表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

暗闇校舎探検隊!

作者: straightree

これは『サプライズ』というテーマで書かれたものです。加筆・修正して投稿しました。最後まで読んでいただけると嬉しいです。

「幽霊の正体見たり、枯れ尾花――」


 少女が腰に手を当てて、床にへたり込む男に噛んで言い含めるように口を開いた。

「――って言葉知ってる?」

 比較的甘めの高音の(ハイトーン・ボイス)。ぴたりとしたジーンズが際立たせる足は細い。その下は上履きだ。学生にしては赤茶けた髪で、窓から入る月光に彩られている。


「……知ってるよぉ」

 対して答えた声は情けなさでいっぱいだった。スーツは冴えないベージュ、暗い教室の中で、ぼぅっと浮き上がるように見える。

「だったらしっかりしてよ、先生なのにだらしない」

「だってぇ……怖いものは怖いってゆうかぁ」

「かぁ! これが今時の先生の言葉ですか!? もう、さっさとしてよね! サトコも暇じゃないんだから」


 うう、と蹲るような男を睨みつけ、サトコは斜め上を向く。きっちりと整理されたような正方形の枡目の、天井板の一角に不自然な影を見つけて、つとその方向へ歩いて行った。


「な、なに……? どうしたの、サトコちゃん」

 教卓の近く、黒板のすぐ上だ。

 カチ、カチ、と規則正しく秒針の動く音が、夜の学校ではやけに大きく聞こえる。時刻は十一時四十五分。あと少しで明日になる。

「……なにぃ、何なのぉ……」


――あまりにも情けない!


 サトコは聞えよがしに溜息をついた。

「楓、一体いくつになったわけ? あのさ、従妹として言っておくけど、そんなのだから生徒になめられるんだよ」

 天井を見ながら、サトコは震える従兄に引導を渡す。この八つ年上の従兄はどの生徒にも分け隔てなく優しく、見た目はそれなりの好青

年だが、小さい時から夜と暗闇とおばけが大の苦手だった。


――なんだ、ただの染みか。


 怖くない、と言ったら嘘になる。サトコとて怖いものは怖い。大体にしてどこの学校にも七不思議の話はある。ましてや、生徒のいない深夜の学校なんて、しんと静まり返っていて不気味極まりない。


が、楓の慌てようといったら二目となかった。


-----------------------------------------------------


 西村楓はその日七時まで学校に残っていた。無論、彼はそれほど熱心な教師ではなかったので、部活や何かその手の、生徒のために休日の学校にいたわけではない。

 ただ、家に帰って酒を飲み、テレビを見て、風呂に入り、ふと思い

出したことで真っ青になった。


――アレどこに置いてきたっけ!?


 身の破滅である。生徒に知られたら、見つけられたら、あまつさえ中身を目にされてしまったなら、彼はもう学校に身の置き所がなくなるだろう。

 が、時刻はすでに十時を回っている。取りに行くのは恐ろしかった。


 かといって、朝の弱い楓が早起きをして生徒の登校時間よりもかなり早くに学校に入り、それを探し出すのは至難の業であることは間違いない。何よりもどこでなくしたかさえ、覚えていないのだ。

 つまり、自分が帰り間際に向かった先――教室、特別室含めて――全てを探して回らなければならない。何故ならば彼は今日、施錠当番だったのだから。


――いやいやいやいや、そんなの無理!!


 施錠の時でさえ、自分の立てる足音に逐一怯える楓である。それでもまだ校庭では部活終わりの生徒達の声はしていたし、ちらほらと校内にも生徒も残っていたので――彼はその生徒たちを鍵を閉めるから帰りなさいと懇願した――ちらっと恐怖を感じるだけで済んだのに。


 彼はそこで頼もしい従妹のことを脳裏に浮かべた。本末転倒であるかとも思ったが、背に腹は換えられなかった。


-----------------------------------------------------


 従兄にして、我が校の教師でもある、生徒に好かれている――というより嘗められきった臆病な楓から携帯電話に着信が入ったのは十一時少し前だった。


 情けない声は電話口から溢れ出て、しかも相当に狼狽している。

『で、で、でね! 忘れちゃったんだよ! どこに置いたかも思い出せないんだよぉ……どこだろ、どうしよ、視聴覚室とかだったら! あそこ、幽霊が出るって噂なんだぁ! でも俺、朝は起きられないし、でも今から行くの怖いし! どうしよ、どうしたら、ねぇ……あの』

