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蜂木トケンのファンタジー〜暴食〜  作者: 蜂木トケン
第一章 それを突き動かすは、衝動 
3/25

ヒトが行き交う街、みち溢れる笑顔

本日三話目です。


 喧噪が耳に張り付き、周りより低い位置にある肩が色々な物にぶつかる。


「いつ来てもすごいヒトの数だなぁ」


 東町は今日も大勢のヒトで賑わっていた。

 この町には国内外から集まる行商人だけでなく、仕入れの商人や売り込みの職人、その他様々なヒト達がそれぞれの目的で集まっている。

 大通りでこれなのだから、横丁や裏通りはもっとすごいことになっているだろうな。

 東町は特殊だ。道や区割りが国に指定されている北町と違って、ここは門から中央区までの大通り以外、国の手が入っていない。

 その原因は卸問屋だ。

 ぽつりぽつりと見える複数階建ての建物。理由は分からないが、並んで建っているものを見たことがない。

 そしてそれぞれの問屋の周囲には、小売店が寄って、集まって、小さな区画を作り、大きな通りとそれを繋ぐ沢山の路地が出来上がっていた。

 きっと上から見下ろせば、網目状の道になっているはず。

 閑静な住宅街が整然と立ち並んでいる北町と全てが違う。何よりここには熱気が溢れていた。

 耳が騒々しい音の中から、一際大きい声を拾った。


「六十! 六十だっそれ以上はだせねぇ!」


 どうやら商人達が値切り交渉をしているようだ。人だかりの向こうに顔を突き合わせている二人の男性が見える。

 値切り合戦は東町の名物。良質なものを広く行き渡らせたい、そんな志しを持った古の商人が始め、今では東町のそこかしこで行われている良心と利益追求のせめぎ合い(たたかい)。


「ふむ……なら値段は一つ六十キルでかまわない――」


 そこで露店を構えていた禿頭の男が、黙考した後に闘いを再開した。

 行商人の若者と周囲の野次馬が、フィナーレを察して色めき立つ。


「ほっ本当か!?」


 だが、そこで終わりではない。そう言うかのように露天商は人差し指を立てた。


「――そのかわり、そっちの商品を二、三分けてくれ」


 指が段階を踏んで二本追加される。

 今度は行商人が黙り込むことになった。目を白黒させている彼の頭の中では、とんでもない速さで計算が行われているのだろう。己の利益について。

 彼らの周りから音が消える。誰もがこの闘いの行く末を固唾の飲んで見守っていた。


「んぁっ…………分かった、それで頼む。じゃあ――」


 行商人は一度、空を見上げて大きく息を吐くと、露天商の目を真っ直ぐ見る。

 その顔には先程まで張り付いていた焦りが消え、逆に清々しいまでの笑顔が浮かんでいた。

 露天商も満足したように、ニカッと白い歯を見せる。

 二人は互いの右手を握り合い――


「「商談成立だ」」


 ――同じタイミングで互いの健闘を称え合った。

 いいものを見せて貰った、と野次馬が沸き立つ。

 俺は六枚の銀貨と大量の商品が交換されたのを確認すると、笑顔で肩を叩き合う男達から目を離し、ヒトの流れに乗って買い物を続行する。

 見物するのならば、見目麗しいお姉さま方の闘いが良かったのだけれど、まぁ、あれはあれでいいものだ。

 何より拳ではなく言葉で、というのが素晴らしい。

 とても、とても良い光景だ。立ち止まり辺りを見回してそう思う。

 通りに商品の売り込みをする女性も、忙しなくヒトの間を縫うように歩く男も、喫茶店のテラスでくつろぐ老婆も、ここには笑顔が満ち溢れていた。

 この場の雰囲気に中てられて、俺の頬も自然に緩む。足取りが軽やかになり、呼吸に声が載る。

 今日はここを通ろうか。

 目に付いたのは、大通りからでは全容が見えない程暗い路地。

 地代が払えない遠方の行商人達が、露店を開く場所。

 人知れず穴蔵横丁と呼ばれているそこへ向けて、俺は一歩踏み出した。


「坊ちゃん坊ちゃん。ウチの商品を見ていっちゃあくれないかい?」


 穴蔵横丁は真昼であっても、宵の時のように薄暗い。左右に立ち並ぶ住居が日を遮るから。

 常であれば、そのまま通り過ぎるのだが、男の顔を見て立ち止まる。

 知らない顔だ......。

 地面に座り布の上に商品を並べていた男は、えっへっへ、と軽薄そうな笑いを上げて、俺に布地に切れ込みを入れたような目を向けていた。


「俺のことですか?」


 会話を切り出した俺の目に喜色満面の笑みが映った。


「そうですぜ、洒落た眼帯の坊ちゃん。坊ちゃんは運がいい、なんてったってオイラが店を開いている時にここを通ったんだ。どうだい? この銀細工なんて贈り物にぴったりだよ。これは彼の名匠が作った品でな? 正規品なら金貨十枚は下らないんだが、これはちょびっとだけ手順を間違えたみたいでね? それを気に入らなかったそいつぁ失敗作の烙印を押しちまったのよ。もったいないたぁ思わないかい? 素人が見ても分からないぐらいの失敗だ。失敗作でもこれだけ素晴らしいものをこいつぁ作るんだぞ、と広めたくてね? そうして買ってきたのがオイラなわけさ。ほら手に取って見てくれよ! この艶! この輝き! すごいだろ!? こんなの渡されたら意中の相手の心なんて、い・ち・こ・ろ、ですぜ?」


