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蜂木トケンのファンタジー〜暴食〜  作者: 蜂木トケン
第一章 それを突き動かすは、衝動 
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学園と門番


 北口の跳ね橋を渡って中央区、貴族街に入る。

 いつもより早く家を出たおかげで、時間には余裕があり、俺達は時折談笑を交えながら学士の学び舎へ向かっていた。

 アイリに向けられたメイヤの小言を聞き流し、滅多に見ることが出来ない貴族街をここぞとばかりに観察する。

 立ち並ぶ屋敷はその主人ごとに造りや細部が違うものの、建物の高さには規則性が感じられた。

 大通りの奥に見える王城へ向けて徐々に階数を増やしていく街並みは、区画だけが整っている凸凹の北町と違って、見る者に溜め息をつかせるような美しさを与える。

 気になるなぁ。美しさを求めているだけじゃなく、何か他に意図があってこの街並みを作っているっていうのは理解できるのだけど、どの文献を当たってもこれに関する記述はないし、そもそも王都の成り立ちすらふわっとしたものばかりだし――


「――ァーシールーちゃーん」


 俺を呼ぶ声で気を取り直すと、いつの間にか目的地近くまで来ていた。

 通りのあちこちにいる制服姿の学士達が、大きな声を聴きつけて、こちらへと物珍し気な視線を向けてくる。

 アイリは眉尻を下げて周りに手を振り、メイヤは肩を怒らせながら俺を引き連れて、騒ぎの根源へと歩いていく。


「おいで! お姉さんの胸に飛び込んできて! 感動の再会を、さぁ、さあ!」


 その先では、地面に膝をついて両手をあらん限りに開きながら、喜色満面の笑みを浮かべている女性が俺を待ち構えていた。


「お久しぶりです、ライさん」


 女性――ライさんの五歩手前で歩みを止まり、学び舎の門番である彼女に挨拶をする。

 今日もライさんはキレイだ。高い身長と鍛え抜かれた身体が、整った顔をより凛々しく見せ、尻尾のように後ろで纏められる茶髪は、彼女の活発さを十二分に表している。

 アイリ曰く、真面目で実直。何事にも誠実に仕事をこなす姿は、男だけではなく、同性すらも魅了するらしいのだが、俺は一度も、彼女のそんな姿を見たことがない。

 ライさんは自らの肩を抱いて、ひとしきり身を捩じらせると、膝立ちだったとは思えない挙動で、こちらに突進してきた。


「「あっ!?」」

「あ~ん、なんでこんなにかわいいのヴァシルちゃん! 礼儀正しいし、困ったような笑顔もまたグット! その笑顔のためならお姉さんっもっと構ってあげたく――って――あら、逢えない間にまた背が伸びた? もったいない、もったいないっこのままが一番かわいいのにっ……御伽噺みたいに魔法があれば、この愛らしさが永久に保たれるのにっ!」

「ちょ……」


 目にも留まらぬ速さで迫ってきたライさんに抱きしめられた。

 アイリ達が声をあげた気がしたが、俺の意識は胸元でつぶれる膨らみに持っていかれ、身体を――撫で――這い――まさぐってくる手の対処が遅れる。

 や、柔っ、柔らか――

 俺が目を回していると、首に強い力がかかり、ライさんから引き剥がされる。なされるがままの俺は、そのまま、まだ硬さの残る温もりに抱きすくめられた。

 尻餅をついた俺が見上げると、そこには怒りを隠そうともしないメイヤがライさんをきつく睨みつけていた。


「ライ・コンヴィアス! この小児性愛者! アンタっうちのヴァシルになんてことしてくれてんのよ! 盛るんだったら余所でやりなさいっコイツ以外で!」


 そうだそうだ、と姿の見えない所からアイリの声が聞える。

 ライさんは、鼻息を荒くしながら虚空を掴む仕草をすると、満足したように深く息を吐いたのちに立ち上がった。


「んんっ、二人で天使を独占するとは、ウルべニア、なんて非道…………じゃなくて、別に変なことはしてないでしょう? だって、これは仕事よ? 門番の――役得ともいうわ」