 サトコはゆっくりと深く溜息をついた。


「――ってゆうか、さあ。どうしたら、じゃなくてサトコについて来いってことでしょ、それ」


 電話の向こうでしきりに頭を下げる楓が目に浮かぶようだ。壁の時計を見上げ、日付変わっちゃうかもな、と考えながらサトコはこの従兄の望む台詞を吐いた。

「わかったよ、探し物手伝ってあげるから。楓向かえに来てよ」

『……俺、お酒、飲んじゃった……ごめん』


 この役立たずが! と心の中で盛大に罵倒して、サトコは徒歩で迎えに来るように指示を出し、電話を切ったのだった。


-----------------------------------------------------


 サトコと楓が学校についたときには十一時半になっていた。


「それで忘れ物って何? どんなの?」


 校舎は黒々と闇夜にそびえたっていた。何者の侵入も拒むような姿に少しだけサトコも息をのむ。が、隣の楓の怯えようは半端ではない。

「……紙袋」

「中身、なに?」

「えっと……うわっ!」

「どんくさいなぁ」

 ガシャンと微かな音を立てる校門を二つの影が乗り越え、ざくざくと校庭を歩く。妙に響く靴音がまた恐怖心を煽るが、サトコが怯えればその分十倍は上乗せで従兄が怯えるだろう。

 それだけはごめんだ。しいて言うなら、メンドクサイ。


 いや、楓の怯える姿は心底楽しいけれど。彼にとって唯一の救いはこの学校の校庭には<二宮金次郎の銅像>がないってことかも、と蒼白な従兄をちらりと盗み見て思った。

彼はサトコの服の裾を掴んで離さないうえに、彼女の後ろをひっつくように歩いている。誰かがその後ろからちょっとでも驚かせば、そのまま心臓が止まってしまうんじゃないかという顔だ。


――日曜日の深夜の高校で、なんてそうないか。記念になりそう。それに……


 サトコはくすりと笑みを(もたら)したその考えに大いに満足した。


――楓、驚かし放題!


 心臓が止まらない程度にしておこうという分別は持ち合わせていたが、これくらいの仕返しなら許されるだろう。

いや、決して楓が嫌いなのではない。むしろ楓に頼られるのは嬉しいくらいだ。

サトコにしか見せない、この怯えきった顔が楽しくて仕方がないのも事実だが、それが自分だけという優越感が根底にあることも薄ら自覚している。


 ザクザクと、二人分の足音が真っ直ぐに、誰一人いるはずのない校舎の入口に向かう――もちろん職員入口の方だ。

「さぁ、鍵開けてよ」

 我知らず、囁きのように微かな声が出た。自分ももしかしたら緊張しているのかもしれない。

「う、うん……暗いけど、大丈夫だよね?」

 楓は不安そうに頭一つ分背の低いサトコを見下ろし、鍵穴に差し込んだ鍵を捻る。かちり、と微かな音がして、解錠された。

「でも懐中電灯は使えないよ?」

 え、なんで? と言いたそうにサトコを見た従兄に――その手にはしっかりと大型の懐中電灯がある――彼女はこれ見よがしに溜息をつく。

「外から光が見えちゃうでしょ? 中に人がいるのがバレバレじゃない」

「確かにぃ……」


 今夜が満月で良かった。明かりが多少あるお陰で、ガラス窓付近は比較的明るい。

「とにかく入って。で、まずは施錠の順番と逆に回ろう? あとは適当でいいや。まずは――どこ?」

「えっと、職員室」


 そう聞こえてすぐにサトコは職員玄関の脇の階段を見上げた。このすぐ先、正確には踊り場を一回通るが、この先に職員室がある。が、サトコは一瞬階段に足をかけることを躊躇した。


