「どうしたの、そんなに髪型気にして。」と聞くと、妹はふふと笑って「なんでもなーい」と片ほうの肩をあげた。そんな仕草も様になる妹。末恐ろしいな。
麗華は妹のことで頭がいっぱいになった私の耳の横で囁く。
「あらあら、このままでいいのかしら~。妹の心が誰に向かってるのか、あなたちゃんと知ってるのかしら?」
綺麗な顔の麗華に見つめられると、女の私でもどきっとする。しかも、こんなセリフまで言われたら倍どきっとする。朝からキツイことばかりだ。
「美結は…分かってるわよ。誰が好きかなんて。」
「そうなの?」
「そう!」
「そっか、なら美結ちゃんが今日ついに告白するってもっぱらの噂よ?」
「やっぱり、するんだ…。」
「その通り。あんなに入念にヘアスタイル決め込んで、学校中の噂になってても構わないで、頑張るわね彼女。感心だわ。」
そう言って、麗華は自分の席に戻る。
項垂れている暇もなく、教師がやってきてすぐに号令がかかる。でも、頭は彼と妹のことでいっぱいだった。
自分は異性としても見られていないのに、諦めの悪い性質は自分でも手に余る。
そう思っていても、私は彼を想わずにはいられないのだ。
海は誰のことを好きだったんだろう。どうせなら、あの時聞いてしまえばよかった。
放課後になって私は掃除のためにゴミ箱のゴミを捨てに外の収集所に向かった。
外廊下を歩いていると、一組のカップルがベンチに座って話し込み、流れるように女子の頭を引き寄せて自分の肩に乗せる男子の図が見えた。
ぴたりと自分の足が止まる。
見に覚えの有りすぎる二人に、私の心臓がどくんと波打つ。
ああ、上手くいったんだ。
じゃあ、彼が好きな子がいるって言ってたの、もしかして私の妹だったんだ。ずっと前から、妹のことを。
バカみたい…。
美しい二人が寄り添う図は、絵になるな。それなのに、好きなんて言って…私。
バカみたい。
ほとんど無意識だった。
ゴミを捨て、教室に辿り着いて、麗華に心配されて。
でも、私の耳は何も聞きたくないかのように塞がれていた。
「真衣…真衣待ってよ。」
早歩きで去ろうとする私の腕を掴んで、麗華は意外なほどの力で私を止めた。
「あんたこのままだと事故にでも合いかねないよ。」
「れ、麗華…」
そして彼女はそのまま強く私を引っ張って歩いて、気づいたら彼女の家でお茶を飲んでいた。
「ま、あらかた事情は察してますが、どうしてこうなったのか教えて。」
私はゴミ捨ての最中に見た、二人の姿を話して聞かせた。
その間、麗華はお茶をすすりながら冷静に聞き。
「…それで、二人は上手くいったと思って二度目の失恋に嘆いていた、と。」
「ずっと好きだった相手と、妹が恋仲になるって、私耐えられるかな。」
「まあ、実際そうなったら耐えるしかないしね。」
すぱっと現実を突きつけてくる麗華を見やり、力なくテーブルに項垂れる。
「妹ね、私には絶対誰が好きなんて恋バナしなかったの。でも私だって気づくよ。誰かに恋をしてるんだなって。で、二人の様子を見ればなんとなく分かったよ。こことココかぁ~って。美男美女お似合いの二人!でも、でもさ。ずっと近くにいた私なんて地味でバカで、取り柄もなくて、それなのに近所ってことで幼馴染やって仲良くしてさ、好きですなんて言っちゃって。バカみたいだよね。身の程を弁えろって話しだよね。取り繕ったって海は気づいてたかもしれないじゃん?嘘じゃなくて本当だったって。妹だって私の気持ち知ってて、それで…でも、そんなことはどうでもいいよね、分かってる。でもでもでもぉ」
次第に涙声になる私に、麗華はふうとため息を零す。
「めんどくさいわね。」
「ひどいぃ~~」
ついに泣き出した私を黙って見つめ、麗華は「今日は家に泊まっていけば?少しは冷静にならないと、妹の顔もまともに見れないでしょ。で、その妹にも自分の気持ちを気づかれたくないんでしょ?」とやれやれと言った。私はその言葉に甘えて、麗華の家に泊まることにした。
だから、分からなかった。妹が泣いていたことに。