「おい変態」


 はち切れんばかりの胸を張っておかしなことを言うライさんに、メイヤが空気を凍らせるような声を投げつけた。

 本当にライさんは、真面目で、実直で、誠実な女性だ。自らの欲望に対してだけど……


 ◇◆◇◆◇


 コツ、コツ、コツ、と三対の足音が、石造りの通路に響く。

 俺は暗がりの中で揺れる金髪を見ていた。

 あの後、なおも続けられる二人の言い争いに割って入ったのはアイリだった。

 彼女は俺が聞えない程の小さな声で、ライさんに二、三何かを訊ねると、ライさんの案内でメイヤを先頭に、学び舎を囲む壁の中に入っていった。


「アイリ、前はこんなところ通らなかったよね? 門から玄関までまっすぐなのに、なんでこんな回り道を?」


 声をかけると、歩みと共に揺れていた金髪のリズムが乱れる。


「えー、と……気分、かな?」


 アイリは歩きながら肩越しにこちらを向くと、困ったように笑った。

 光の少ない状況だからだろうか、なんだかアイリの言葉や表情には暗い、陰鬱とした何かを感じる。


「気分って、そんな――」

「今日はここから出るわよ」


 歯切れの悪い言葉の意味を問おうとしたら、先を歩いていたメイヤが空気を切るように言葉を発した。


「ありがと、メイヤ」

「別に、これぐらいどうってことないわ」


 アイリの言葉にメイヤは肩を竦めながら応える。そのまま細い光の隙間から外を窺い、納得したように一つ頷くと、メイヤはゆっくり扉を押し開けた。

 外に出ると、あまりの眩しさで少し目に痛みを訴える。

 南にある正門の通用口から暗い通路を二度曲がって着いたここは、学び舎の北側なのだろう。

 しばらくの間奪われた視界のなかで現在地の推測をして、ようやく光に目が慣れてくると、少ししたところに学び舎の勝手口が見えた。

 心配そうに俺の右目を覗き込んでいたアイリに笑顔を向け、二人でメイヤの後を追う。

 勝手口から中に入ると、背後から声がかかった。


「メイちゃん、アイちゃんおはよー」


 突然のことで背中に力が入る。別に俺がここに居ても問題は無いのだが、こうも忍び込んだようにしていると、なんだか悪いことをしているような気になってしまう。


「ちょっと、一応ここには講師としてきてるんだから、ちゃんと挨拶ぐらいしなさいよ――「あははっメイちゃんが怒ったーっ」――あーもう!」


 メイヤが女子士徒の態度を窘めると、彼女達は黄色い声をあげながら長い廊下を駆けていく。

 年は俺と同じぐらいだろうか。自分より大きな背丈の少女を怒るメイヤは、なんだか滑稽に見えてしまう。

 ギロリ、とこちらに視線を巡らせたメイヤが、何笑ってんだ? なんて言ってきた。

 俺は必死に首を横に振って、すぐに話題を変えようとアイリに質問を投げかけた。


「ね、ねぇ、アイリ? 学園に来たってことは教材を作るんだよね? 何をいつまでにやればいいの?」


 アイリは思案するように視線を宙に揺蕩わせると、顎に白く細い指をあてながら唇を震わせた。


「んーと、イグニスのショートカットを朝二限までに四十三枚、四限に四十四、大休憩を挟んで昼一限に四十三だよ」

「……ちなみに、何枚できてるの?」

「あっ…………ごめん、一枚もできてないんだ……」


 思わずといった風に歩みを止めてしまったアイリの言葉を聞き、つられて俺も右目を覆う。唯一人歩き続けている足音が、手伝わないわよ、と暗に言っているようだった。

 それでもめげずに続けて問いかける。


「”濡れ烏の三枚羽根”あったよね? それさえあれば何とか……」

「あぁ、あるよ? いやあったはず…………多分、ボクの机の上に……」


 あぁやってしまった。そうだった。たしか最後に研究室に来たのは先々月だ。ということは、あそこがどうなっているのかなんて火を見るより明らかだろう…………俺はその場で蹲り、頭を抱える。どうしようか、下手したら作業をするスペースすらないかもしれない。


「ねぇアンタ達、もたもたしてる時間なんてあるの?」


 メイヤの言葉で俺は正気に戻った。そして、すぐに慌てていたアイリの腕を掴む。


「あぅっ、ヴァ、ヴァシル?」


 狼狽えた声を置き去りに、メイヤが待つ場所へアイリを引っ張っていく。

 こんなことをしていても仕方がない。俺の記憶が正しければ、あの魔具は奥の戸棚に他の魔具とまとめて仕舞ったはず…………

 駆け出した廊下には集った士徒達が始業の鐘を待つ、ざわめきが溢れ始めていた。

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