 真っ暗だ。


階段はまるでどこまでも続くかに見えた。踊り場までわずか十段程度のはずなのに、真ん中から先は黒く絵の具で塗りつぶしたかのよう。

 真後ろで、ごくり、と息を飲む音がやけに生々しかった。

 と、同時に楓がきゅっとサトコの手を握る。

「は、離しちゃ嫌だよ……」

 それ、むしろ女の子の台詞だよね? と出かかった言葉を飲み込んで、サトコは勇気を出して職員室に向かった。


-----------------------------------------------------


「ひええええ!」

「うわぁ!」

「ぎゃっ!!」

「サ、サトコちゃあん!!」


 予想に違わず、楓はかなり怯えてくれた。これがお化け屋敷ならサトコは腹を抱えて笑っていただろう――ある意味楓のなけなしのプライドが守られて良かったかもしれない。

 それでも情けないことはこの上ない状態だったけれど。


 職員室では窓辺に掛けられていた物理教師の白衣に驚き、視聴覚室では多分換気のために少しだけ開けてあった窓から入る風に揺れるカーテンに怯え、音楽室では合唱部が止め忘れた加湿器の湯気に叫び声を上げ――この体たらくである。

楓はしがみつかんばかりにサトコにくっつき、小さく震えていた。


 サトコもそれらには一瞬ドキリとさせられていたが、すぐに冷静になって状況を分析している。いや、物理教師の白衣はともかく。

「楓、全然役に立ってないじゃん。施錠当番なのに確認してないの? 窓開いてるし、加湿器点けっ放しだし――この分じゃ普段も満足にこなせてないでしょ?」

「……いやぁ……普段はほかの先生にお願いしてついて来てもらってる」

「情けないなあ」

「うう……面目ない」


 そして結局、特別棟には楓の忘れ物はなかった。


-----------------------------------------------------


 ぺたぺた、と間抜けな音が暗い廊下に二つ。

楓は職員玄関で自分の上履きに履き替えていたし、さっきサトコも昇降口で自分の上履きを履いてきた。靴下一枚だったから、校舎に入って十五分とはいえ、けっこう冷えた。


 窓はあったが、北向きで月明かりも入らない。その為、廊下は予想以上に暗かった。びくびくとしながら、楓が後ろをついてくる。一階、二階を見て回り、ここが二階の最後の教室だった。どうやら先ほどまでの会話でサトコがわかったことといえば、楓が戸締りをするために中まで入ったのはこの教室で終わりらしい。


 そして、楓の怯えように呆れたサトコは天井の不可解な染みを見つけたわけで。

「な、何? そこに何かあるのぉ!?」

「……なんもないよ。はい、立って。次は三階!」


 サトコは楓に声をかけ、教室を叩き出した。


-----------------------------------------------------


 暗い階段は目の前だ。そこを登り切り、三階最初の教室のドアを楓から――あまりにももたもたしていてじれったくなったので――かなり初期で奪った鍵で開け、一歩中に入る。


「――ねえ、教室は全部回ったの?」

 サトコは従兄を振り向き、そう聞いた。確信があった。今までの発言からして、彼はきっと。

「四階は回ってません……」

「やっぱり」

 だって怖かったんだ、と情けなく呟く従兄に首を振るしかない。

「……今、俺のこと情けないって思ってるでしょ」

「大丈夫。情けなくないなんて思ったことないから」

 漫才のような肯定を返して、サトコは教室内部を観察する。


 白い紙袋など影も形もなかった。月明かりに照らされ、主のいない深夜の教室は、普段見ている場所なのに全く違う世界に見えた。整然と並んだ机と椅子が逆に禍々しい。


 その時、ひっ! と背後で楓が短く息を飲んだ。


 思わずまた何か楓の度肝を抜く物があったのか、と教室を見回す。並んだ四十人分の机、窓際のヒーター、カーテン越しに差し込む仄暗い月明かり、伸びる影は闇の色だ。ただし、異常はない。後ろのロッカーの上にあるあの塊はよく見れば脱ぎ散らかしたままの紺色ジャージだった。しいていうならそれだけが黒々としていて異様だが、幽霊に見間違えるようなものではない。


 それでも、楓は後ろでがたがたと震えている。


――何にそんな怯えてるの?


 ぎゅっと締めつけるように握られた手にはもはや血が巡りそうもなく、痛みさえ感じるくらいだ。

サトコはぐるりともう一度だけ見回して、そうしてやっと背後の楓を仰ぎ見た。


「ねぇ? なんもな、い、よ……」


 その常態では考えられないほど蒼白な横顔。

歯の根も合わないほど震え、視線はサトコの見ていた教室ではなく、その先の廊下に向けられていた。


――な、何!?