 止まることを知らない男の売り文句を、いえだの、そうなんですかだのと適当に流しつつ、手渡されたペンダントを見る。すると、周囲の視線がこちらに集まっていることに気が付いた。

 男と同じように地面に座り込む露天商たちは、目の奥に愉悦の炎を灯しながら、期待の視線を俺と、この男にそそいでいる。


「いくらですか?」


 商談の始まりを告げる俺の言葉に、身を乗り出した。


「そうこなくっちゃっ。これ一つで一メル、銀貨一枚だ。安い! と、そう思わないかい?」


 こみ上げてきた溜息を、男に気取られないように鼻から抜く。

 子供だと思ってまぁ……。

 芝居がかった溜息が口の端から抜けた。

 俺はペンダントを掲げ、細めた右目で、向こう側にある男の顔を観察する。


「ふーん……随分と軽いね?」


 空中でクルクルと向きを変えるペンダント。

 その表と裏を視界におさめながら、軽い口調で男に問いを投げた。


「へぇっ!? そ、そりゃあ、名匠の作品だからね……名匠の手にかかれば、少量の銀でも魔法のように素晴らしい作品になるんだよ?」


 男の仮面にひびが入る。そこをこじ開けようと、間を開けずに新たな楔を打ち込む。


「なら、この歪みは? まるで垂れた飴を切り飛ばしたみたいだけど」


 効果は覿面てきめんだった。男の髪を風が撫ぜ、どこかで誰かがあげたくつくつと押し殺した笑い声を届けてきた。


「め、名匠の仕事を実際に見たわけじゃないから、なんとも言えないが。そういうモンなんだと思うぜ?」

「二十――」

「へ?」

「――五十キル。一メルだなんてとんでもない……そう思いません?」


 男が銀貨一枚だというメッキ製品を、俺は銅貨五十枚の価値しかないと告げた。


「なっばっ、ふ、ふざけるのは良くないぜ、坊ちゃん――」

「そちらこそ適当なことを言うのは止してください。銀メッキを純銀と偽るのだったら、もうちょっと趣向を凝らしたほうがいいですよ? お兄さん。いえ、名もなき名匠さん?」


 言葉尻を食い取られて言葉を失った男は、最後の言葉を聞いた途端、水を求める魚のように口をぱくぱくと動かした。

 商談は不成立。さっさとこの場を後にしようと立ち上がったその時、それに待ったをかける者が居た。


「だぁーはっはっは! もう駄目だ! 我慢出来ん……くっくっく…………ぶふぅっ!」


 正真正銘の溜息が口から漏れる。


「せっかく帰ろうと思ったのに、邪魔しないでくれますかゴーシュお爺さん?」

「まぁ、そう言うなヴァー坊! 新入りに勉強させるのも、古株の仕事だろうてぁあっはっはっは!」


 豆売りゴーシュ。伸び放題の髭と髪をそれぞれ一房に纏めている老人が笑う。

 彼は主に旅先で仕入れた豆を売っているのだが、その豆が珍しい。

 炒って挽いたそれをお湯で濾すと、クゥォシィなる飲み物が出来るのだ。

 仄かな酸味と苦みが甘い物とよく合うので、俺も愛飲している。


「新入り、いい勉強になっただろう? だが、まさかヴァー坊に目を付けるたぁな。なかなか見る目があるかもしれんぞ?」


 ひとしきり笑ったゴーシュお爺さんは、何が何だか分からないといった顔をする男の背中を叩き、周りの露天商たちと目を合わせて、また笑う。


「いや、節穴かっ!」


 取り残された俺が、どうしたものかと突っ立っていると――


「――ゃっ――っ!!」


 ――笑い声の中に、穏やかでない音が混じった。


「っ!?」


 顔がぐりんっと、声のした場所へ向く。

 その先には、横丁の中ほどから伸びる細道があった。

 俺の豹変ぶりに、驚いた彼らの顔が右目の端に見えたが、今はそれどころではない。

 

「突然どうした、ヴァー――」

「名匠さん! 一番まともなソレとソレ、買うよ。これで」


 ゴーシュ翁の言葉を待たず、男に銀貨一枚を突き付けて、矢継ぎ早に商品の購入を伝える。

 男はこんなに貰えませんよなんて見当違いの笑みを浮かべた。


「おつりは八百メルっ全部この革袋に入れて――」

「一つ百で!? だからそん――「早くっ!!」――はぃぃいぃぃ!?」


 もたつく男を待っている間、心配そうに俺を覗き込むゴーシュお爺さんに銅貨を渡す。


「これで自警団を呼んできてください。この意味わかりますね?」


 ゴーシュさんの瞳に映る俺の顔は、酷く歪んでいた。

 それを見た彼はは一つ頷くと、老人とは思えない速さで横丁を走り去っていく。

 やっと銅貨を詰め終えた男から、口が閉じない程中身の詰まった革袋をひったくる。


「――ぇっく――」

「クソがっ! 【燃えよ肉叢! 昂れ魂!】」


 詠唱を終え、熱を持った身体に鞭打って横丁を駆け抜ける。

 路地の合流地点で壁を蹴って強引に曲がり、さらに速度を上げていく。

 もっともっともっともっともっともっともっともっともっと――

 入り組んだ迷路を、更に奥まった場所へ。

 速く、早く声の元に行かないと!

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