 サトコの位置から、廊下は見えない。楓を押しのけるようにして廊下を覗く。そしてサトコは同じように固まった。


 廊下の先に浮かび上がる制服姿。白い手足とカーディガンだけがぽかりと浮いて見える。何かが翻ったことで、それが制服のプリーツスカートだと気付いた。


 女生徒だ。

 暗闇に浮かぶその顔は、この深夜の校舎には似合わない、笑顔。


――ほ、ほ、本物!?


 ドサリ、と音がし、腕が下に引っ張られたことで、サトコは情けない従兄が意識を早々に手放したことを知る。こうなると走っても逃げられない。楓を置いて行くなど鬼みたいなこと、さすがのサトコにも出来る筈がない。


 女生徒はすぐ近くまで来ている。


 喘ぐように息をして、腹をくくった。逃げられないなら勝つまでよ! の精神で、女生徒に対する。

 ぽかりとあいた口に、白い煌めくような歯が見えて――喰われる!? ――とサトコが戦慄いた瞬間、軽やかな声が廊下に響き渡った。


「あん、もう! 良かった〜! 心細かったの!!」

「………………はい?」

「閉じ込められて、出られなくて、しかも寒くて、どうしていいかわからなくて」

「……は?」

「気がついたら下の電気も全部消えてて、暖房もつかないし、でもいつもなら先生回ってくるのに今日に限っては誰も閉めるって声かけてくれなくて………あれ、そこで寝てるの楓ちゃん?」

 途端にずるずるとサトコは廊下に座り込んだ。ジーンズ越しに冷たい感触がする。

 楓ちゃん、という呼称は生徒全員に嘗められきった西村楓先生の愛称だ。


――自分の生徒じゃないか、ばか!!


 未だ自分の手を握ったままの楓の手を――気を失っても離さなかったのはすごい根性だ――乱暴に払いのけ、複雑な思いでサトコは女生徒に問いかけた。

「……つかぬことを伺いますけど、何階にいました?」

「え、四階だけど?」


――馬鹿が!


 心底蔑んだ目で従兄を見やり、サトコは溜息をつく。

「すみません、えと……先輩」

 上履きの色をそれとなく確かめ――足もちゃんとあることを確認した――サトコは立ちあがった。

「楓が今日施錠当番だったんです。で、怖いからって言って四階には行かなかったんですって。だから原因はこの馬鹿です――蹴っていいですよ」

 先輩は目を真ん丸に見開き、そして笑った。

「なんだ、そういうことだったの! びっくりしたのよ、ほんとに――でも、まあいいわ! 夜中の学校なんて貴重な体験でしょ?」

 なかなか豪気な先輩だ。

「……ほんと、すみません」

「あら、いいのよ〜! それよりも……お二人の関係は?」


 興味津津といったその様子に、なんとなくサトコは彼女が夜の学校でも一人でいられた理由がわかる気がした。

好奇心、の一言である。

「そこでのびてるのは、血縁関係を認めたくない馬鹿な従兄です」

「……なんだ」

 目に見えるほどがっかりされて、サトコはどんな答えを期待したんだ、と言いたい気持ちだった。


-----------------------------------------------------


「――へぇ、それで回ってたんだ?」


 サトコは先輩に向かって事情を説明しながら、廊下を歩いていた。

 楓が使い物にならなくなったことで、彼の位置にはバトンタッチした先輩がいる。


「で、紙袋の中身は何なの?」

 え? と一瞬思ってサトコは会話を思い出す。そう言えば、楓は校門での質問に答えてくれていない。

「……聞いてないですけど、なんか生徒に見られたら死ぬほど恥ずかしい物、らしいですよ?」

「エロ本?」

「……まさか、ねぇ」

 一瞬、本気で信じてしまいそうになってサトコは頭を振った。


「中身は見つかればわかるわね。で、四階は見てないんだ?」

「そう、そうなんですよ! 怖いから施錠しなかったんですって」

「じゃあ、三階のどこかにあるわけだ」

 楓の言うことが本当ならですけど、とサトコは付け加えた。

「先輩はずっと上に? 怖くなかったですか?」

 教室のドアを開け、中を覗き込みながらサトコは背後に質問する。強気を自覚しているサトコでさえ、夜中の学校で一人は嫌だ。

けれど先輩は。

「ん〜……特に怖くはなかったわ。それに実はちょっと探検してるのよ。わくわくしたかも」

「すごいですね! 楓に爪の垢でも売ってやってください――ん、ないなあ。次行きましょう」


 次々と教室を制覇したが、サトコと先輩は何も得るものはなかった。寒さが身にしみただけである。


「……もういいや。帰りましょう、先輩!」

 サトコはついに諦めた。楓が恥かくのもいいかな、とまで思い始めている。

「でも、楓ちゃん、困るんじゃない?」

「いいですよ、あのまま寝かせて帰っちゃいましょ。そのうち起きて探しますよ」


 いや、それはひどいんじゃ、と言いたそうな先輩の視線にサトコは苦笑を返す。

「嘘ですよ。とりあえず、楓を起こしてもう一度回ってみます――先輩は帰ったほうがいいですよ。家族が心配してると思います」

「うちは絶対大丈夫よ……とにかく楓ちゃんのところに戻りましょう?」

 廊下を回れ右してサトコと先輩は楓を目指した。


-----------------------------------------------------


 案の定、まだ失神したままの楓を跪いて揺り起こす。

「……ううん……」

 結構乱暴に揺すってみたものの、目を覚まさない。


「ちょっと起きなさいよ! 楓ってば!!」

 彼はなんだかひどく幸せそうに、ふふっと笑いながら、のびている。先輩は寒い中、しかも閉じ込めた張本人の忘れ物のために一緒に校舎を回ってくれたというのに。

 サトコは楓の忘れ物なんて見つからなくってもいい! と腹を立てる。

「ちょっと! 楓!? サトコもう知らないからね。紙袋、なかったから帰るよ!!」


「……いいえ、あるわ。これでしょ?」

 え、と振り仰いだ先輩の手に、いつのまにか握られている白い紙袋。


――さっきは……持ってなかった……のに。


 ふわりと微笑んだ先輩が、サトコにそれを手渡した。


 その中身を見て、サトコは一瞬目を向いた。小ぶりの丁寧に包装された箱に、薄青いサテンのリボンがかけられている。その上に『サトコへ 誕生日おめでとう 楓』と書かれた小さなカードが一枚。


「ハッピーバースデイ!」

「え……あ!」

 腕時計の長針はすでに十二時を過ぎている。


「忘れ物見つかって良かったね。じゃあ帰るわ、私」

 そう言ったが最後、先輩の姿は雲散霧消する――さながら音楽室の加湿器の湯気のように。


「う、そ……まさか……」

 その先の言葉は出てこない。


 うう、と呻いて楓が目を覚ましたのはその時だった。

「――あれ、サトコちゃん。さっきの、あの、あのおばけ、は?」

 意識を取り戻してきょろきょろと周りを探した楓は、サトコの手の中にある白い紙袋を見て目を見開く。

「それ……俺の忘れ物……」

「ああ、さっきあの先輩からもらったの――サトコの誕生日プレゼントだったんだね、これ」

「いや、あの、その……今何時!?」

 楓は黒板の上の時計に目をやって、そして振り返ってサトコを見上げる。少し困ったような笑顔で。

「ハッピーバースデー、サトコちゃん。それ、俺からのプレゼント……恥ずかしくて、生徒に知られるの……俺ってば本当情けない」

「うん、まぁ知ってるし、それは。楓の唯一の取り柄みたいなものでしょ――プレゼントありがとう」

普通にもらうよりは楽しめたかも、とサトコは淡く笑った。


「それにしても、あんまり怖くなかったな」


 何が、という様に小首を傾げる楓に意味深にサトコは口唇を上げる。

 ほこりを払い、立ちあがった怖がりの従兄の不思議そうな顔。


「……幽霊の正体見たり本物だった、ってとこね」

「うん? ――えええええ!?」


 楓の叫びが深夜の学校に響き渡ったのは――言うまでもない。


最後まで読んでいただいてどうもありがとうございました。良ければ感想を……またこうしたら良くなるなどのご意見をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